認知症を早期予防するにはどうすればいいのか。認知症専門医の長谷川嘉哉さんは「35歳がひとつのターニングポイントだ。この頃から私たちの脳には認知症の原因物質が溜まりやすくなる。このため予防には口腔ケアが重要だと考えられている」という――。

※本稿は、長谷川嘉哉『認知症専門医が教える! 脳の老化を止めたければ 歯を守りなさい!』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

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認知症専門医「35歳から脳の疲労物質が溜まりやすい理由」

認知症 国家戦略を決定」

新聞にこんな見出しが大きく躍っていたのは、今から3年前のことです。

国家レベルで取り組まなければならないほどの深刻な社会問題になってきた認知症

長谷川嘉哉『認知症専門医が教える! 脳の老化を止めたければ 歯を守りなさい!』(かんき出版)

それもそのはずで、厚生労働省は、団塊の世代がみな75歳以上になる2025年には65歳以上の5人に1人、約730万人が認知症になると試算しています。これは、埼玉県の人口とほぼ同じ数です。軽度認知症を含めると、認知症1000万人時代の到来も時間の問題だと言われています。

ところで、あなたは「認知症になりやすい人」と「なりにくい人」の境目がどこにあるかご存じですか?

認知症専門医である私の経験から言わせていただくと、「35歳」という年齢が、ひとつのターニングポイントです。

実は、35歳を過ぎたころから、私たちの脳には、認知症の原因物質が溜まりやすくなります。このタイミングで、あなたがこれまで行ってきた「ある習慣」を変えなければ、認知症発症リスクが一気に高くなることが、さまざまな研究で明らかになっているのです。

認知症になると、日常生活のほとんどに介助や見守りが必要になり、そのうちに徘徊や攻撃行動など問題行動も目につくようになるので、いつも誰かがついていなければいけなくなります。こうなると、家族などまわりの負担は、想像以上に大きくなります。

■変えなければならない「ある習慣」

また、その介護をめぐり国や自治体だけでなく、個人的にも大きな経済的負担が必要になります。これも以前にも増して認知症予防に強い関心が寄せられている要因です。

近年では、将来なりたくない病気としてがんや肺炎を押しのけて、認知症が1位になっているほどです。

実際のところ、特に今の50代以上の方にとって、認知症はとても身近な病気になってきています。あなたのまわりにも、認知症を発症した近親者を抱えた知人がいるのではないでしょうか。

あるいは、あなた自身が現在、認知症の祖父母やご両親の介護で、ご苦労をなさっているかもしれませんね。

そういった方ほど、「できるだけ認知症を遠ざけたい」「脳を老化から守りたい」と強く思われていることでしょう。

ところで、私が先ほど言及した、35歳を過ぎたら脳のために変えなければいけない「ある習慣」とはなんでしょうか?

それが「歯のケア」です。そして、認知症の原因物質の発生源となるのが、口の病気である歯周病なのです。

実は近年、認知症専門医として少し変わった治療をする私に、各方面から関心が寄せられています。

私は、通常の認知症診療に加えて、「歯のケア」を行う認知症専門医なのです。

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■まるでゴミ屋敷のような、認知症患者の口の中

「え……、歯ですか?」
「どうして認知症の病院で、歯のチェックを!?」

私の認知症専門クリニックを訪れる患者さんのご家族が、たいてい初めに言うのがこの言葉です。

それも無理はありません。患者さんは血圧測定や血液検査などを受けたあと、「では最後に、歯を見せてください」と認知症専門医である私に言われます。

そして、どういうわけか認知症外来に設置されている歯科専用の診療のイス(歯科用チェアユニット)に座らされて、歯の本数や口腔環境をチェックされるのです。

その後、希望する患者さんには、当クリニックの歯科衛生士さんによる徹底した歯のケアを受けてもらいます。

認知症患者さんの多くは身だしなみを整えるという感覚を忘れているため、自分で歯みがきもしなければ、入れ歯のケアもしません。

そのため、認知症患者さんの口の中というのは、ちょっとビックリするくらい汚れているのです。

朝食べたものがそのまま口の中に残っていたり、黄色くネバつく歯垢がいたるところにこびりついているなんて当たり前。口臭だってすさまじいものです。

ケアをしてくれている歯科衛生士さんによると「認知症患者さんの口の中は、まるでゴミ屋敷」なんだとか。たとえ医師でなくとも、一見しただけで「これは体に悪そうだ」とわかります。

■家族の歯のケアはなかなか難しい

そんな患者さんのことが気にかかってはいても、ご家族はなかなか患者さんの歯をみがくことができません。

「おじいちゃんは嫌がって歯ブラシを噛んでしまうのでみがけません」
「おばあちゃんは週に2回のデイサービスのときしか、歯をみがかせてくれません」
「入れ歯をしていますが、嫌がるので、数年間外したことがありません」

そんなことはめずらしくないのです。

本来であれば、患者さんには歯科でクリーニングを受けていただくのがよいのですが、高齢の認知症患者さんの多くは、内科の他にも眼科や整形外科などの医療機関にかかっています。

