入社3年後離職率の公開、義務教育で労働法の授業を～安藤至大氏インタビュー回答編～ - BLOGOS編集部
※この記事は2012年04月25日にBLOGOSで公開されたものです
BLOGOSと、「知」のプラットフォームSYNODOSがタッグを組んでお送りするインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。前回は、日本大学大学院准教授を務める労働経済学者の安藤至大氏社のインタビュー「解雇規制を緩和しても、若者の雇用環境は改善されない―労働経済学者、安藤至大氏が語る"今後目指すべき働き方"」を掲載いたしました。今回は、読者からいただいた質問や意見に安藤先生が答える回答編をお届けします。 【BLOGOS編集部】「管理職をクビにしないと新人が雇えない」状況はまれ
前回のインタビュー編につづいて、今回は回答編となります。よろしくお願いいたします。解雇規制が緩和されても、実際には企業は年配の管理職を解雇せず、またたとえ管理職の首が切られても、それによって若者の雇用が増えることはないだろうと、安藤先生が考える理由を前回よりも詳しく教えていただけますか。
安藤氏： まずサボっている高齢者がいるという件ですが、「サボる」というのはどのようなことを指すのでしょうか。私は、与えられた仕事を、本当ならこなせるのに、怠けてやらないことだと考えています。例えば、外回りの営業マンが喫茶店でコーヒーを飲みながら雑誌を読んでいるのはサボっていると言えるでしょう。最初に定義をきちんと述べなかったのは、私のミスでした。
それでは、与えられている仕事量が少ない状態はどうでしょうか。高齢者になり、若い人と同じだけの仕事はこなせない。しかし上司から割り振られた仕事は完成させている場合です。これはサボっているのでしょうか。
私はこれをサボっている状態だとは考えません。またこの場合に若者よりも高齢者のほうが高い給料受け取っていたとしても、それだけでは直ちに不当だとは言えないという点はすでにお話ししました。長期雇用の場合は、現在受け取っている賃金とその時点での貢献度が一致しないこともよくあることだからです。そして後払いは、年功賃金としてよく見られる性質の一つです。
私の主張は、まずサボっている高齢者がいると主張する人は多いが、本当なのかはデータがないのでよく分からない。そして現時点で給料をもらい過ぎのような人がいたとしても、それだけで不当かどうかは分からないということです。ここまでを今述べました。
さらには、実際にサボっている人がいたとして、それが労働者だけの責任とも言えないと考えています。
人を物に例えるのは良くないことかもしれませんが、例えば自家用車を買って、定期的なメンテナンスをせずに「走りが悪い！不良品をつかまされた！」というのは間違いですよということです。労働者の動機付けなどをよく考えて、人材の育成と活用をするのは雇う側の仕事なのです。
何度も言いますが、そもそも本当に人が余っているのであれば、ちゃんと手続きを踏めば整理解雇は可能です。またサボっている労働者に対しても、十分な指導を繰り返した末にどうしても従わないのであれば、普通解雇または懲戒解雇が可能なのです。
仮に皆さんが若手社員で、高齢者がサボっていると考えるのであれば、なぜ会社はその高齢者をきちんと働かせないのでしょうか。また解雇は手続きが煩雑だから現状では難しいとしても、なぜ待遇を切り下げないのでしょうか。その理由を考えてみる必要があるでしょう。
「管理職1人クビにすれば、新人3人雇える」という点については？
安藤氏：なぜ管理職をクビにしないと新人が雇えないと考えるのでしょうか。これは景気が良い企業と悪い企業とで分けて考える必要があります。
まず景気が良い企業では、無駄な管理職がいるかどうかとは関係なく新人を雇います。そもそも企業は、どのくらいの人員が必要になるかという先行き予想を考えて、採用計画を立てるのです。必要ならば雇うし必要なければ雇わない。それだけです。
そして景気が悪い企業は、人手が余っているため、新人を多くは雇いません。ここで仮に高齢者を解雇できたとしても、新たな雇用には結びつかないでしょう。
唯一あり得るのは、若い人手が足りないが、お金がないために雇えないケースです。このとき高給取りの高齢者を解雇できれば、お金に余裕が生まれて、雇用が発生する可能性があります。
しかしこのようなとき、お金の余裕を生み出す策は、解雇だけではありません。賃下げで対応することもできます。実際に、赤羽・中村（2008）(http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2008/11/pdf/044-060.pdf)では「バブル経済崩壊以降、企業の新卒採用抑制により若年労働者の需要が相対的に減退した。この外部労働市場の影響は、相対的に若年層の賃金を低下させる形で企業内賃金構造に影響を与えた。一方、同時に生じた生産性低下と企業内高齢化という問題に対して、企業は高齢層の賃金を相対的に下げることで応じた」としています。現状では、長期雇用の正社員をクビにするよりも、賃下げの方が容易です。そして実際によく使われているのです。このような対応まで考えれば、管理職をクビにしないと新人が雇えない、そして管理職をクビに出来れば新人を雇うという状況は、とてもまれなケースだと言えるでしょう。
