平均年収260万から”儲かる漁業”への転換を実現せよ―勝川俊雄氏が語る”日本漁業復活の方程式” - BLOGOS編集部
※この記事は2012年05月09日にBLOGOSで公開されたものです
現代社会の問題点を改めて提示する新感覚のインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。第5回目は、『漁業という日本の問題』を上梓したばかりの水産資源学の専門家、勝川俊雄氏にインタビューをさせていただきました。衰退を続ける日本の漁業。その問題点と「継続可能な漁業」を実現させるための処方箋を聞きました。【取材・執筆：田野 幸伸、永田 正行（BLOGOS編集部）】※本シリーズは、毎月第2水曜日にSYNODOSに寄稿している論者のインタビュー記事を掲載し、その記事への疑問や異論・反論に対する回答記事を第4水曜に掲載するという方式を採用しています。記事へのご意見は、コメントフォームおよび議論ページにお寄せください。締め切りは5月14日（月）正午とさせていただきます。次回の記事掲載日は23日（水）を予定しております。
放置され続けてきた”焼畑のような”日本漁業の問題点
―まず、日本の漁業の現状について教えてください。
勝川俊雄氏（以下、勝川氏）：漁業者の人口はピーク時の100万人から、現在は20万人まで減少しています。また、その半分は60歳以上なんです。漁業の衰退は昨日今日に始まったわけではなく、1970年代からほとんど新規加入ができていない。外部からの参入障壁は高い上に、中では跡継ぎが育たない。縮小再生産すらできずに、産業がどんどん衰退しています。何十年にも渡って、そうした状況が放置されてきた結果が、今日の漁業者の高齢化であり、衰退です。
漁業者が減少した原因は、漁業で生活していくことが困難である、つまり魚を獲って生計を建てていくことが現状だと難しいことが原因です。沿岸漁業の場合、平均年収が260万円程度です。さらに経費である油代などが半分以上掛かっている。たとえば450万円くらい水揚げがあったとしても、経費を引いたら年間50万円ぐらいしか残らない。水産業は、一次産業ですから、一般の産業と比較すると、様々な手当があるにも係わらず、それでも経営が成り立たないのです。これまでの赤字が欠損金として漁協に積み重なって、身動きがとれない状態に陥っている。
日本にも経営の良い漁業もあります。たとえばオホーツクのホタテ漁は、安定して高い利益を出し続けています。そういう漁業には、必ず後継者が帰ってきます。後継者が順番待ちをしているところもあります。普通は、長男が後継者になるのですが、次男以降も希望をすれば漁業に参入できる浜もある。 利益を出している漁業の共通点は、小規模で生産性の高い資源を自分の漁場に占有していることと、その資源をコミュニティがしっかりと管理していることです。漁場を合理的に利用していけば、産業として継続して利益を出すことができる。そうすれば後継者も加入してきて、地域経済も回っていく。残念ながら、こういう良い循環が実現できているところは少ないのが現状です。
―漁業が、「食えない」産業になってしまった原因は何なのでしょうか？
勝川氏：戦後の日本漁業の歴史というのは、どんどん外に新しい漁場を求めて展開していった歴史なのです。戦後の日本漁業のキャッチコピーは「沿岸から沖合へ。沖合から遠洋へ」というものでした。獲れるだけ獲って、魚がいなくなれば、さらに遠くの漁場に足を伸ばす。人間の漁獲能力は、自然の生産量を大きく超えています。非持続的な水準まで拡大した漁獲能力を、海外に輸出することで成長したのです。
これを可能にしたのが公海自由の原則です。その当時は世界中の海で誰が魚を獲ってもよかったのです。沿岸８マイルの領海を除けば、自由に魚を獲ることができた。日本の漁船は、北半球だけでなく南半球のいろんな国の沿岸に行って、自由に操業をしていました。
