「今まではやるしかなかった。震災が風化しつつあるこれからの方が不安」―被災地で事業を再開させた蒲鉾店の奮闘記 - BLOGOS編集部
※この記事は2012年05月24日にBLOGOSで公開されたものです
及善かまぼこ店は、創業130年、及川専務で6代目となる老舗のかまぼこ店です。代々、南三陸町で事業を営んできましたが、今回の震災で自宅兼工場を失うことになりました。しかし、現在は宮城県登米市で工場を稼動させ、営業を再開しています。専務である及川善弥氏に、事業を再開させるまでの過程を聞きました。【取材・執筆：BLOGOS編集部 田野幸伸・永田正行 取材協力：福田記子】震災発生直後に社長と事業再会を誓って離れ離れになった
――3月11日震災発生時、及川さん自身は何をしていましたか？
及川善弥氏（以下、及川氏）：私は仙台で催事をやっていました。
――南三陸には、ご自宅兼工場があったわけですが、ご家族と連絡を取ったり、工場がどうなっているかなど状況を把握されるまでの過程を教えてください。
及川氏：3.11に地震が起きて、携帯も繋がらずパニックでした。30分後に父親である社長から家族は全員避難したというメールが入りましたが、そこから二日間くらい連絡が取れませんでした。
その言葉を信じて、1日仙台で待つことにしました。その日はパニック状態でしたし、信号機もついていない状況でしたので移動しないほうがよいと思ったんです。南三陸町の状況もわからなかったですし。
その次の日の朝にワンセグで上空から撮った映像があるニュースを見ました。確かNHKとフジテレビだったと思います。あっちも急ぎで撮っているので、編集と場所がグチャグチャでよくわからなかったんです。話を聞くと、現地に行っても携帯は繋がらないし、渋滞で立ち往生するとのことでした。
３日目の朝に南三陸に出発しました。2日間で得た情報の中には嘘も本当もあり、通れる道、通れない道がありましたが、安全な道を選んで南三陸町へ向かったんです。移動している間は、建物が傾いたりしていましたので、「津波があったのかな？」と思っていましたが、南三陸町に入った瞬間には瓦礫の山。これは、20ｍくらいの津波が来たんだろう、ということがわかりました。
――その時に工場の様子もご覧になったんですね
及川氏：はい。目の前までは行かなかったのですが、高台から工場を見渡しました。その日に社長と「これからどうするんだ」という話になりました。お互いのこれからの意志とか想いを、今持っている範囲で出しあったんです。
まずは避難することが優先でしたが、その次には事業を再開したいという二人の想いがありました。その確認をしただけで、どこで何をやるというのは全然決めていませんでした。自分には自分の家族、女房と子供２人がいます。自分の家族のめんどうは、事業を再開するまで、なんとか見るようにする。親父とおふくろ、おばあちゃんは残していくから、そっちはそっちで頑張ってくれと伝えました。完全に家族が２つに分かれて、自分の子供と女房を車に載せて、仙台へ引き返し、仙台の親戚の家に数日お世話になりました。
そのうちに原発事故が起きて、仙台にもいられないということになりました。ガソリンもなくて、ガソリンスタンドでアルバイトしている友達とかから、こっそりガソリンをもらったりして、奥さんの実家である神奈川県の大磯町を目指しました。そこまで連れていければ安全かなと思いまして。高速がダメだったので、４号線を突っ切って神奈川県まで行きました。
女房と子供二人を預けて、いつになるかわかりませんけれど、落ち着くまでお願いしますということで引き返し、自分はそこから仙台を拠点にしました。
再開後の工場内の様子（撮影：野原誠治） 写真一覧
――仙台にお戻りになったのはいつ頃でしたか？
及川氏：震災発生から２週間後くらいでした。２週間くらいで自分は仙台、女房と子供が神奈川の実家、両親と祖母が南三陸町の避難所という状態になりました。
無理に南三陸町に行っても避難民の一人になるし、身動きが取れなくなるのが嫌だと思って、自分だけ仙台にいました。いままで蒲鉾を納めていた業者に商品を逆に買わせてくれと言って、自分が今まで催事でお世話になった人たちに頭を下げて、場所を借りて蒲鉾を作れるようになるまで違うもの売らせてもらおうということで、海産物を売っていました。それで日銭を稼いだんです。
――すごいバイタリティですね
及川氏：普段と違う商売ができて、良い経験になりました。面白かったですよ（笑）。もう一度蒲鉾が作れるようになるまでの間、そういうやり方をしました。家族分はなんとか飯を食っていけました
――どのぐらいの時期から落ち着いてきたというか、「さあやり直すぞ」という気持ちになったのでしょうか？
