「若者は年配者に『じゃああなたは若い頃何をしていたの？』と聞いていい」～古市憲寿×大野更紗×川村遼平―「若者」三者鼎談後編―～ - BLOGOS編集部

2022年3月30日 0時0分

※この記事は2012年06月08日にBLOGOSで公開されたものです

撮影：田野幸伸写真一覧

「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」の番外編、社会学者の古市憲寿氏、作家の大野更紗氏、POSSEの事務局長、川村遼平氏の三者鼎談。前編に引き続き、「若者」が生きていくために必要な労働にかかわる知識と「若者の甘え言説」について語ってもらいました。【取材・構成：永田　正行（BLOGOS編集部）】

※前編はこちら→困ってる若者”がブラック企業に負けず「幸福」になる方法～古市憲寿×大野更紗×川村遼平―「若者」三者鼎談前編―～

これからは労働法と社会保険の知識が必須

大野：こういう制度や労働法の知識って、雇用する側に必須なのはもちろんだけど、これからの社会においては、雇われる側も知識が必要なのではないかと思います。大企業の日本型雇用というのは、なんでもかんでも企業が大体概ねやってくれたわけです。でも、もうなんでもかんでもお世話してもらえるわけじゃない。これからは労働者もちゃんと権利意識を持って勉強しないとたちゆかない。よりよい制度は、天から降ってはきません。ブラック企業に負けないということはそういうことなんですよね？労働法と雇用保険、労災保険とかの基本的な知識は一労働者として、必須のリテラシーかも。

川村：そうですね。現在も、定時制の高校や専門学校などで労働法に関わる授業をやることがありますが、雇用保険の話も、みんながみんな一発で覚えてくれるわけではありません。たくさんある法律を教えていくのはたいへんです。そこで、「働いていると、こんな風に困ることがあります」という事例を紹介して、その上でポイントを４点くらいに絞って、「それだけは覚えておいてね」という感じに教えています。

その中の一つが、「つらい」、「おかしい」と思ったらすぐ専門家に相談するということです。相談に来る人の多くが、「私の事案って違法だかどうかわからないのに、相談してすみません」みたいな感じで来る。

大野：川村くんは、なぜだか、謝られるわけね。

川村：謝られますね。でも僕としてはそういうふうにどんどん来て欲しくて。たとえば自分はこの症状だからこの病気に違いなくて、この薬を処方してくださいと病院に言う人はいないじゃないですか。そういう感覚が必要だと思うんです。何か困った、おかしいという感覚がサインだからすぐに来て下さいって。

大野：医療保険の領域の議論では、当事者と専門家の間の「情報の非対称性」というのは前提とされます。川村くんの話していることは、情報の非対称性があるから専門家に相談してしかるべきだと。

川村：そうです。ちょっと変だと思ったらすぐに相談する。あとは、自分を責めないというのもポイントの一つです。まずはいったん専門家の判断を聞いてから、自分がもう少し努力すべきなのかどうかは判断すればいい。とにかく自分を責めて、そのまま何も言わないのはやめましょうと伝えています。

今、職場でＮＯと言えというのは難しいと思います。せめて外部にSOSを発信してほしいというのが相談現場で感じていることです。とにかくうつ病になる前に相談に来て欲しい。

大野：うつ病になってしまってから助けるのは、支援者もより大変になりますからね。

川村：大変です。会社に責任をとらせる以前の問題がたくさん入ってくる。

大野：特にメンタルヘルスやうつ病の問題が介在するケースでは、当事者自身が動けなくなってしまうことも多いですよね。支援者はそのケースが深刻化すればするほどその状況を改善させるのは大変になる。支援者側としては、深刻になる前に話してほしい。

古市：POSSEが無い地域はどうすればいいですか？

川村：一応POSSEは全国から相談を受けています。その上で弁護士事務所を紹介したりだとか。

古市：電話やメールでも相談を受け付けているのですか？

川村：はい。

大野：しかしいくらなんでも、全国規模で考えたら川村クローンが一万人くらいいないと対応出来ないよね。

川村：それはそれでブラックＮＰＯというか。。（苦笑）でも、POSSEで相談を担当できる人も少しずつですが増えてきています。

大野：労働現場における新型ソーシャルワーカーのロールモデルがここにいる、、、。「わたしを頼ってください」ってこんなにまっすぐに言える支援者って、すごいんですよ。なかなか言えないですよ、川村くんは立派だ、、、。まぶしい、、、。

