「まだ言葉の力を信じたい」 対談：小島慶子×大野更紗 - BLOGOS編集部
※この記事は2012年06月27日にBLOGOSで公開されたものです
ラジオパーソナリティーの小島慶子さんが自宅のクローゼットの中からネットラジオとメルマガをお届けする「トークイン・クローゼット」がスタートしてから3カ月。ついに自宅を飛び出して、スタジオを借り、ゲストをお招きすることができました。
記念すべき最初のゲストは、著書「困ってるひと」がベストセラーとなった作家、大野更紗さん。24歳の時に突然、免疫疾患系の難病を発症。それでも著書の中では難病という生死に関わる事態を、ユーモアを交えて表現しています。
この記事にはお二人の対談の模様をまとめてありますが、ネットラジオでは音声でもお楽しみいただけます。同じく本日配信のメルマガには小島さんによる後日談も掲載予定。よろしければご購読を！【構成 BLOGOS編集部】
小島慶子（以下 小島）：ついにトークイン・クローゼットが、クローゼットの外に飛び出してちゃんとしたスタジオにやって来ました。ご購読者の皆さまありがとうございます。
大野更紗さんです。今日はよろしくお願いします。
大野更紗（以下 大野）：何も知らずにこのスタジオにお邪魔して、なんか恐縮しまくりなんですけど、申し訳ございません（笑）。
小島：嬉しいです。前にAMのラジオを毎日やっていた時に、そこにゲストでいらした方から大野さんの著書である『困ってるひと』というベストセラーをいただいて、拝読したんですよ。「あ、いつかお会いしたいな」って思っていたら、そのあとあるイベントで、たまたま喋っている側とお客さんの側としてご一緒したんですよね。
大野：そうなんですよ。ゲストで小島さんがいらっしゃるということで、「行かねば！」と。
小島：その後、Twitterで繋がってちょこっとお話をしたんですよね。いつかご一緒できるといいなと思っていて。大野更紗さん、ご存知だと思いますが、改めてご紹介させていただきますと、1984年福島県生まれですので、ちょうど私と一回り違いのねずみ年ですね。当然私が上なんですけど（笑）。
肩書きは作家。難病当事者と名乗ってらっしゃいます。上智大学大学院グローバルスタディーズ研究科地域研究専攻博士課程前期課程にいて、いまはご休学中。
大野：そうですね。前期ということは昔の修士なんですけど、入ってすぐに発病したので。
小島：ビルマ難民、日本ではミャンマーということになっていますけど、ビルマ難民に出会って、民主化活動や人権問題に関心を抱いて研究をしている最中に、2008年のことですね。なんという病気なんでしょうか。
大野：病名は2つ付いていて、1つは「筋膜炎脂肪織炎症候群」というもので、両親も名前を覚えていない（笑） もう一つは「皮膚筋炎」という病気で、前者の方は症例的にはレアなケースで、日本で他に患者さんがいらっしゃるのかどうかわからないんです。
小島：そんなに稀なんだ。
大野：そうですね。いわゆる自己免疫疾患と呼ばれるような難病です。免疫って自分を本来守ってくれるシステムですけど、そのシステム自体が、原因はわからないんですけど、突然暴走して自分自身を「敵だ」と見なして攻撃し始めるという。非常に不可思議な病ですね。
小島：本の中には非常にユーモラスな文体で書いてらっしゃるので、本当に身辺雑記みたいに症状を書かれているのですけど。例えば「おしりが溶けた」とかね。
大野：そうですね。おしり流失みたいな。当時書いている時にジュリアン・アサンジとかウィキリークスが流行っていたので、「おしりーくす」みたいな（笑）。
小島：思わず笑ってしまったんですけど、いやでも、びっくりするようなことですね。大学院生だから20代前半の時かな。それくらいの年齢の時に「おしりーくす」とか、笑いにしてらっしゃいますけど、診断もなかなかつかないような病気になって、おしりが流失してしまう。「私どうなっちゃうんだろう」という思いをされたのは不安だっただろうなと。