「魚が減ったら、他の漁場に移れば良い」という考えで、日本の遠洋漁業は急成長したのです。しかし、1970年代にEEZ（排他的経済水域）を沿岸各国が設定し、それが出来なくなった。時を同じくしてオイルショックが発生し、この２つの要因で遠洋漁業が大打撃を受けたのです。この時点で外に広がっていくという選択肢が無くなりました。
世界の漁業生産のほとんどは、どこかの国の200マイルの中です。魚の生産を支えるのが海のプランクトンの光合成です。プランクトンの発生には栄養塩が必要です。海の真ん中では、光が届く範囲にあまり栄養がなく、プランクトンも少ない。そういうところでは魚類の生産も少ないのです。魚の生産が多いのは、ほとんどの場合、沿岸の決まった部分です。EEZによって、世界中の好漁場から、外国船は閉め出されてしまったのです。これは日本の漁業だけが抱えた問題ではなくて、ノルウェーなどの遠洋漁業国は同じ状況になったわけです。
「焼畑のように漁場を食いつぶして、次に移るというスピードを早める」という、日本漁業のお家芸が通用しなくなった。しかし、失ったモノだけではありませんでした。逆に言うと自分の「縄張り」は得たわけです。日本のＥＥＺの広さは、世界第六位です。日本海、東シナ海は、中国、韓国と接していますが、太平洋側は日本だけで排他的に利用できます。しかも、そこは世界屈指の好漁場。200海里、EEZに、日本は一貫して反対して、ほとんど議論に参加しなかった。その割には日本にだいぶ有利な「棚からぼた餅」的な内容になった。しかし、結局やったことというのは、自国の限られた領域での焼畑です。それは先がないという話なのです。
―日本のEEZが六位とのことですが、これは漁業が産業として成立しているノルウェーやニュージーランドといった国よりも環境として恵まれているのでしょうか？
勝川氏：うーん…。「恵まれている」と一つの軸から言い切ることができません。良いところも悪いところもある。ニュージーランドは、領海が他と接していないという面では恵まれています。ただ国内市場が少ないですし、北半球に輸出しようと思うと輸送費が高くなる。そうしたフードマイレージ（食品の輸送距離）を考えると不利な部分もあります。ただそれでも、輸出で高い利益を上げています。
―一概には言えないと
勝川氏：そうです。一方ノルウェーは、ほとんどの重要資源をＥＵとロシアで共有しています。ですので、ノルウェー一国で努力するには限界がある。全体の資源管理の枠組みは、ＩＣＥＳという国際機関がやっていて、ノルウェーは外交交渉で自国の取り分を得てくるのです。彼らは獲得した取り分を国内で利用することはできるけれど、管理全体の枠組みは自分でコントロールできない。そういう意味で言うと、太平洋側は日本一国でコントロールできる日本は大変恵まれています。
さらに自国に市場があるという面で、日本は恵まれています。ニュージーランド、ノルウェーは、為替が不安定な中で、輸出に頼らざるを得ない。ニュージーランドとノルウェーは国内の水産市場が小さいが故に、輸出産業としての最適化を、国策として進めやすかったという面はあります。一方で日本は国内市場がありますから、消費者としての側面もあって、安定供給などの面もプライオリティとして考慮しなければいけない。そのため、ノルウェー、ニュージーランドのように簡単に舵が切れなかったという側面もあると思います。
―日本の漁業は衰退を続けていて、その原因は焼畑農業的なやり方にあるのではないか、というお話でした。海外では、乱獲を規制することで産業としての継続性を維持している事例もあるとのことですが、このあたりを詳しく教えてください。
勝川氏：日本は伝統的な縄張りシステムを採用しています。沿岸の漁場は沿岸コミュニティが排他的に利用をする。これは海外でも同じような制度があり、様々な研究が進んでいます。このシステムの限界は、定住性の動かない小規模な資源にしか使えないことです。
遊泳性の魚の多くは、日によってかなりの距離を移動します。もし、魚が自分の漁場の外にいったら、自分の漁場に再び戻ってくる保障はありません。よそで、誰かに獲られてしまうかもしれない。だったら、今のうちに獲っておこうと、みんな思いますよね。だから、日本の魚は、どこへ行っても、根こそぎ獲られてしまう。日本の漁師は、「親の仇（かたき）と魚は見たら取れ」と言います。
