【赤木智弘の眼光紙背】子供たちの安全安心のために…… - 赤木智弘
※この記事は2012年05月26日にBLOGOSで公開されたものです
赤木智弘の眼光紙背：第225回21日、東京メトロ副都心線の渋谷駅で53歳の男性が、32歳の男性に刺されて重症を負う事件があった。(*1)
容疑者は逮捕されたようだが、その名前が「知宏（ともひろ）」ということで、一部で「またともひろか」などと言われていて、私、赤木智弘は少し嫌な感じがしていた。
もちろん、その「また」は私ではなく、かつて秋葉原で連続殺傷事件を起こした「加藤智大」のことであり、あの時になぜか「二人のともひろ」なんて言われて、嫌な気分になったことを思い出す。さすがに殺人犯と一緒にされたんじゃねぇ……
愚痴はともかく、今回もまたというかなんというか、弱者男性がサバイバルナイフをもって凶行に走った事件ということで、またしばらくは、何やかんや言われるのだろう。
犯罪に関する、もっともありがちかつ、説得力が強いのは「子供たちの安全を守るために、少しでも危険に感じるものを監視、排除しよう」という主張である。私はワイドショーやネットなどで、こうした言説を見聞きする度に、嫌気が差す。
なんでそんな、本来であればどうでもいいはずの、私にとって何の関係もない事件や事故に対して、なぜ私が恐怖を感じなければならないのだろうか。本当にバカバカしく思う。
かつてであれば、どこか自分の知らない場所で通り魔事件が起きても、私がそのことを気に病む必要などなかった。殺した方も殺された方も、自分に近しい人間で無ければ、単なるワイドショーネタとして流していたはずだ。
しかし今の日本では、そうした事件が発生すれば、いつの間にか弱者男性全体への偏見に結び付けられるのが常になってしまった。「子供たちのために」として排除されるのは、いつだって弱い立場の人たちだ。
通り魔事件や、学校への乱入といった事件が起こる度に、街角には監視カメラが増え、ナイフは規制され、警察は防犯の名目で、秋葉原などで十徳ナイフを持ったオタクを捕まえて得点を稼ぐ「オタク狩り」を行うようになった。小学生の登下校には監視の目がつくようになり、子供たちは独り者の男を、自分に害を加える犯罪者として見るようになった。そうした社会の変化を見ているからこそ「子供たちの安全を守ろう」という言説が恐ろしいのである。
最近は左派もまた、反原発を気取っているつもりなのだろうか、被災地の瓦礫を放射性物質であるかのように非難し、震災にあった苦しい立場の人たちの傷口に塩を塗りこんでばかりである。
基準値を大幅に下回る、ほんのわずかな放射性セシウムが検出された食べ物に対して、それを給食にだすなと文句を言う人がいるのは仕方ないにしても、学校などがそんな無茶な言説を認めてしまう。それは私には「子供たちというお題目があれば、どんな道理も引っ込むぞ」という脅しのように聞こえる。
被害妄想が過ぎると思うのならば笑えばいい。しかし、私には「子供たち」という、他社批判のための便利な道具の方が、サバイバルナイフよりもよほど恐ろしい凶器であるように思えてならないのだ。
*1：「体ぶつかり腹立った」 サバイバルナイフで刺す ３２歳容疑者逮捕（MSN産経ニュース）
プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。
・@T_akagi - Twitter