大野：なんていうか、人は劇的な出来事ってドラマチックだと思っているじゃないですか。でも劇的な最中にいる瞬間は、何か違うんですよ。劇的であればあるほど、もしかすると普段より、より普通なのかもしれない。
小島：「困ってるひと」もそういう文体ですよね。いかに劇的な難病を発病し、ドラマチックな日々を過ごしたかと言うよりも、もちろんそういう起きたことは綴ってらっしゃいますけど、本来だったら別に書かなくてもいいような、その時考えていた日常的なことも入れながら書いてらっしゃる。
大野：そういうこと、気になるんですよ。難民関係についても、すごく深刻な事態は実際に起こっているから、「こんな悲劇が起きているんです」「こういう人権侵害が起きているんです」とか、軍事政権っていうのがどれだけ極悪非道なひどい人たちなのか、というレポートはバンバン出てくるんです。
実際自分が現地に行ってみると、確かにそういう部分はあるんですよね。確かに悲惨なことは起きているんですけど、でも、そこにいるときの感覚っていうのは深刻とはちょっと違う。
日本に帰ってくると、支援を届けなきゃいけない時とか、何か起きた時に日本から救援物資とか、カンパとか助けるためのキャンペーンをしなきゃいけない時がある。だから、それを伝える言葉としては、「こんなにひどいことが起きています」とか「悲惨なことが起きています」「軍事政権っていうのは絶対的に悪で許しがたい人たちだ」、みたいな言葉を使うしかないんですけど。
でも自分が1人の人間として現地にいる時は、もっといろんなことが起きているんです。悲惨なことも起きているんだけど、普通にお茶飲んだりとか、他愛もない話をして笑ったりとか、おじいちゃんとかにちょっとセクハラっぽい発言をされたりとか（笑）。
小島：セクハラっぽいおじいちゃんってどこにでもいる（笑）。
大野：そうそう。みんな悲惨で可哀想で清廉潔白な人々というイメージを持って行くと、それがガラガラガラッと崩れていくというか（笑）。
■劇的なシーンほど実は日常的だったり
小島：論文に盛り込むことはできないけど、でも、そこでの暮らしは、そういうものよね、きっと。
3月11日に地震が起きた時、私はラジオのスタジオにいたんですけど、すごく揺れたんですね。何が一番鮮明に印象に残っているかというと、「日常ごと揺れるんだな」ということだったんですよね。
いつもどおりの明るくてよく見ているスタジオが、いつも通りの人たちごと、尋常じゃないくらい揺れている。その時の奇妙な明るさというか、静かさというか。
「そうなんだ。非常事態って、日常ごと全部当たり前のような顔をして揺らすってことなんだ」って。大野：だから、あれは非常事態だったというのは「全部後付けなんだ」みたいなことは思いますよね。例えば病気の診断のために、この世に存在するあらゆる検査をやりつくすんです。
オペ室で麻酔なしで筋肉を切り取る手術とかもあるんですけど。手術前夜にオペ担当のナースの人から説明を受けるんです。「好きなＣＤかけていいですよ」と言われて、私は「じゃあ、清志郎で」と（笑）
で筋肉を切るんですけど、清志郎の「へい、へい、へーい♪」っていう歌声が聴こえてきて私は「ぎゃー」って叫んでる。もう、「しょうがないな」っ思うしかない（笑）。
小島：それをドラマの視聴者なら「苛酷な検査に耐える」って深刻な場面として見るんだろうけど、いまの話を聞くと現場ではどんなトーンとも取れますね（笑）。
大野：自分は研究でミャンマーとかに行っていて、割と世の中のあまねく困っていることに理解がある部類というか、「わかっている方の人間なんじゃないのかな」と思っていたわけですよね。だけどいざ自分が難病のくじを引いたら、まったくわかっていなかったなと思いました。
■「私、まるっきり同じ状況だ。難民だ」
小島：何が一番わかっていなかったなと思いましたか。
大野：例えば、タイの政府が管理している難民キャンプ。中と外を隔てる柵があるんですよ。私はフィールドトリップで入って、調査が終わればキャンプから出られるんですよね。帰るところ、逃げるところがあるんです。ちゃんと日本に帰ることができる。