縄張りを設定するやり方は、現在の漁獲の大半を占める遊泳する魚を管理する方法としては不適切です。この方法が確立された江戸時代には、遊泳性の魚を乱獲するだけの技術がありませんでした。乱獲の心配があるのは、ウニやアワビなどの根付き資源だけ。当時の情勢を考えると、縄張りをきめて、線引きをするというやり方は合理的でした。現在の人間の漁獲能力は、自然の生産力を遥かに超えているので、縄張りで区切るという従来のやり方は機能しません。漁場の奪い合いは抑制できるけれど、魚の奪い合いは抑制できないからです。
過剰な漁獲能力で早捕り競争をした結果、誰も得をしない状況になっている。もうちょっと待てば価値が上がる、とわかっていても、いなくなる前にとりあえず換金しておくしかない。大きくしてから自分が獲れる保証は無いわけですから、それ以外の選択肢がないのです。日本の漁業者は、小さい魚を奪い合って自滅しているのですが、これはモラルではなく、漁業制度の問題です。鯖にしてもクロマグロにしても、未成熟で価値が出る前にほとんど取り尽くしている。大きい魚がいなくなれば、みんな余計に小さいうちから獲ろうとする悪循環に陥る。
限りある海の幸を、安定して獲れるようなシステムにするのが公的機関の役割。その役割をしっかり果たしている国の漁業は、どんどん良い方向に向かっています。そうでないところはどんどんダメになっている。非常に単純な話です。
乱獲を抑制するというのは、公害を垂れ流さない、というのと同じ話です。「漁師が困るから非持続的な乱獲を放置しましょう」というのは、長い目で見れば産業を破壊しているのです。一次産業は保護するのは重要ですが、これまでの政策は、長期的な産業振興という視点を欠いているように思います。
岩手県宮古の魚市場におけるセリの様子（撮影：田野幸伸） 写真一覧
未来の食卓への責任を果たさなければならない
―国が漁獲量を規制して、資源を管理すべきだということでしょうか？
勝川氏：繰り返しになりますが、「今は見逃して育てて、価値が上がってから自分で獲る」という選択肢があればみんなそうします。その選択肢をどうやって確保するのかというところがポイントです。そのためにやるべきことは、①控えめな漁獲枠を設定したうえで、②漁獲枠を個々の漁業者にあらかじめ配分することです。個人の枠を設定しておくことで、これまでの早い者勝ち、獲った者がちではなく、自分の漁獲枠はいつでも利用できるようになるのです。自分の漁獲の権利が保証されていれば、今は獲らないで後で獲ろうという選択が可能になる。こういった経営の自由度を与えるような制度を導入すれば、あとは漁業者が自分の頭で判断できます。いつどういう魚を獲ったらよいかというのは、漁業者が一番知っているわけですから。今の制度では、海に関する知識を、小さい魚を他のライバルより先に獲るということにしか使えないので、実にもったいない。そうではなく、自分の漁獲枠をできるだけ価値のある魚を獲ってくることに漁師の知恵を使って欲しい。それをできる制度が個別漁獲枠制度です。
―個別漁獲枠制度は、海外では成功事例などもあるそうですが、それが日本で導入されない理由は何なのでしょうか？
勝川氏：「日本も、一日も早く導入すべきだ」と言い続けて、５年以上が過ぎてしまいました。規制改革会議など、改革の枠組みの中で水産庁にずっと要求してきました。それに対して、審議会や有識者による検討会といったものも開かれました。しかし、結局やらないという結論しか出さない。やらない理由を聞くと、「今のままでもうまく言っている」と言い張るのだから驚きです。審議会の先生方には、少しは漁業の現場に足を運んで、苦しんでいる漁業者の声に耳を傾けてほしいと思います。個別漁獲枠制度の導入は、最初のハードルが高いのは確かです。まちがいなく、漁獲枠の配分で揉めます。何故なら、みんな自分の漁獲枠がたくさん欲しいからです。