古市：なかなか言えないですよね。僕は「助けてください」「どうすればいいですか」と聞いてばっかりです。で、POSSEは、どういうところに相談しているんですか？

川村：労働基準監督署も全国にいくつかあるのですが、結構冷たいことが多いです。労働弁護団という弁護士の集まりがあって、全国各地に所属している弁護士がいて、無料ホットラインというのをやっています。そういうところもひとつだと思います。

古市：電話すれば無料で相談にのってくれる。

川村：そうですね。あとさっきソーシャルワーカーの話が出ましたが、申し訳ないのですが、キャリアセンターの職員の人には労働法の知識があんまりないケースが多い。相談者からの一次情報が寄せられるのは、キャリアセンターや親・友人だったりします。

古市：相談する相手が、ですね？

川村：そうです。その人たちがここにつながれば、みんながみんな相談を受けられるようにならなくても、少しは改善されると思うんです。僕はうつ病の相談にはのれないので、その場合にはカウンセラー、カウンセリングを受けた方がいいとアドバイスすることもある。

大野：精神科や心療内科、医療へつなぐケースもあるんですね。連携ですね。

川村：お医者さんを紹介するケースもあります。また、場合によっては団体交渉した方がいいケースもある。その場合には組合を紹介して、僕らは法律的な知識だとか、証拠の作成だとか、制度活用だとかそういうことをやっています。トータルにやっていこうと思うとPOSSEだけでは無理なので、連携が必要です。

「うつ病を作り出していいよ」という法律なんてない

大野：今の現行の制度でも、なんとか運用していく余地はあるような気もしますね。

川村：そうですね。出来ると思います。

大野：今日や明日、突然大きな法律を変えることはできないです。でも、川村くんたちの実践のように、今日の状況を改善させていくことはできる。

川村：「うつ病を作り出していいよ」という法律はまったくありません。とにかく法律にのっとって、変えていくということだけでも全然違うと思います。このあいだも「３６協定（さぶろくきょうてい）」の話がネットで出ていましたが、その中に「特別条項」というのを設けると、実質月100時間、200時間まで残業させることができる。そういう無茶な労働時間が書かれている協定がバンバン通っています。でも、月45時間という上限が３６協定にも一応あるんです。

古市：それは何によって規定されているんですか。

川村：これは、告示で定められています。法律とは違いますが目安としてあって、それを超えるものに関しては、労働基準監督署が指導することがあります。

古市：すぐに違法となるわけではない。

川村：そうなんです。微妙なところではあります。そういう３６協定は認めませんと社会全体がなるだけで、過労は抑制されます。

古市：36協定をもう少しわかりやすく説明してください。

川村：労働基準法で、労働時間は一日８時間、週40時間までと決まっています。しかし、労使協定を結べば延長することが出来る。労働基準法の36条にその規定があるので、この労使協定は36協定と呼ばれています。

古市：ほとんどの会社が、36協定を結んでいるんですか？

川村：結んでいない会社もあるんですが、大体の会社は結んでいて、しかも「特別条項」として月100時間までやることもありえますみたいに書いてあったりする。

大野：それでなんとなくなあなあで「サービス残業」が発生している。

川村：そうですね。未払いの残業代も。とはいえ、これは「残業代を払わなくて良い」という協定ではないんです。未払いはどんなことがあろうと違法です。しかし、残業させること、長時間働かせること自体は、その協定があれば直ちに違法だとは言えない。

