「今後のメディアは『モジュール化』していく」―ITジャーナリスト・佐々木俊尚氏インタビュー - BLOGOS編集部
※この記事は2012年06月05日にBLOGOSで公開されたものです
「当事者性」の欠如という日本のメディア空間に広がる問題点の構造を解き明かすことに挑んだ意欲作「『当事者』の時代」。本書の筆者であり、ITジャーナリストとして積極的な情報発信を続けている佐々木俊尚氏に、日本のメディアの抱える問題点とその未来予想図を聞いた【取材・執筆：永田 正行（BLOGOS編集部）】日本に広がる「マイノリティ憑依」という”病理”
―最初に、ITジャーナリストである佐々木さんが、「『当事者』の時代」という日本のメディアの問題点を論じる書籍を執筆された動機を教えてください
佐々木俊尚氏（以下、佐々木氏）：これは僕が、ITジャーナリストとして活動している理由にも関わっています。そもそも僕は、文系の大学を出て、その後は事件畑を歩いてきた新聞記者ですから、もともとテクノロジーの専門家でもなんでもない。
しかし、僕は「テクノロジー」とは、単なるツール、手先の技術ではなく、社会の構造を規定する基盤になっていくだろうと考えています。そうした予測に基づいて継続的にテクノロジーの取材を行っていく中で、重要なことは、社会の仕組みや今後の在り様を構造的に捉えるという考え方です。アナログではなくデジタルに捉えるということですね。
ところが、日本の言論空間、論壇を見てみると、テクノロジー的な発想で社会を構造化して考えるということが余りされていない。ある種の皮膚感覚みたいなものをベースにして「やれ、けしからん」みたいなことを言っているケースが非常に多い。そうした分析は、読んだ直後は「そうだそうだ」といって面白いかもしれません。しかし、そうした言論は何も生み出さないですし、”新しい道”にはつながらないのではないか、と前からずっと思っていました。なので、言論空間、戦後思想史、戦後メディア史といったテーマを徹底的にロジカルに、テクノロジーベースで描くということにチャレンジしようと考えたのが、最初のスタート地点です。
また、ここ10年間で膨大な数のメディア論が書かれているにも関わらず、何を読んでもすべて「記者の志が落ちた」ということしか書いていない。著名な思想家や評論家の方でも、記者の劣化を主張していたりする。
僕は、今で多くの友人・知人が新聞・テレビ、雑誌業界にいるのですが、取材力が落ちたということはまったくないと思います。個人情報保護法の施行、官公庁などが情報を出さなくなっている、市民から「マスゴミ」呼ばわりされているなどの問題によって、以前より” 取材しづらく”はなっているかもしれません。しかし、高い志を持っている熱心な記者も多い。そうした状況で、記者個人の志や取材力が落ちたといっても始まらないのではないか。では他に何か理由があるのではないか、と考えたのです。
―本書の大きなキーワードとして「マイノリティ憑依」を挙げることができます。これを未読の方に簡単に説明していただけますか。
佐々木氏：うーん、「簡単」にというのは難しく、誤解を招く危険があるのですが……。
強いて言うのであれば、自分の立ち位置で語るのではなくて、外部からの「神の視点」で物事を論じることです。原則として、すべての人間が、自分が所属している社会のインサイダーです。にもかかわらず、自分がさも社会のアウトサイドに立っているかのように振るまい、「神の視点」を経てそこから社会を語るというやり方。こうしたやり方を長い間続けてきたマスメディアの問題があり、それが今やインターネット上にも蔓延しているというのが今現在の構造だと思います。
そして、そのアウトサイドから見ることによって得られる「神の視点」というのは、往々にしていわゆる「弱者視点」なんです。その弱者視点というものが、実際に存在する弱者に寄り添っているのであれば問題ない。例えば、今回の震災であれば、被災者に実際に会って話を聞く、あるいは親族や友人が被災者であるといった場合に、彼ら・彼女らの話を聞き、寄り添った経験を通して、今の社会の問題を語るのであればよいのです。しかし、そうではなくて、勝手に自分で「被災者はこういうものであるべきだ」という幻想の弱者を作り上げて、それを自分のバックグラウンドとして物を語るという人が非常に多い。それをマイノリティに勝手に憑依していることから「マイノリティ憑依」という表現を使っています。