及川氏：先程、社長と事業再開の意思を確認したとお話しましたが、正直「もう無理だろう」とも思ったんです。店をたたんで、一から考えようと。自分としては引き続き蒲鉾作りはしたかったので、「隣町にでも移って、俺は小さく自分の店を作る。だから親父は親父でやったら？」という話をしました。でも、親父としてはまたやりたいという。借金はどうする？とか色々考えましたが、倒産するよりマシだということで、「じゃあもう一度やるか」という意思決定があった上で離れ離れになったんです。
そうしているうちに震災一ヶ月ぐらいで、また大きい地震がありました。それでまた、仙台もだいぶやられて。その一ヶ月は全然落ち着かなかったです。その後になって、今後について電話でちょくちょくやりとりをするようになりました。南三陸町の工場はどうにもならない状態でしたが、事業を再開したいという気持ちは自分も親父も同じでした。
私は慌てる必要はないと思っていました。国がどういう助成をしてくれるかもわからないし、資金もありません。「急いでもしょうがない」と言ったのですが、親父の性格はそうでもなくて「いや、一日でも早く始めたい」と（笑）。隣町の人たちにも昔からご愛顧して頂いているので、その人たちから「こっちに来い」とか、「水産の加工場に向いている土地があるかもしれない」とか、様々なお話をいただきました。そういう状況の中で、手探りで動き始めました。
営業再開後の店舗と工場（撮影：野原誠治） 写真一覧
復興ファンドを利用し、被災後半年で営業再開
―そうした中で、宮城県登米市にある現在の店舗の場所にたどり着いたんですね？
及川氏：話を聞くと、ここは昔水産の卸をやっていた場所だったそうです。建てて何年もしないうちに引っ越したそうで、比較的新しい状態で30坪と50坪が建物付きで空いていました。それでラッキーと思って（笑）。
ここの地主さんが僕の知り合いでもあったので、買うのは無理だけれど、格安で貸してくださいとお願いしました。それから、ここを借りてお店を増設して営業しています。この場所に決めたのは５月か６月くらいですね。
――震災発生から3ヶ月ぐらいですから、早いですね。
及川氏：はい。場所が決まったものだから、社長が今まで付き合っていた会社に相見積もりもやらないで、「やるよー！」って宣言しました。そこからは早かったです。
しかし、笹かまを製造する機械が一番高かった。機械も専門のものなので、宮城県で一社しか作っていない。もちろん他の蒲鉾屋も被災しているので、非常に混雑していました。新規で作ると時間が掛かってしまう。
これもラッキーだったのですが、宮城県で一番大きい蒲鉾屋の社長がすごく心配してくださり、そこの工場の使用していない機械を紹介してくださいました。で、社長と見に行ったらエラい立派で、「軌道に乗ったら返してくれたらいい」と言っていただき、無期限のレンタルでお借りしたり、藁をも掴む気持ちで必要な道具を集めました。
――それでもやはり新たに買わなければならないものもありますよね。
及川氏：はい。いろんなとこから集めてきても、どうしても最後は買わなくてはいけないものもあるので、お金が掛かってきます。被災した際に、一部保険がおりた部分があったのでそれで賄いました。加えて、ファンドを利用しました。
――どのような仕組みのファンドだったのでしょうか？
及川氏：ミュージックセキュリティーズさんが運営している復興支援ファンドを利用しました。県庁の方から紹介されたのですが、その時に生まれて初めて「ファンド」という言葉を聞きました。調べるとファンドという言葉はあまり良い表現ではないと言う人もいたりして、実態がよくつかめなかった。
しかし、ただ単純に仕組みだけを聞いていると全然怪しくもなくて、むしろかなり興味が湧きました。普通のファンドと違って、条件が一口１万円で応募出来る。5000円は義援金になって、5000円をお返しするというファンドです。
義援金で集めるのもおかしな話ですし、何か支援をしたいけれど出来ないという周りの人たちが、このような形でファンドに興味を持ってくれるのであれば、こちらも返すという責任もある中でお金のやりとりをした方が今後のためになるかなと思って利用することにしたんです。
それで、とりあえず少額なのですが、1000万円、1000口の利用を申し込みました。ファンドの資金を使って、100％運営しようという会社もありますし、私みたいに「一部の商品を作りたいからこれだけの資金が今必要です」と募集している人もいました。自分はいくらなんでも、銀行を切ってファンドで完全に資金を賄うというのは見えて来ませんでした。銀行がメインになるだろうという考えではいましたが、銀行は国のOKが出ていないから貸してくれない。だけどファンドだったらすぐ今始められて、お金が集まって運転資金に充てられるというメリットがある。