日本の水産政策というのは、「戦後の食糧難を解決するために海からタンパク質をたくさんとっていきましょう」、という枠組みでできている。産官学で協力して、未利用資源の開発をどんどん進めましょうという体勢はあっても、資源を持続的に守りましょうという発想はない。
世界の水産政策のトレンドは、資源管理とマーケティングが二本柱です。それぞれの国や地域がＥＥＺを持っています。EEZの中の限られた生物の生産力を持続的に有効利用する以外の選択肢はない。そのために必要な要素である資源管理とマーケティングが水産学の課題でありメインテーマです。実際に、ノルウェーの大学の水産分野の研究はこの２つのテーマに集中しています。資源管理に関する日本国内の研究はほとんどない。知識が無いから、どう変えてよいかわからないのです。
―資源管理を考慮すると、消費者も値段が上がることを受け入れなければならなくなりますが。
勝川氏：資源管理をすると、短期的には魚価が上がるかもしれない。しかし、長期的には魚価の安定につながります。無管理漁業は、将来、必ず困ります。例えばうなぎは今漁獲が減っています。うなぎ屋が、うなぎを確保できなくて店をたたむという事態にもなりつつある。そうなるとウナギの値段は今後上がりますよね。ヨーロッパうなぎの輸入もできないですし。
うなぎは90年代にヨーロッパうなぎの生産がダブついて、スーパーで薄利多売されていました。うなぎの漁獲量を90年代から規制していたら、90年代のあの安売りはあり得なかったですよ。その代わり、これから先も適正価格で食べることができる。しかし、それをしなかったために、うなぎの食文化そのものがピンチに陥っている。 スペインのバスク地方で伝統的にシラスウナギを食べてきたのですが、いまは入手困難です。よその国の食文化を潰すことになった上に、日本でもうなぎを食べるのが大変難しくなるわけです。90年代には、ヨーロッパウナギの乱獲によって、一時的に、うなぎを安く食べることができた。しかし、それは、長い目で見れば、ウナギ食文化を破壊する行為です。
「今、自分たちが、安く食べられれば、それで良い」というのは無責任じゃないですか。我々は、未来の日本の食卓に対しても責任を持っているんです。「安いうまい」で食いつぶして、未来の世代は「昔はうなぎというのがあって美味しかった」という話しか聞かされない。それが我々の望む未来なのでしょうか。
―「魚が限られた資源である」という実感を持ちづらい部分もあると思います。とりあえず「世界中どこかから獲ってこれるだろう」というイメージがあります。
勝川氏：日本人は、今後、嫌でも魚が限られた資源であることを実感せざるをえなくなると思います。世界的に魚の値段が上がって、日本は買えなくなる。今、空前の円高でなんとか買えているだけで、レートがちょっと変わったらあっという間に入ってこなくなります。
そういう状況の中で、国内の漁業生産もひどい状態だから、消費が減るのは確実です。実際輸入も減っているし、消費量も減っている。そういう形で消費者から遠くなっていきます。「消費者は、魚をもっと食え」と魚食キャンペーンを展開したところで、魚が確保できなければ意味がありません。
―以前、マグロが食卓から消えるという話題が盛り上がりました。その原因は、世界各国で魚食ブームが起きた影響といった形で報じられていたイメージがあるのですが。
勝川氏：マグロに関して言うと、ヨーロッパでは、「クロマグロのような絶滅危惧のものを食べるなんてとんでもない」というような論調です。犯罪行為ではなく、合法ではあるのですが、売ること自体が犯罪行為のような目で見られる。消費の中心は、これまでも日本だったし、今でも日本です。
規制に反対さえしていれば、このままマグロを食べられるわけではありません。ヨーロッパウナギがワシントン条約で規制された時も、日本の食卓からうなぎが消えると大騒ぎしましたが、それは、規制されるから消えたわけではなくて、食べ過ぎたから、獲り過ぎたから消えたわけです。
規制が原因なのではなく、規制が遅かった。生産力があるうちに規制できなかったことが、根本原因なんです。「規制されると食べられなくなる」ではなく、「食べ続けるために規制しないといけなかった」なんです。