これはよく誤解されるのですが、社会的弱者や少数派を無視しろという話ではまったくないんです。本来の弱者やマイノリティの姿を知らないまま、勝手に語っている人たちが多いということを指摘している。もう既にネット上では「弱者無視の多数派視点だ」という批判が出てきている。常に誤解され続けていますね、こういう問題は。
―最近ですと、「被災者の方々がパチンコをしている」といった報道があります。そのこと自体は問題かもしれません。ただ、それよりも「自分の幻想の中にいる被災者」と現実のイメージがずれたことで憤りを感じている人も多いように思います。
佐々木氏：そうですね。「無垢の存在であることを何故求めるのか？」という疑問があります。生活保護受給者であれば、まったく遊びもしない、マンガも読まず、パチンコもせず、ひっそりと美しく生きていって欲しい、ということを過剰に求める傾向があるようにも思えてしまう。
―そうした実感は、朝のキュレーションなど佐々木さんの定期的な情報発信に対する読者の反応から感じる部分も大きいのでしょうか？
佐々木氏：それは非常に大きいですね。「マイノリティ憑依」の問題というのは、自分が新聞記者をやっていた頃に、「幻想の市民」の声を伝えるような取材・執筆活動をしていたのではないか、という問題意識からスタートしています。記者時代から、モヤモヤとした違和感は持っていたんです。ところが、自分がインターネット上で活動していると、新聞記者でもテレビ局のディレクターでもない人たちの間にまったく同じようなことを言っている人たちがたくさんいる。このことに衝撃を受けました。
最初に強烈に感じたのは「ユッケ事件」の時です。あの時に、食中毒で子どもが亡くなったのですが、だからといって厚生労働省が一方的に規制するというのはやりすぎじゃないか、と思いました。なので、あまりにも安価なユッケを食べて食中毒になるのは自己責任で、政府が規制すべき問題ではないのでは、と私が主張すると、「それを子どもを亡くしたお母さんの前でいえますか」という人がたくさん現れた。そういう人たちのプロフィールを見ると、ユッケを食べた子の母親でもなんでもなくて、東京に住んでいる男だったりする。これは、勝手に食中毒で子どもを亡くした母親に憑依しているわけです。別に当人を知っているわけでもないし、取材しているわけでもない。別に取材していなくてもいいのですが、その距離の遠さに考えが及んでいないということを問題視しているのです。
最近では、森達也さんがダイヤモンド・オンラインで書かれていた論考に共感しました。死刑制度反対を主張すると、必ず「被害者遺族の気持ちになってみろ」と言う人が出てくるのですが、そうした主張をする人の多くは被害者の遺族でもなんでもない。彼らの理屈を是とするのであれば、仮に遺族のいない被害者であれば、そういうことは考えなくてもよいということになってしまう。森さんは、我々が考えなければいけないことは被害者遺族の気持ちになることではなく、自分と被害者遺族の間の距離が如何に遠いかを思い知ることだと主張しているのですが、まったくその通りだと思います。
これは福島原発の事故についても同じことが言える。自分が原発の避難区域圏内にいるわけでもないので、勝手にそこにいる人たちを憑依するという行為も各所に見られるようになってきている。これはマスメディアだけの問題ではなく、日本全国に蔓延するある種の病理になっていることを、この1年半の間に如実に感じました。震災以降、特に強くなっているように思います。
テクノロジーによって社会構造そのものが変わる
―この「マイノリティ憑依」については、ご自身の記者時代の経験から始まり、1960~70年代の学生運動にまで、その起源を遡って解説されています。そうした作業をここまで丁寧にやられたのは何故でしょうか？
佐々木氏：新しい概念を、テクノロジーの考え方を基盤にして伝えようとすると非常に抽象的なものになってしまう。抽象的なことを書いた結果、その主張がなかなか伝わらない、という経験が過去数年の書籍の執筆活動の中であったので、もう少し物語を重ねることで、その世界観の全体像を伝えるということにチャレンジしたかったのです。ある種、物語的にテクノロジーの話を書く、物語的にメディアの話を書くというという取り組みを、ここ数年間はしてきました。ですので、前作の「キュレーションの時代」もそういう形式になっています。そうした取り組みの中の一つの成果物として、このような形になりました。