古市：つまり、労働基準法の週40時間労働というのは形骸化しているってことですか？

川村：それは形骸化していますね。

大野：企業別の組合が機能していた時代というのは、若い世代にとっては「過去の遺物」となりつつあるのかもしれないですね。

古市：従業員としては合理的というか、別に残業代をもらえるのであれば問題ないというわけですね。一つの企業に死ぬまで所属するなら悪くないという話もありますね。

川村：それも自然だと思います。

古市：こないだ黒田祥子さんの研究を読んでいて驚いたんですけど、1980年代から2010年代で日本の労働時間があまり変わっていないらしいんです。平均労働時間自体が週休二日制が導入されて、確かに減ったように見えるのだけれど、労働者一人一人で見ると、実はあまり変わっていない。

一般的にいって、若い人が多く働いている。高齢者は多く働かない。だから高齢化の影響によって確かに平均の労働時間は少なくなった。しかし高齢化という変数を標準化して見てみると、実は一人一人の労働時間は変わっていないらしいんです。特にフルタイムで働く男性だと一日10時間以上働く人が増えているというデータもあります。土曜日の労働時間は減ったけど、平日の労働時間はむしろ増えている。

大野：いまだにモーレツ社員のままということですよね。

川村：そうですね。でも、会社にアイデンティファイ出来るほど、長期雇用があるかというと、そうではない。

大野：会社という組織は、労働者に、生涯にわたる恩恵や企業福祉を与えられる存在ではなくなりつつある。

川村：雇用保険も基本的には、正社員になれば会社が面倒見てくれるのだからそんなに拡充しなくてもいいんじゃない？という話でした。トライアル雇用というのも、出会わないから雇われていないのであって、一旦雇われればあとはうまくいくでしょうねみたいな。そういう発想なんです。

古市：基本的に今の日本の雇用関係の保障というのは、日本型雇用慣行であったり、会社になんとかインクルージョンしようといった方向性のものが中心です。でも、それから一回漏れてしまった人に対しては社会保障が手薄いということですね？

川村：そうです。厳しいと思います。

大野：企業も苦しいのかもしれないですね。

川村：あまり企業に求めすぎなのもどうなのかなと、同じ問題意識を持っています。

大野：もう少し社会の側で、個人を支えていこうよと。

川村：その代わり、「いじめない、辞めさせない。過労させない」くらいはなんとか社会の規範にしていきたいですね。

大野：「いじめない、辞めさせない、過労させない」…小林多喜二の幽霊が出てきそうな話ですが、これが今日の若者のリアリティです。

日本は”グレーゾーン”が広すぎる？

古市：POSSEでも書いていましたが、日本って労働基準法の条文だけ読んだら結構良いことが書いてある。従業員を守るようなことを書いてあるけれども、執行率が低いことが問題だ、と。それって労働基準法だけに限らない問題だなと思ったんです。

この前、ラブホテルでの火災事件がありましたよね？あの事件でも消防法が守られていなかった。何回も地元の行政の指導が入ったのですが、一向に改善されていなかったのが問題とされました。あの事件に関しても法律上は明らかに違法なのに、勧告しかしていない。

即営業停止といった形を取るのではなくて、法律にはグレーゾーンの部分が非常に多くて、勧告という形で一応やってはいるものの、ここから越えたら絶対に違法ですと厳密な区分があるわけではない。

こうしたグレーゾーンの多さは日本社会における根深い問題だと感じたのですが、どうでしょうか？労働基準法もすぐに執行率を上げるといったことは難しいんですか？

川村：職員も数が足りないので、すぐに執行率を上げるのは難しいでしょう。今労働基準監督署に行って、最初に対応してくれる職員は、大体非正規の人なんです。監督官としての権限を持っていない人なので、なかなか難しい。明らかに人手も足りません。それで管内の会社を全部見るのは難しいだろうと思います。

大野：でも、ある程度のグレーゾーンがないと社会制度は動いてくれないというのも、難しい現実ですよね。「多すぎる規則」をきっちり守らせて管理しようとすると、その場のアクターは身動きがとりにくくなる。

これは完全に思考実験としての話ですが、紙一枚で勧告や通達を出し、規則や決まりを遵守せよと通告したとする。その事業体は、いろんな事情を抱えているかもしれない。現段階ではお金が足りないとか、事務方の人員が足りないとか。そうなると「遵守するor廃業するor実態をすべて隠してしまう」というように、極端な選択をしかねない。