マグロもそうですが、ヨーロッパうなぎの場合、すでに資源を激減させた状態で規制を始めたので、今も回復もしていない。もっと早い時期に漁獲規制ができれば、短期的な我慢ですんだと思います。シラスウナギの値段が非常に高いからなかなかブレーキがかからなかったという苦い経験から、学ばないといけない。
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「獲って並べるだけの漁業」では先がない
―宮城県では漁業権を開放しようと動いています。村井知事は、「ＧＨＱでもできなかった、漁業権を開放するんだ」と息巻いていますが、これについては？
勝川氏：漁業権の議論を当事者抜きでやっても仕方ないと思うんです。村井知事の案というのは、共感できる部分もあります。今の漁業の再建のメドが全然立っていない中で、民間資金を使ってやっていけたらいいなという思いは、地元にもあります。そういう声はあることはあるのですが、知事がトップダウンで決めることではなくて、漁業者にとってどういうメリットがあるのかが重要です。当事者の「こうしたい」という声を引き出して、それを軸に方向性を決めていくと良いでしょう。
これまでの漁業権のあり方を変えたいと漁業者が先頭に立って、漁業を良くしていくために漁業権の運用を修正する。それを知事がサポートしているという図式ならわかるのですが、あまりそうは見えません。漁業権というのは、センシティブな問題です。外から上から手を突っ込んで改革というのは、なかなかうまくいかないと思います。
一方で、漁業権の問題があるのは事実です。魚の販売は、漁業組合を通して行われています。そうすると非常に値段が安い。たとえば牡蠣のむき身が１キロ1000円、60個1000円、そういう値段で買い叩かれているという現実もある。本来の価値で魚を売れる人と組んで、きちんと利益が出るようにして売る。そのお金が地元に落ちて地域経済が回っていく。こうした仕組みにしないと、漁村は廃れていく一方です。しかし、漁協が障壁となって、漁業者と流通業者の協力関係がつくれないのが現実です。
魚を獲る人、加工する人、売る人のそれぞれが自由に交流をして、戦略的な経営関係を構築していく必要があると思います。水産資源と消費者を上手につなぐような新しい連携を作っていく。こちらの方が産業政策としては理に適っているのではないでしょうか。
現在のように、場当たり的に獲って来た魚を市場に並べて買い叩かれる漁業ではなくて、「こういうものをここに売りたいから、これだけ獲って来て」と言われる漁業に変わるべきです。実際にそういうふうに変わることで、漁業収益が大幅に増えた事例は、世界中に数多くあります。著作にも書きましたがアラスカの蟹漁業は、蟹の工場と漁船が経営的な提携関係を結ぶことで、生まれ変わりました。加工場がカニを売った売上を、漁船と加工場で半々に分けることにしました。そうすると、加工場が希望したサイズの蟹を漁師は頑張って獲ってくる。それを加工場は一生懸命売るわけです。加工場と漁師がwin-winの関係をつくることで、合理化・最適化が進んで売上全体が伸びた。
大事なことは全体のパイを増やすことと、それを平等に配分することです。この２つを地域できちんとやっていけば、地域経済は成長していく。今の獲って並べるだけの漁業に先はありません。逆に言えば、これまでマーケティングを何もしてこなかったに等しい日本の漁業には、改善の余地がたくさんあるのです。これまでのように「企業は悪だから浜に入るな」と言って拒むのではなく、経営的な視点も入れて、消費者の意向も考慮した上で漁業のあり方を変えていく。売り先まで考えてから獲りに行くのは、先進国だと当たり前のことなんですけどね。
―最初に、オホーツクのホタテの話をしていただきましたが、その他にも国内での成功事例はあるのでしょうか？