また、本書の中では1960年代から70年代初頭の学生運動の様子を描いているのですが、僕自身は一世代後ですので、リアルタイムで経験しているわけではない。しかし、その時代を経験した人たちも納得できる、説得力を感じてもらえる本にした方がよいのではないかということを、ネットで叩かれている身としては考えるわけです。印象論だけで、「60年代の学生運動ってこうだったよね」と書いてしまうと「いや、違う」といわれてしまう。
本書に書かれている1960年代の話を読んで、「いや、違う」と思う人もたくさんいるでしょう。しかし、その人たちもおそらく記憶の中で美化している。その記憶の中で美化された部分を取り除き、文献を提示し、取材を重ねて、その中からきちんとロジックとして浮かび上がらせるという作業をすることで、説得力を持たせようと考えたのです。
―確かに前作の「キュレーションの時代」も「キュレーションのノウハウがわかる本」だと思って手に取ると、海外の画家のエピソードから始まっていて意表を突かれる部分がありました。そうした物語としてメディアを描くということにチャレンジされたわけですね
佐々木氏：基本的に”使い方”を書いているのではなくて、新しいテクノロジーの誕生によって構築される世界観を説明する本なんです。「『当事者』の時代」にしても「キュレーションの時代」にしても。当然、短い言葉では伝わらないですし、新しい一つの世界観の全体像を提示することは、そう簡単にはできません。どうしてもこういうやり方にならざるを得ない。
日本人は技術を手先のものだと思いすぎです。例えばfacebookやTwitterというサービスが出てくると、経済誌が急にその使い方を特集する。書店にいけば「facebook入門」といった書籍が溢れる。それらを読むと、とりあえず使ってわかった気になってしまう。もちろん、使えるようになることは大事ですが、本質としてfacebookや Twitterの出現が産業構造や我々の社会の構造をどのように変えるのか、ということをきちんと考える必要がある。社会構造そのものが新たなテクノロジーの誕生によって変わってしまうという発想が、今の日本には欠如していると思うんですよ。
以前もそうした議論をTwitter上でしたことがあるのですが、日本人は、テクノロジーを何らかの技能、職人芸だと捉えている傾向がある。そうした技能が自分たちの人生や社会を変えるとは到底思っていない。そこのギャップが非常に大きいなと思います。もちろん、使い方も大事なんだけど、それだけじゃダメという話です。
―メディアに関わる人間にとって、「当事者意識を持つ」ということは、非常に厳しい問題提起をしていると思います。本書の中で、佐々木さんご自身も記者時代を「当事者意識を持ち得なかった」と回顧されていますが、現在も記者を続けていたとすれば、どのようなスタンスで報道に携わりますか？
佐々木氏：それは非常に悩んだ問題ですね。正直、よくわからなかったんですよ。例えば、僕が取材した事件の中に「東電OL殺人事件」というのがありました。あの事件を延々と取材し続けたのですが、事件そのものよりも何故キャリアウーマンだった被害者の女性が、渋谷の神泉という場末の町で売春していたのかという理由が最後までわからない。この事件は、佐野眞一さんが「東電OL殺人事件」という本にしているのですが、これを読んでもやはりよくわからない。
ところが、桐野夏生さんの「グロテスク」という小説を読むとなぜかわかる気がするんです。内容が事実かどうかはわかりませんが、「あるべきであろう」被害者女性の真意みたいなものが小説的な文脈の中で描ききられていた。これを読んだ時、僕はまだ新聞記者だったのですが、非常に打ちのめされたんです。「この距離の遠さって一体何なのだろう」「フィクションでしか描けないのだろうか」「では、取材って一体何なんだ」といった疑問に行きつき、その答えがでないままズルズルと過ごしてきたというのは事実です。
