※この記事は2012年04月28日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第221回

　京都府亀岡市で発生した児童の列に無免許で居眠り運転の車が突っ込んだ事故で、交通課の警察官が被害者に無断で、加害者の父親に被害者の連絡先を伝えたことが問題になっている。

被害者家族によると、加害者の父親から事故で死亡した被害者の携帯に電話があり、謝罪と告別式への出席の旨の連絡があったという。亀岡署側は「加害者の父親に依頼されて押し切られた」と説明しているという。(*1)


被害者の携帯の電話番号は、警察から入手したものではないようだが(*2)、それでも亀岡署の警察官が、被害者側の情報を無断で加害者の父親に伝えたことに違いはない。

ごく当たり前のことだが、警察官は職務上知り得た情報を、他者に漏らしてはならない。警察官以外の職業でも守秘義務はあるが、警察にはその他の職業以上にクリティカルな個人情報が集まるのだから、機密保持が重要視されるのは当たり前である。そうした基本ができていない警察官の怠惰さにめまいがするし、その罪の一部を加害者の父親に押し付けようとする姿勢も情けない。


ところが、テレビの報道などを見ていると、どうもこの問題を報じるトーンがおかしい。

まるで「加害者側に被害者側の情報を渡したこと」が問題であるかのように報じられ、「被害者の人権をなんとも思っていない警察」が批判されているのだ。NHKの番組を見ていたら、どこぞの大学院の教授が、あろうことか「被害者の気持ちに添うことが必要だ」などと述べていた。

え？　どうして単純な守秘義務の問題が、被害者加害者の問題になるの？

被害者の気持ちに添ってと言われても具体的にはどういうことなのか。もし、被害者家族が警察に強く要求すれば、被害者家族の気持ちに寄り添って加害者家族の個人情報を渡してもいいということだろうか？

もし情報を教えて、被害者家族が加害者やその家族に対して復讐でも行ったら、一体どうするつもりなのか。今の日本の世論だと賛同する人も居そうな気がするが、個人の復讐を許すような国は、法治国家としては下の下といえよう。

繰り返しになるが、今回の件は被害者の情報を加害者に教えたのが悪いのではない。どっちがどっちということではなく、警察官は守秘義務を厳守しなければならないのだ。たとえ警察官に情があって、加害者の父親に謝罪の機会を作ってあげたいと思ったとしても、逆に被害者の無念を加害者に直接伝えさせたいと思ったとしても、そこはグッと堪えなければならない。警察官とはそういう仕事であるはずだ。


先週も加害者の「てんかん持ち」という属性にこだわるあまりに、車そのものの危険性という問題の本質を見失っているという話をしたが（第220回 てんかんは問題の本質ではない）、この事故についても「加害者と被害者」という関係性にこだわるあまり、警察の情報漏洩という本質を見失うという、致命的な間違いを犯している。 個人が間違えるのは仕方がないかもしれないが、この事件を報じる側が安易にそうした構図に乗っかって報じてしまうのは、視野狭窄に過ぎるのではないかと思う。

*1：＜亀岡署漏えい＞「警察に裏切られた」被害者親族ら憤り（毎日新聞）http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120426-00000041-mai-soci *2：携帯番号「別からもらった」＝被害者情報問題で少年親族（時事通信）http://jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2012042700011

プロフィール
画像を見る赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

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