勝川氏：地域的な成功事例は、いろいろあります。小規模なものが多いです。よく言われるのが、京都のズワイガニ、秋田のハタハタ、伊勢湾のイカナゴなどです。どれも利用者の顔が見える範囲なんですね。
これらのように、「未来のためにがんばろう！」と一肌脱いで、みんながついてくるようなリーダーがいれば、顔が見える範囲の資源は今の状況でも管理できるんです。しかし、それが回遊して県をまたいだりすると、どうしようもない。クロマグロだったら、沖縄から北海道まで広範囲で、巻き網、定置網、一本釣りなど多様な漁法で獲っているわけです。それはどこかのリーダーが頑張ろうぜと言ってなんとかなるような種類のものじゃない。そこは国がきちんと全体の調整をしないといけない。 小規模資源の成功事例にしても、少数しかありません。少数の例外をもって、「日本の漁業は全体としてうまくいっているから、国は何もしなくてよい」という話ではありません。
―小規模資源における成功も本質的な成功ではないと。
勝川氏：小規模資源の例外的な成功によって、大規模資源の管理失敗を正当化することはできません。また、小規模資源に対しても、その成功事例をもっと横に広げてなければならない。しかし、実際には横の広がりはほとんど無く、小規模資源すらうまく管理できていない。
小規模資源であっても、管理をするためのハードルはなかなか高いのです。立派なリーダーがいて、地元に漁師が耳を傾けるような熱心な研究者がいて、かつ資源が獲っても獲らなくても大して変わらないくらいまで悪くなって、はじめて規制が入れられる。しかし、そこまで資源を悪くしてしまったら、禁漁をしても戻るには時間がかかる。秋田のハタハタの場合は、獲っても獲らなくても変わらないくらいまで、資源状態が悪くなりました。それでも、禁漁をしたら、数年で復活したのは、幸運でした。でも、もし、禁漁にしていなかったら、その幸運はなかったわけです。
秋田には現場の信頼の厚い優秀な研究者もいて、そういう条件も整っていた数少ないところです。それでも、ほとんど獲れなくなるまで規制できなかった。禁漁を決めるには、説明会を開いて合意を得なければなりません。そのために年間50回も会議を開いた。漁業者が50回も会議に出るということは、漁の機会や網の手入れの時間がそれだけ減るわけです。漁業経営が苦しい中で、なかなかできることではありません。そういう現場の犠牲のもとに、ハタハタの禁漁はできたわけです。
秋田の例は、末端の人たちの努力が素晴らしかったと思います。なかなかできることじゃない。しかし、そもそも、なんで彼らがここまで身を切る努力をしないといけなかったのか。もっと早い段階で公的機関が漁獲を抑制していれば、漁業者は年間に50回も自腹で会議をしなくていいわけです。
公的機関が乱獲を抑制するのは当たり前の話で、国連海洋法条約だって水産資源を持続的に利用する義務が明記されています。日本は、国として国連海洋法条約に批准しているのだから、公的機関には乱獲を抑制して資源を回復する義務がある。乱獲抑制の義務を放棄して、資源管理を漁業者に丸投げしている現状は、国として無責任です。
「獲って獲って獲りまくる」という現在の漁業から脱却すべき
―資源管理の観点から漁獲枠を設定するといった改革を順次進めていかなければならないということでしょうか？
勝川氏：大事なことは、先程も申し上げたとおり、今の水産業の「獲って獲って獲りまくる」という在り方を改めて、「限りある資源を持続的に漁獲して、いかに付加価値をつけるか」という方向に国の政策を変えていくことです。
これからの水産業の目標は「十分に残すこと」と「高く売ること」の２つです。この２つをどうやって実現していくのか、と言った時に、現状では、個別漁獲枠制度が、ほぼ唯一の方法だと考えています。これは、日本以外の研究者の共通認識だと思います。
個別漁獲枠制度で管理している国とそうでない国では、明らかにパフォーマンスが違うんです。資源の崩壊についても同様で、個別漁獲枠を入れていない国というのは、どんどん資源が少なくなって漁業も崩壊していく。個別漁獲枠制度を入れている国は、入れた後に漁業が回復している。それはメタアナリシスと言って、世界中のデータを集めてきてトレンドを見れば一目瞭然です。そういった世界の常識を、日本の政策を作る人たちも知ってほしいと思います。