それは新聞記者時代の文章の書き方、文体にも問題があったと、今では思います。結局、新聞記者は、一人称では記事を書くことはない。毎日新聞の場合、「記者の目」という一人称で書ける長いコラムがあるのですが、これも一人称といいながら社論の枠は超えられないという心理的な圧力があるのが現実です。
ですから、僕が今書くとしたら、自分の立ち位置から書くしかない。要するに、自分が今まで生きてきた人生と彼女の人生を並べてみて、そこから近かった部分、遠かった部分を一つ一つ確認しながら書く。あるいは、自分の近い親族、自分の母親や妻の人生と重ね合わせて彼女の人生を考えてみる。取材対象者と自分や自分がよく知っている人との距離の遠さ、近さが、どの程度のものなのかを常に推し量りながら一人称的に書いていくというやり方しかない。
しかし、一方で当事者であることを望んでしまうと別の方向になってしまうという問題もある。例えば、「桶川ストーカー殺人」という事件の時に、雑誌記者の清水潔さんが「遺言―桶川ストーカー殺人事件の深層」という本を書いています。これは、記者であるにも関わらず完全に遺族にコミットして、関係者になってしまっている。しかし、だからこそ書かれている内容は非常に生々しいもので、僕はこの本にも打ちのめされました。ここまでコミットしないと、このような素晴らしい本を書けないのかと。もう少し古い話では、沢木耕太郎さんの「一瞬の夏」というルポがあります。これはボクサーを取材するのにセコンドをやるほどコミットしてしまうという物語です。
「これらが本当に正しい姿なのか？」というと非常に難しい。全員がそうやって関係者にコミットしながら、記事を書かなければならないとなると、そもそも取材とかジャーナリズムというものは成り立たなくなるのではないか。そこまでコミットしないことにこそ、ジャーナリズムの意味というのはあるのではないだろうか。関係者にコミットせずに、記事を書くということになると、それは当事者にならないということを前提とした上で、そこに取材対象者との距離感をどう描くかという問題に行き着いていく。
「当事者の時代」の中でも、最後に新宿バス放火殺人のエピソードを描くことで当事者になることは、非常に困難であるという話をしています。しかし、「当事者になれないから当事者でなくていい」「当事者にならない人間は、ジャーナリズムをやっちゃいけない」とは書いていない。文章として明記されていませんが、そこには「当事者にならないからこそ、自分自身は当事者性を持ちうるんだということ」なんです。
ある事件が起きた際に、その事件の関係者しか当事者になれないのか、というとそうではない。その事件の「当事者ではない」ということを認識することによって、初めて自分が巻き込まれるということが起きるわけです。抽象的な話でわかりにくいかもしれませんが、当事者と自分との距離の遠さを常に意識し続けることが重要だということなのです。
「日本はどうすべきか」という議論はもう通用しない
―「当事者性」を持つことの重要性を語る一方で、その困難さについても言及しています。佐々木さんご自身が「当事者性」を持つために意識されていることはありますか？
佐々木氏：これは以前、Twitter上でも言ったのですがある種の「革命的敗北主義」なんです。「革命的敗北主義」というのは、学生運動用語で、「戦いに負けるのはわかっている。しかし、負ける姿を見せることで、何らか意思が伝わっていくだろう」という考え方です。
「当事者性」を持つためには、常に「マイノリティ憑依」でもなく、かといって完全なインサイダーでもない、” 宙ぶらりんな” 自分の立ち位置を確認することが必要です。また、自分が誰を代弁しているのかを常に確認すること。さらに、幻想の世間、社会、弱者を追わないこと。この３つに集約されるんじゃないかと思っています。
これは「革命的敗北主義」なので、非常に難しい。だから、やれる人だけやればいい。それによって少しずつ、空気感というかあるべき姿が変わっていく可能性はあると思っています。
これまでは弱者視点というのは「善」だと思われていて、それに対して異議を唱える人はいなかった。しかし、それに対してモヤモヤとした違和感を感じていた人も多かった思います。実際この本に対するブログやTwitterの反応を見てみると、「モヤモヤとした違和感を指摘してくれた」という声も多かった。弱者視点が実は完全な善ではないと提示することが、当事者意識の復活につながるのではないかいう期待感はあります。