「先生のクリニックに連れて来るだけでも大変なのに……これ以上、他の医療機関にかかるなんて無理です!」というのが多くのご家族の本音です。

それなら、うちに歯科用チェアユニットを入れて、歯科衛生士さんに来てもらい、歯のケアを行うしかありません。

私のクリニックが、認知症専門外来でありながら歯科用チェアユニットを設置しているめずらしいスタイルを採用しているのには、そういう理由があるのです。

こうした取り組みが歯の専門家の目に留まり、先日、日本口腔ケア学会の評議員への推薦もいただきました。

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■歯のケアで認知症状が劇的に改善

さて、認知症外来の歯科用チェアユニットと、本稿をお読みのあなたの脳の老化がどう関係するのか。ここからご説明していきますね。

認知症患者さんの口の中が、まるでゴミ屋敷のようであることに気づいた私は、歯科衛生士さんにお願いして、口腔ケアを始めました。

すると……思ってもいなかった改善例が出はじめました。

歯科衛生士さんによるたった1回の歯のケアで、認知症状が改善した患者さんが現れたのです。

92歳の男性患者Aさんは、食欲の低下が著しく、ご家族は最期のときに備えて看取りも意識していました。ところが、たった1回の歯のケアで食欲が改善し、以前の食事量に戻ったのです。今ではしっかり食欲もあり、看取りを考えていたなんて想像もできないくらいです。
女性患者Bさんは86歳です。彼女は、クリニックで歯のケアをはじめてから、それまで外出することすら嫌がっていたのに、デイサービスに参加するようになりました。
歯のケアにより、意欲が戻って、積極的になったのでしょう。担当のケアマネージャーによると、以来、とても明るくなり、リハビリにも積極的に取り組むようになったと言います。
79歳の女性患者Cさんの場合は、もの忘れが劇的に改善しました。以前は、家族の名前すらすぐに出てこないような状態でした。
いつもつきそって診察に来てくださる50代の娘さんは、そんなお母様を見て、歯の重要性に目覚めたようです。ご自身も歯科に通うようになり、3カ月に1回、メンテナンス受診をするようになりました。
84歳の女性患者Dさん。認知機能の低下が進んでいた彼女は、食欲や意欲が低下していて、一日中ボーッと座っていることが増えていました。けれどたった一度の歯のケアを受けただけで、その日から食欲が改善。しっかり食事をとるようになり、徐々に意欲も向上してきて、「あれがしたい、これがしたい」とご自分の望みを口にするようになったのです。
「先生、口のケアは本当に大事なのですね!」とご家族も驚くほどの改善ぶりです。

他にも、徹底した歯のケアによって、認知症状を改善させた患者さんが大勢いらっしゃいます。歯のケアによって認知症状が改善し、脳が若返ったのです!

認知症患者さんの治療には、薬物療法や非薬物療法(ご本人が興味を持っていることに挑戦してもらい脳と心を活性化する療法)などがありますが、歯のケアをすることで、薬も使わずたいした時間もかけずに、認知症状を緩和・改善できたことは、専門医である私にとって大きな驚きでした。

認知症患者さんに奇跡を起こしたのは、認知症専門医ではなく、歯医者さんや歯科衛生士さんが行うケアだったのです。

■医者と歯医者が連携して病気を予防する時代に

認知症患者さんに定期的な歯のケアを受けていただくことは、認知症の予防・改善につながります。

ますます高齢化が進み、認知症患者が増えるとされているこれからの時代において、何よりも求められるのは歯のケアであり、医療分野で言えば「歯科」だと言えるでしょう。

本書で詳しく説明しますが、歯科で歯垢を除去するためのプラークコントロールを定期的に受けて、歯周病を予防・改善することは、脳の老化防止につながります。

さらに、誤嚥性肺炎、糖尿病、動脈硬化、脳梗塞や心筋梗塞などの全身疾患リスクを下げて「健康寿命」を延ばすことにもつながります。

なぜなら、前述した通り35歳前後から増え始める歯周病菌が、認知症や全身疾患を引き起こす原因になるからです。正しい歯のケアこそ、長寿社会を健康に生き抜くために、すべての人が身に付けるべき基礎知識なのです。

そうした観点から、私はすべての医療機関に、歯医者さんや歯科衛生士さんが常駐していてもいいのではないかと思っています。

特に体力が落ちて免疫力が低下している高齢者が通う医療機関や介護施設では、その必要があるはずです。

これからは、「医科」と「歯科」が連携して診療にあたる「医科歯科連携」が、人々の健康を守るために、何より重要だと考えています。

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長谷川 嘉哉(はせがわ・よしや)
脳神経内科医、認知症の専門医
1966年、名古屋市生まれ。名古屋市立大学医学部卒業。医学博士、日本神経学会専門医、日本内科学会専門医、日本老年医学会専門医。祖父が認知症であった経験から2000年に、認知症専門外来および在宅医療のためのクリニックを岐阜県土岐市に開業。認知症専門医として毎月1000人の認知症患者を診察している。する、日本有数の脳神経内科、認知症の専門医。祖父が認知症であった経験から2000年に、認知症専門外来および在宅医療のためのクリニックを岐阜県土岐市に開業。これまでに、20万人以上の認知症患者を診てきて、いち早く認知症と歯と口腔環境の関連性に気づく。現在、訪問診療の際には、積極的に歯科医・歯科衛生士による口腔ケアを導入している。さらに自らのクリニックにも歯科衛生士を常勤させるなどし、認知症の改善、予防を行い、成果を挙げている。「医科歯科連携」の第一人者として、各界から注目を集めるている医師である。
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(脳神経内科医、認知症の専門医 長谷川 嘉哉)