でも不条理っていうのは一種の宿命です。病が発症している、進行している、治らないということに対して、私は何もできないわけですよね。
そこで逃げ道がないということはこういうことなのかと。聞いてはいたけど、こういうことなのかと。「生きていけない」という状況に自分が置かれて初めてわかった。
逃げるところがない、帰るところがないという人達の前で、自分はいつもどこかに帰っていく。毎回彼らはどういう思いで私のことを見送ってくれていたのかなと、自分が難病の当事者になって思いましたね。
宿命とか宿業とか不条理は人間にとってこんなに辛いことなんだなと思いました。凡庸な表現ですけど、本当に思った。
小島：考え方が変わったということですか。
大野：なんていうか、多分考え方とか世界観とかをちょっと変えることで、少し楽になるっていう矛盾があると思うんです。
でも、それすら超越しちゃった時にどうするか。最初は友達や先生たちはみんな病院にお見舞いに来て「なんでもしてあげたい」とか言ってくれるんだけど、だんだんみんな疲れていくわけですよね。
そうやってどんどん人が遠のいていき、友達も離れ、社会的なポジションとかも遠のいていく中で、絶対的な孤独になる瞬間があって。
その時に、意外にも自分が読んだのは、自分が書いた卒業論文だったんですよ。たった1人になった時に読んでみると、「私、まるっきり同じ状況だ。難民だ」と思った。
だから、自分はいまゲートの内側にいるわけですよね。あの時、私はゲートから逃げられたけど、いまは自分がゲートの中にいる。現在もその途中なんですけど、しょうがないからゲートを壊すしかないかな、みたいに思っています（笑）。
■大衆の後ろに隠れてしまう「一人称」
小島：大野さんの言葉は、これまで大野さんがずっとされてきた研究活動と、発症後の延長上にある。すごく説得力があるなと思ったんですよ。
私、Twitterをやっているからいろんな方のご意見を読むことがあるけど、仮名で意見が言えるということもあってだと思うんですが、意外と一人称って少なくて。
大衆がこれを許さないとか、難民はそれを求めている、というんじゃなくて、僕にはそれが受け入れられないとか、私はあの人達にこうしてあげたいって思う。端から見たらそんなのお前の主観だよって思われちゃうけど、それが本当の意見じゃないかなとTwitterなんかを見ていても思うんですよ。
大野：例えば立派そうなスーツを着て、ネクタイを締めていたら、なんとなくこう、弱音は吐けないのかもしれない。で、その裏返しで「我々は」とかって使いたくなるのかなって思うんです。だけど言葉って、変なスイッチが入るとすごい力を持つんですよ。時には人を殺しますし、時にはずたずたに傷つけますよね。
言わざるを得ない時はあるんですよね、「私たちは」とか「我々は」とか。でも、そういう時があるんだったら自分も一緒に傷つくし、一緒に取っ組み合うしかない。その言葉を使って傷つく人がいるんだったら、自分が傷つくことには甘んじようと。
言葉の表現がどこまで機能するのか。まだ言葉の力を信じたい。人って不思議ですよね。
小島：思い込みなのかもしれなくても、でも自分の中に自分と世界がどこかで繋がる可能性があるんじゃないかって思っていないと、人は生きていけないと思うんです。
そういう繋がりたがっている言葉が大野さんの中にたくさん溢れているんだなということがわかって本当に嬉しかったです、お話を伺えて。
あといつもネイルを参考にしています。ジェルネイル好きなんですけど、大野さんのネイルがいつも超可愛い。
大野：あんまり外に出られないので、唯一の楽しみです。男子にはない歓びなので、「いいだろ、こういうのは男子にはないだろ」みたいな（笑）。
小島：わかるわかるわかる（笑）。今日は本当にありがとうございました。また今度ともよろしくお願い致します。大野更紗さんでした。
大野：ありがとうございました。
■ネットラジオ「小島慶子トークイン・クローゼット」ゲスト大野更紗さん前編
■ネットラジオ「小島慶子トークイン・クローゼット」ゲスト大野更紗さん後編