「明日から、一律、絶対遵守！」というのは現実に対しては難しい面もある。社会全体がいきなり変わるというのは難しいんだけれども、でも、そういうこともわかったうえで、少しでもよくするにはどうすればいいのか。

古市：プライオリティをつけていくとか、最低限これからやっていきましょうとか、というのが現実的でしょうね。

大野：少なくとも過労で「死なない」ようなラインを設定するとかね。

川村：そこは絶対ですね。そこの戦いなので。例えば法律上でいうのであれば、１分単位で給料を支給する必要があります。15分単位で丸めちゃいけない。ぶっちゃけた話、そこをみんながみんな主張出来なくても、僕はいいと思っています。

でも、ワタミの被害者がそうでしたが、過労でうつ病になって手帳には「助けてください」って書いている。それが会社の悪さや不当な労務管理によるもので改善できることだなんて考えられなかったんじゃないかと思います。そういう労働者の弱さに、会社が甘えている。これは変えていかないとまずいなと。

古市：法律行政レベルでは、まずどこを変えれば良いですか？

川村：制度としては、労働時間規制が一番大きいと思っています。精神的にも身体的にも、一番何で追い詰められるかというと限度を超えた長時間労働だと思います。

古市：36協定があるにも関わらず、実際には天井が無い状態になっている。まずは上限を決めてしまう。

川村：はい。そうですね。

大野：おおむねみんな、働き過ぎです。「底辺への競争」というより、現代の病は「過労への競争」です。企業も、ＣＳＲとか社会貢献の方法はさまざまあるとは思います。しかし、現状、民間企業が出来る最大の社会貢献とは、労働時間の短縮なのでは、、、、。

古市：僕も取材を何件か受けて、「今日は疲れたな」「一杯仕事しちゃったな」と思って自分が働いた時間を計算してみたら、６時間半とかだったんです。

一同：イイネ！（笑）

川村：そうなんです、僕もね、過労死で亡くなる方の労働時間って想像つかないところがある。たとえば僕にしても古市さんにしても、労働時間という概念がはっきりしていないと思います。

古市：曖昧だからいいっていうのはある。ただ、サービス業など一部の仕事っていうのは、あからさまに肉体的にも精神的にも労働なわけです。そういうものが青天井で何時間もというのは酷ですよね。

大野：酷というか。死ななくていいよ、っていう話ですよ。死ぬために、働いているわけじゃないはずです。生きていくために、働いてください。

川村：そうです。その予備軍としてのうつ病もそう。そこまで会社で働かなくていい。もう一つ制度的に重要なのは、辞められるということですね。ブラック企業を脱出出来る逃げ場というのを、制度的に言えば社会保障で与える必要もあります。

大野：死にそうになったら、転職も出来るし、選択肢がある、というような世の中にしたいですね。

古市：失業保険のペナルティ期間を無くすとか、いきなり辞めたいと思った時でも急にでも辞められる。辞めてもある程度の保障を受けられる、みたいな制度は、これから社会の変化の速度が速くなっていくなら、なおさら必要とされるでしょうね。

川村：そういう風にしないと、ブラック企業は市場淘汰されません。

古市：ブラック企業が潰れればいいんですよね。

大野：淘汰されますかね？

川村：ほんとに今は多くの若者がブラック企業にしがみついている状態で、責任を取らなくてもいい、代わりはいくらでもいる、なんて状況では、ブラック企業の思う壺です。

古市：日本では、教育にしても、共同体的な承認にしても、いろんなものを会社が抱えすぎてしまったがゆえの歪みというのが一気に出てきている気がします。

「あなたは20歳の時なにしてた？」と年配者に聞いてみよう

―そろそろ、まとめに入りたいのですが、「働く若者」の話題は、どうしても「若者の甘え言説」に結び付けられやすいと思います。先日のＮＨＫの番組の後も東京都副都知事の猪瀬直樹さんが、最近は辛抱を知らない幼稚な若者が増えた、といった趣旨の発言をTwitter上でしていましたし。