「リアスの秘伝」という全国で農林水産大臣賞を取った笹かまぼこがありますので、事業を再開したら、それを投資家の方にいち早く送りますから、皆さん応募してくださいということを言いました。それで９月の頭には1000万円集まったんです。それを運転資金にするという名目で再開させてもらって、ここの工場が再開したのが9月13日。自分としてはもうちょっとゆっくりしたかった（笑）。
――被災してから半年弱くらいで再開したわけですか
及川氏：社長の勢いもあったからなんですが。
――こちらで工場を稼動されて、始めて実際に召し上がってみて、これならいけるという感触があったんですか。
及川氏：最初に笹かまが焼きあがって食べた時、嬉しかったですね。わあっと思って。田んぼのど真ん中でやるのも不思議ですけれど（笑）。作れるだけ幸せでしたね。
――従業員の方は、どうされたんですか？
及川氏：半分再雇用で半分新規です。登米市で営業再開したので、どうしても新規採用して、現地で雇用をつくって欲しいという要望が登米市からもあります。一方、こちらの気持ちとしては震災前の従業員、全員を再雇用したいという思いがあります。
ただ、隣町に移動したので、皆さんいろんなところに避難していることもあり、全員呼びもどすことはできませんでした。なので、南三陸町から来れる人、あるいは南三陸町から登米市に避難してきている、そういう従業員さんに最初に声を掛けました。ですので、最初は再雇用の数名で工場を回していました。その後、登米市からも採用していきました。
――雇用を生み出すのは、大変なことだと思います。
及川氏：そうですね。すごく最近感じます。
――生産量の水準は、震災前と比較してどれぐらい戻っていますか？
及川氏：決算が７月なので、比較することが出来ないのですが、売り上げベースで恐らく６割くらいは作れていると思います。製品としても…やっぱり６割くらいですね。前より量が作れない。工場自体の規模が違いますから。
――営業再開されてからの告知にはどのような方法を使ったのでしょうか？
及川氏：インターネットのホームページを新しくして、出来るだけ皆さんに見てもらうようにTwitterとFacebookも始めました。あまりパソコンは得意じゃないのですが（苦笑）。インターネットに関しては去年の11月に新しくして、11月、12月の２カ月で前年より売り上げがありました。心配してくださったお客様で、HPを気にしてくださった方々が応援してくださったからです。
しかし、顧客データがすべて津波によって流されましたので、全てのお客さまに再開の告知が出せない。それが今でも悩みの一つです。
――何代にも渡る積み重ねの中で多くの顧客の支持を得てきたわけですしね
及川氏：地域密着型の商売をやってきた人たちのダメージがでかいですよね。外に出していた人たちはまたどこかで作って、また外に出せばいい。地域密着型の人たちは地域の人たちも被災していますから。でも、また登米市で、地域密着型でやって行きたいです。
顧客データが無い中でどうやってお客さんに知らせるか。そう考えた時にネットしか手段がなかった。ネットで営業の再開を知らせて、何人か連絡してくださる方もいました。
（基本的に）電話は繋がらない。私の携帯に転送を掛けてもらっていましたが、そういう手続きが出来たのも震災後３ヶ月、４ヶ月後でした。（連絡が）あったお客さんも２０人くらいなんですよね。その人たちには再開したら報告しますと。
今回3000人くらいの顧客データが無くなりました。昔からお客さんになんらかの呼びかけをしなければならないということで、新聞とかテレビ局さんにはこちらから営業はしなかったのですが、震災で頑張っている会社さんを取材したいという事で来た会社さんには、お客さんのためにも断らないで受けるようにしていました。すると、「放送見たよ！再開したんだね！」って言ってくれるお客様もいました。
ファンドをやった目的がここで活かされてきたんです。募集の際に一人10口までという規制をかけていました。1000万円欲しいというより、新規のお客さんを欲しかったんです。少額にして、口数を少なくした結果、490人くらいの投資家さんが集まったので、その人たちが新規の顧客になった。笹かまを作れるようになってから、その人たちに送ってよろしくお願い致しますと言いました。
――出資者の方は継続的な顧客、リピーターになって頂ける方が多かったですか？
及川氏：そうですね。もちろん、応援したいというだけでリピーターにならない方もいるんですが、逆にその490人の人たちが何らかの形で他の人たちに私たちのことを伝えてくれています。思いがあってのファンドでしたし、出資者の方々は自分よりも営業してくれている。商品の魅力を伝えてくれるんですよね。見知らぬ人だったけれど辿るとファンドの方の紹介だったりとか、紹介した人の紹介だったりとか。今来ている注文とか応援のメッセージは、そういう繋がりが多いですね。