加えて、これを言うと怒る人がたくさんいると思うのですが、今は「我々の日本をどうする」ということを語っても何も始まらない時代に来ている。日本は今グローバリゼーションに巻き込まれつつあって、工場労働だけでなくホワイトカラーも海外に流出し、エレクトロニクスは壊滅状態で見通しも立っていない。駄目になってきていることは多くの方が感じていると思います。
そこで必ず議論になるのは、朝まで生テレビのような「じゃあ日本はどうすべきか？」ということです。しかし、「日本はどうすべきか」と考えても一切答えは出ない。現実には、生き残れる人、生き残れない人、前向きになれる人、なれる人と両方必ず出てくる。そのすべてを包摂するのは、非常に難しい。その中で、当事者意識をもって、当事者性を復活させながら、自分自身で生き延びられる人だけが生き延びられる。本書は、そういう人たちへのメッセージでもあるんです。
―「日本をどうする？」という天下国家を論じるよりも、当事者性をもって自分の周囲の小さなところから改革していくことの方が重要かもしれません。
佐々木氏：結局、「日本をどうする？」という議論は社会を背負っているわけですが、今後そんな社会を背負った議論というのは出来ないと思うんです。「あなたが背負っている社会・世間って誰だよ？」という話です。
―「これだから今の学生は」「これだから日本は」という大きなクラスタで物事を語る議論は通用しなくなっていくのかもしれないと。
佐々木氏：「学生は」と一言でいっても、学生には無数の温度差がある。最近如実に感じるのですが非常に優秀な学生とそうでない学生がはっきりしていて「平凡な学生」というのがあまりいないように思います。
―にも関わらず、「ゆとり世代」といった具合に括りたがる傾向があります。
佐々木氏：わかりやすいし、面白いですからね。何でも物事を単純化するとわかった気になってしまうのですが、そうなると落とし穴にはまることになります。複雑なことをなるべく複雑に語る。そうすると伝わる人は多くない。だからといって、全員に伝えるためにわかりやすくする必要もないし、「その全員って一体誰？」という話です。ですから、そういう意味では「当事者の時代」というのは実は「格差時代」なんです。
今後のメディアは「モジュール化」していく
―今後のメディア空間がどのようなものになっていくのか、という見通しを教えていただけますか。
佐々木氏：そのテーマは、次回作で取り上げる予定です。僕は、これからのメディア空間は「モジュール化」していくと思っています。今までのメディア空間は、マスメディアに支配されていて、テレビや新聞で語られないことは存在しないという構造になっていた。しかし、現在ではテレビや新聞の外側にインターネットというメタ的なメディア空間が出来上がっていて、テレビや新聞が批判される対象になっている。
しかし、「新聞やテレビの役割がなくなるか？」というとそうではない。良質なコンテンツ、よく取材された調査報道など、プロフェッショナルなメディアというのは、やはり必要です。そうなると、今後は、様々なメディアがモジュール化していくのではないかと思うのです。
かつて内部告発みたいなものはマスメディア経由でしか発表できなかったのですが、現在ではWikileaksがあります。Wikileaksがやりすぎだというのであれば、Openleaksのように一度マスメディアをかませる仕組みも出てきている。あるいはいわゆる発表物も、マスメディアを経由せず、省庁がプレスリリースで直接流して、消費者が読むということが普通に起きている。様々なメディア空間が、どんどん細かいモジュールに分解されていくということが起きてきているわけです。
かつてのメディア空間はチャネル的な発想で、何かが起きるとその情報がテレビ、新聞、雑誌、ラジオという４マスメディアを経由して国民に届けられるというモデルでした。これがモジュール化した場合、モジュールの一つ一つが小さなチャンネルになるのではなく、もう少し大きなプラットフォーム上でそれぞれのモジュールが組み立てられるという方向に変わってくるのではないかと思っています。