大野：「若いうちに苦労していないから」と言うのはいいんじゃないでしょうか。いいんですが、じゃあどういうふうに苦労していないのかについて調査して統計を出してください。そしたら読みます。そして考えます。

猪瀬直樹さんや石原慎太郎さんが、20歳の時に何をしていたのかとか、ハタチの若者は率直に聞いてみたらいいんじゃないですかね。BLOGOSで川村くんと対談とかしてもいいかもしれません。イメージが「太陽の季節」ですから。というか、「最近の若者は」と言いだすのは人類の習性みたいなものです。おじさんのカラオケみたいなものです。

「最近の若者は」といわれた時に「じゃあおじさんは、ハタチの時に何をしていましたか」と、それすら聞けない若者も変な感じがしますが。そうやって大人に「甘えている」と言われて反論しない、若者の不可思議さというか。

川村：そこを「甘え」と言いたいわけですね？

大野：そうかもしれない。私は別にそこまで若者を「守る」必要は無いと思います。「おじさん」に異議があるならば、議論をしなければ、おじさんには永遠に伝わりません。

古市：いくら「新型うつだ」とか「甘えだ」とか言っても、それはもはや社会の前提なわけです。定義によりけりとはいえ、一定数「新型うつ」と呼ばれる人が生まれてしまっている。

結局そういう社会が出来てしまったのだから、そういう社会を変える責任があるのは、理論上今の社会にいる人みんなのはず。甘えだと言ってもいいんだけれど、甘えだと言ったからといって何かが変わるわけではない。バッシングをして、お互いに傷を付け合うよりも、建設的な議論や具体的な活動をする方が大事だと思います。

大野：根性を出せとか、気合が足りてないとか、そういう個々の気持ちではどうにもならないことが、社会問題なのではないでしょうか。「過労死を気合いで解決しろ」と言う人はいないですよね。おじさんたちも、そういうことを言いたいわけではないとは思います。「若者は苦労が足りない」と言う程度なら、おじさんたちにだって、甘える権利はあるんじゃないですか。

川村：何をもって言っているのかですよね。残業に耐えられないことをもって言っているのか？

大野：おじさんたちが夜の街に行ってホステスのお姉ちゃんに、今日の会議はどうだったとか言っているのは甘えとどう違うの？とかいうような話を期待されているのかもしれませんが、それはおじさんたちで話し合ってください。おじさんたちだって、つらいことがあるでしょう。同様に、若者にもつらいことがある。

古市：そもそも企業体って、利潤の追求が目的のはずです。そこの中で長時間働くとか、ちゃんと上司に従順だとかってほんとは二次的な問題に過ぎない。利益をあげることが目的なのに、そういうことがすっとばされて、社員が甘えているというのは元も子もない。別に短時間労働でも、みんながアットホームでも利益を上げる方法はいくらでもある。

川村：豊田義博さんという方が面白い話をしていて、『就活エリートの迷走』という本があります。この本の中では、リクナビが自己分析しろとか、自分がどんな仕事をしたいのか考えろと打ち出した結果、あれに過剰適応した就活エリートたちが会社に入って、自分がしたいことと会社に与えられることに矛盾を感じて辞めていくと書かれています。

古市：就活に求められている能力と実際に会社で求められている能力は違うというギャップもありますよね。最近、大企業の人から聞いた話では、「最近の新入社員はコミュニケーション能力が高すぎて困る」って言うんですね。

一同：出た、新説（笑）

川村：どういうことですか？

古市：先輩が怒ると、その場ではすぐ「わかりました」といってみんな関心するんだけど、後々も全然直っていない。つまり、取り繕うことは非常に上手なんだけれども、実際の能力は伴っていない。

川村：そういうのも、今までそういう就活生を養成してきたわけじゃないですか。

古市：そういう採用方法をとってきたわけですよね。

大野：営利を追求する企業も、本来的にどういう人材や職場環境が必要なのかとか、考え直す時期にきているのかもしれませんね。こういう会社が作りたいんだとか、こういう人と一緒に働いてほしいんだとか。就活するほうも、そのほうがすっきりするかもしれない。