――ファンドに参加した人が、「こういうファンドがあって、笹かまの工場が出来て、送ってきてくれたんだよ」というエピソードを広めてくれる。
及川氏：最近は、頂いたかまぼこが美味しいから注文するというニュアンスが増えてきました。これは震災後にウチで贈答用に買っていただいた人のつながりだと思います。
震災の記憶が風化してしまうのは「仕方ない」
――もう少し経つと、お中元のシーズンが来ます。機械など工場の環境が変わって、苦労されている部分はありますか？
及川氏：同じものを作ろうとしても同じものは作れないんですね。同じものを作るためには違う作り方をしなくちゃいけない。まあ、震災にあう前にも原料難とかそういう問題はある中である程度統一した商品を作ってきました。その辺は震災とか場所を移ってもさほど大変とは感じなかったのが事実です。
三陸と国産の原料が使えない。むしろ使うと懸念されるという時期です。だから、北米の原料を使って作ります。それも震災前にやっていたことです。ただ、地産地消ブームはどこにいったんだろうという思いもありますので、そこは残念です。地場産業のものを100％で作るものが現状で無いことは残念です
――お気持ちとしては、南三陸町で獲れる魚で作っていきたい
及川氏：そういうのは一品でも二品でもあって当たり前ですからねえ。「南三陸町で獲れた魚で作った蒲鉾だよ」って言いたいですよね。ただ、地元の原料にこだわらなくてもよいと思います。海外のものだから大味だとかマズいとかいうイメージがあるかもしれませんが、そうでもない。
ちゃんと探せば国産より良い物ってあるんですよ。だからそういうのにも目を向けられたかなという思いがあります。たとえば国産のものが美味しいって言いますけれど、日本の近海で獲れた魚を市場に上げますよね？市場に上げた魚をすり身にする会社が買います。買ってすり身にします。そして、冷凍したものをウチが仕入れるという流れだとしたら、新鮮で美味しいもので当然だというイメージかもしれません。でも外国のすり身会社で本当に力を入れているところは、海で取った魚を船の中ですり身にして、陸には冷凍であげているのです。じゃあどっちが鮮度いいんだってなった場合、洋物の方が全然良かったりします。
――及川さんが、登米市で頑張る一方で社長であるお父様は、「南三陸町でもう一回やるぞ」と努力しているのですか？
及川氏：はい。社長も将来的には南三陸町に自分の家を作ってやるというような心構えではおりますね。それくらい思ってもらった方がちょうどいいですね。だから自分はこれからは登米市に力を入れて。社長は南三陸町に。
――今後、南三陸町の復興はどのように進んでいって欲しいですか？
及川氏：それを完璧に語れたら僕は政治家になれる（笑）。
――被災されてから、これまでの間に一番苦労された点はなんですか？
及川氏：ここまでは苦労というか、やるしかなかったので、苦労も苦労に感じていないです。逆にこれからの方が不安です。震災のほとぼりが冷めて、普通の扱いをされたらやっていけないんです、現状のままでは。
でも、そうも言っていられない。今までは復旧という勢いでやってきたのが、勢いが尽きて「元に戻すのはここまで」と、街である程度限界を感じてしまって、「さあここから新しいことを何やる？」となった時の新しいものをちゃんと構想を練っておかないと大変なことになる。そういう不安があります。商売に対しても街に対しても。
――行政からの支援なども含めて、現在不足していると思う部分や、ここに手が届いていないなど感じていることがありましたら教えてください。
及川氏：動ける自分たちは甘ったれたことを言っていられません。国にも頼れないし、ボランティアに頼ってばっかりも「違うだろ」と。１年経って、街はまだまだ復興していないけれど、周りの人たちにとって風化しているのは事実でしょう。それはしょうがない。だから、そこで「もっともっと支援をください」と言ったところで何もならない。復興状態とか関係なく、自分たちで生きて元気でいられる以上、自立出来るように考えていくしかないんだなって。甘えていられないです。平然と「やるしかねえんだな」って思います。
実際、震災の規模は大変なものでした。でも、１年間である程度取り上げられると、なんとなく過去の話になっちゃうものなんだなって。それは仕方のないことなので。メディアの取り上げ方もやり方も人間の気質も含めてそうだと思います。被災地ながら前向きに考え、元気を発信していくことが、明るい未来に繋がると信じて行動していきたいと思います。
――本日はありがとうございました
関連リンク
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