その大きなプラットフォームは、グローバルなプラットフォーム。現在では、facebookであり、Appleであり、Amazonであり、Googleです。残念ながら、今のところこれらはすべてアメリカ企業ですが、日本からも楽天などが、そうしたポジションを狙って努力している。いずれは、このようにグローバルなプラットフォーム上で、メディアが細分化されたモジュールとして機能して行くということが起きるでしょう。
そして、それはメディアだけじゃなく社会構造すべてが、そうした方向に行くのではないかと思っています。実際、製造業なんかもグローバルなプラットフォームとそれに対するモジュールという形に構造が変わってきている。Appleというプラットフォームがあって、その上で組み立てを担当するEMSがあり、様々なパーツを提供するシャープなどの企業があり、さらにその上にはアプリを開発する個人事業主のプログラマーや、音楽を提供するクリエイターがいるという構造です。
アントニオ・ネグリというイタリア人とマイケル・ハートというアメリカ人の共著で「＜帝国＞ グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性」という本があり、2003年に日本でも出版されています。この本が書かれた当時は、それほどインターネットが普及していない、グローバルプラットフォームが誕生していない時代でした。しかし、この本の中では、これからは国民国家が衰退に向かい、国境が消滅した世界の中で、グローバルなシステムが世界を覆っていくだろうとして、そのシステムを＜帝国＞と呼んでいるんです。一つの国が大きくなって、世界を支配するというのが、旧来のアメリカ帝国主義の「帝国」ですが、アメリカもイギリスも日本もみんな飲み込まれていく一つの横断的なシステムを＜帝国＞と呼んでいる。
そして、流動的に＜帝国＞に搾取されながら、＜帝国＞を何とか利用して様々な活動を行う「マルチチュード」が存在感を増していくだろうと書かれている。「マルチチュード」とは直訳すると「群集」という意味ですが、実はこの＜帝国＞と「マルチチュード」という構造が、僕が今言っているプラットフォームとモジュールの関係に適合しているんです。こうしたモジュールは「ノマド」と言い換えてもいいかもしれません。
そして、モジュール化した個人が、いままでのような縦社会的で、垂直統合・組織化された中での歯車ではなく、より大きなシステムの中の流動的な自律分散した歯車に変わっていく。この流動的な存在であることが、当事者の時代とつながってくるということです。
―現状では、ソーシャルメディアがあるとはいえ、やはり情報が上から降ってくる部分も大きいですが、より双方向性の強いものになっていくということですか？
佐々木氏：受信者と発信者が交換可能になってきている。今後訪れるであろう新しい時代においては、情報の受信者＝発信者であり、発信者＝受信者であるのと同時に、それらの総体が新たな発信になるというメタ的な構造に変わっていきます。ここで生みだされるものは、今までのテレビや新聞のような単なるパッケージングされたコンテンツだけではなくて、そこで生まれるfacebook上のやりとりやTwitterでの議論といったもの自体が新しい商品、コンテンツになっていく。
ですから、生み出される共有物とか製品の概念みたいなものが物凄い勢いで変わっていく可能性がある。キュレーションもその典型です。単に情報をメタ的につないでいるだけで、何も生み出していないにもかかわらず、それ自体がある種のパッケージングされていないコンテンツになっている。こういうものを生み出していくことが新しい世界の商品であり、生産なのではないかと考えています。次回は、こうした話を中高生向けに書いてみたいと思っています。
―本日は、ありがとうございました。
プロフィール
佐々木俊尚（ささき としなお）：ITジャーナリスト、作家。毎日新聞社にて、東電OL殺人事件、オウム真理教事件などの取材を担当。その後、「月刊アスキー」編集部を経てフリーに。著書に「2011年新聞・テレビ消滅 」(文春新書)、「キュレーションの時代 『つながり』の情報革命が始まる」 (ちくま新書)などがある。・「『当事者』の時代」（電子書籍版）
リンク先を見る
「当事者」の時代 (光文社新書)
posted with amazlet at 12.06.04
佐々木 俊尚
光文社 (2012-03-16)
光文社 (2012-03-16)
Amazon.co.jp で詳細を見る