古市：川村さんが「ほんとに従業員のことを考えるのだったら、こんな使い方をしない」って言っていましたよね。実際企業の永続可能性を考えるのであれば、少しでも優秀な社員に長く留まってもらった方が企業としてもメリットがある。どんどん使い捨てていくというのは企業としても合理的な行動ではないですよね。

川村：そうですね。サービス残業じゃないですが、営業やＳＥの仕事って残業代を払わないし、後から責任も問われないということを前提にすれば、安く済ませるよりは動かした方がいい。

古市：なるほど、ケースによっては、使い捨てにした方が合理的になってしまっていると。

川村：そういう「合理的な」選択を許さないために、ちゃんと残業代を払わせる。

古市：一企業としては合理的だけれど、社会全体のコストを考えてみれば明らかに非合理的だから、そこで全体でうまく回るように規制をかけていく必要がある、というわけですね。

川村：非合理だと会社に言っても変わりませんからね。それは会社にとっては合理的な行動になってしまっているわけですから。でも、社会的に見れば、会社から見てどんなに使えない就活生であっても、社会が20何年間もかけて育ててきている人材です。

それが半年とか１年とかでうつ病になって、働けなくなる。結果として、失業保険や生活保護に頼らざるを得なくなる、というのは非常に非効率だと思うんです。それは社会にとって効率的ではないので、会社が社会の効率性に沿うような行動をとるのが合理的だとなるためにも、ちゃんと規制をかけていく。それが必要になると思います。

大野：「甘え」だとか「苦労」だとか言っていられるうちが、華なんです。おそらくは、今がタイムリミットなんです。これが深刻化すると、そういう余談の余地すら無くなる。もっと強制的な「何か」をせざるを得なくなる。

だから今のうちに対処しておく必要があると思います。多くの人が「普通」に生活していられる最後の領域で、ここを超えちゃうと息継ぎすら出来なくなる社会状況がやってくる。

川村：それこそフリーターは自己責任だと言って、若者の身勝手だと言っているうちはいいです。それがやがて中年フリーターになり、無年金世代になってくると確かにそうは言っていられなくなる。

大野：「若さ」というのは一種の特権なんです。若いというだけで注目され、若いというだけで採用され、若いというだけで話を聞いてもらえる。新規参入者が、今しか使えない特権です。若者はもう少し、その特権を行使してもいいのかもしれないと、今日川村くんの話を聞いていて思いました。

古市：甘えって結構大事な問題だと思います。資本主義の労働市場において、資本主義の労働市場に適合的でない人、それこそハンディキャップを背負った人や社会が能力とみなすものを持っていない「社会的弱者」って、結局どこかで誰かが引き受けないといけないと思うんです。

たとえばちょうど昨日まで上海に行ってきたのですが、上海であればそういう人を血縁関係内で相互補助している。それが別に国からの社会保障ではない形にしても、どこかで誰かがそういう人を引き受けている。社会全体を回していくには、そういう人を一気に切り捨てることは結局出来ない。それをどう担うかということは、社会のあり方としてはいろいろあり得る。それを甘えだと切り捨てても、どこかで誰かが担うのだから、「甘えだという方が甘え」だと思います。

―本日はありがとうございました。

プロフィール

古市憲寿（ふるいち　のりとし）:1985年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。著書に、「絶望の国の幸福な若者たち」、「希望難民ご一行様　ピースボートと「承認の共同体」幻想」、「上野先生、勝手に死なれちゃ困ります　僕らの介護不安に答えてください」など。
Twitterアカウント：@poe1985

大野更紗(おおの　さらさ)：1984年福島県生まれ。作家。難病当事者。上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程休学中。著書「困ってるひと」がベストセラーに。
Twitterアカウント：@wsary

川村遼平（からむらりょうへい）:1986年千葉県生まれ。NPO法人POSSE事務局長。東京大学大学院総合文化研究所修士課程。著作に『ブラック企業に負けない』など。
Twitterアカウント：@kwmr_posse
公式HP：NPO法人POSSE

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ブラック企業に負けない