―水産物というのは、限られた資源であるということがよくわかりました。このまま乱獲を続けた結果、魚が食べられなくなってしまうタイムリミットのようなものはあるのでしょうか？
勝川氏：それは明確にはわかりません。オホーツクのホタテのような小規模資源は残り続けるわけですし、すぐにゼロにはならないと思います。ただ、回遊性の大規模資源を、端から潰している現状では、先細りしかないでしょう。
―いつまでとは言わないまでも、タイムリミットはせまっているということですか。
勝川氏：今60歳過ぎた人たちがあと何年漁業を続けることができるのか。その先は誰もいないという話になっていくと、どんどん資源も獲る人も減少し、結果として漁業自体が衰退していく。ある日突然ポックリ逝くのではなく、気がついたら死んでいたという孤独死状態になるでしょう。
10年前に規制を導入し、資源管理を始めていれば、今より多くの漁業が残っていたはずです。さらに言うとＥＥＺレジューム（体制）に移った70年代に方向転換していれば、ノルウェーのように漁業は絶好調だったと思います。日本もいずれは方向転換をすると思いますが、その時期をただ待つのではなく、できるだけ早い時期に方向転換をできるように努力をしないといけない。
―漁業の改革を70年代から進めていれば、現在の漁業は産業として絶好調だったのですか？
勝川氏：はい。実際にノルウェーもニュージーランドも漁業は絶好調です。日本だって、今からちゃんとした産業政策をすれば、漁業の利益は何倍にも増える余地があります。それをやるかやらないかというところです。僕の話は若い漁師には、評判が良いです。しかし、高齢者を中心に変化に反対をする人も少なくありません。でも、彼らは、なんのために変化に反対しているのか、僕にはよくわからない。新しいことに対する抵抗感とか、そういうものが大きいのかもしれませんね。
現在の漁協は若い人の声が全く無視されています。漁協の中心である60歳を過ぎた人たちには、今までやってきたことを変えることに抵抗感がある。跡継ぎがいない人は先のことをそれほど真剣に考えない。跡継ぎがいる場合も、親にしか漁業組合の正組合員の資格が無い。ということは、未来の漁業を背負っていく若手漁業者には発言権も選挙権もない。跡継ぎは確かに少ないけれど、少ない人の声が無視される。そういう組織が舵を切るのはものすごく困難ですよね。
漁業組合の一番の問題は、これから先の未来の漁業を背負っていく人たちの声が反映されないことです。そこは今すぐにでも変えないといけないと思います。これから先の漁業を担っていく数少ない金の卵ですからね。彼らがいろんな新しいことにチャレンジしていけるような土壌を作っていかないといけない。もしもそういう土壌を作れるのであれば、特区だろうとなんであろうと僕は賛成です。
―本日はありがとうございました
プロフィール
勝川俊雄（かつかわ・としお）:1972年、東京生まれ。三重大学生物資源学部准教授。東京大学海洋研究所助教を経て、2009年より現職。専門は、水産資源管理、水産資源解析。日本漁業の改革のために、業界紙、インターネットなどで、積極的な言論活動を行っている。著書に、『日本の魚は大丈夫か―漁業は三陸から生まれ変わる』、『漁業という日本の問題』などがある・公式ホームページ:勝川俊雄公式サイト
・Twitter：@katukawa
冒頭でも紹介したように、本シリーズでは、読後にユーザーが感じた意見に対する解答記事の掲載を予定しています。コメント欄や議論ページを通じて、寄せられた意見・異論・反論を基に次回のインタビューを実施しますので、議論への積極的な参加を期待しています。
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勝川 俊雄
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