平均的に見れば、若年層の雇用は、景気の善し悪しでほぼ説明できます。景気が良ければ多く雇われるし、悪ければ雇われない。そうなっています。株式会社ニッチモがWeb上で公表している『HR mics』のVol.12に分かりやすい説明が載っていますので、図表12とその説明を読んで頂ければと思います。
入社3年後離職率や平均勤続年数の公開を
多様な雇用形態が認められた際に、労働力が企業に「使い捨て」にされることを懸念する声もありました。「20、30代のいい時期だけ雇用して、家族にお金のかかる時期には職がないなんて状況が増えそうです」という意見です。そうした可能性についてのご意見をお聞かせください。安藤氏： 「20、30代のいい時期だけ雇用」される可能性は確かにあります。これまでもそのような会社はありました。例えば、俗にブラック企業などと呼ばれるところを考えてください。会社は、使い潰すことを前提に、たくさん雇うわけです。そしてすぐにいなくなるけれどまた補充する。長期雇用なんてほとんど考えていない。
このような雇用形態が増加することに対する懸念は理解できます。しかし、なぜブラック企業に入る若者がいるのでしょうか。理由はなんでしょうか。
可能性は二つです。一つは、ブラックだということを知らない。もう一つは、他に仕事がないから仕方なく入る。そういうことでしょう。
前者については対策をとることが可能です。それは入社3年後離職率や平均勤続年数などを見ることです。就職四季報などに掲載されていますね。その公開を義務づけたらどうでしょうか。
すると若者をひどい待遇で使い潰すような企業には、当然なかなか人が集まらなくなるでしょう。使い捨てにしようとすると損するから、自発的にやらない。やらないほうが得になる。そのような制度設計が必要です。
もちろん勤続年数が短くても、皆が納得して働いているのなら、それでもかまわないという考え方もあります。例えばリクルート社では、以前は30歳代のうちに退職すると有利な退職金制度があったそうで、38歳定年制などと言われていました。私は、これは問題ないと考えます。それに釣り合う待遇があり、承知の上で入社していれば、そして健康を損なわない働き方であればという条件付きですが。
後者の働き口が少ないという問題については、景気対策が答えです。企業間での労働者の奪い合いが起こると、同時に待遇の引き上げ競争が始まります。その上で雇用が不安定な会社は待遇が良い、待遇がそこそこの会社は雇用が安定しているという、バランスの取れた状態を実現することが求められます。
また、契約が多様化すると、労働者側に求められる知識も増えるのではないか、という指摘もありました。「あなたの主張は、労働者側が会社側と同等な知識を持ち、契約内容を適切に判断できるという条件じゃないとうまくいかないのでは？」という意見です。この点についてはいかがでしょうか？
安藤氏： 選択肢が増えたら、もちろん労働者側が考えるべきことは複雑になるとは思います。しかし、まず個々の会社内では、複雑怪奇な制度にはならないでしょう。これは前にお話ししました。運用上のコストがかかるからです。
場合によっては、あえて分かりにくくするような細かい契約書を作って、労働者をだまそうとする会社が現れるかもしれません。その心配はあります。
しかし現時点でも、事業所単位で10人以上の労働者を雇う場合には、就業規則を作って労働基準監督署に届け出ることになっています。まずこのような契約の届出制度とモニタリングを実効性があるようにすることで、ある程度の抑止力はあるでしょう。
また今までも、労働者が十分な知識を持たないために、泣き寝入りしているケースは多々あるように思います。その点からも労働法の教育は欠かせません。できれば義務教育内できちんと時間を取って欲しいと考えています。個人的には、労働を取り巻くルールは今のままで良いとは思っていませんが、今ある法律はきちんと守る必要があります。
今のように、労働法に違反しても、特に中小ならば滅多に取り締まりがないような状況は非常にまずいわけです。駐車違反やスピード違反のように、捕まった時に「うわ、運が悪かった。他の人もやっているのに、なんで俺だけ！」と感じるようでは問題です。だからこそインタビューで述べたように、守れるルールにして徹底的に守らせる必要があるのです。
高度成長期と同じ状況を実現するのは難しい
「安定した雇用を増やす」ための方策としては、ワークシェアリングを推進すべきだとの意見も見られました。安藤先生のワークシェアリングに関してのご意見を簡単に聞かせてください。安藤氏： そもそも、これまでも日本企業はワークシェアリングをしてきました。正社員の間では、という限定が付きますが。
正社員の長時間労働は、忙しいときには残業することで業務に対応していたことも理由の一つだと考えられています。そして暇な時期には残業を減らす。それにより人手が余らず、解雇しなくて良いようにしてきたわけです。
しかし、ご質問のワークシェアリングとは、これまでの正規と非正規をまたぐ形で、仕事と賃金を分かち合うということですよね。それは社会の合意が形成出来るか次第ですが、なかなか難しいと思います。
日本でも2002年に、政府と当時の日経連と連合の三者間で、ワークシェアリングについては一度合意しています。それを受けて2004年前後には、厚生労働省などから様々な取組みの成果が公表されました。しかしなかなか根付かなかったわけです。
導入が上手くいったとされる例、例えばオランダのケースなども参考に、ワークシェアリングについては、丁寧に検討する必要があるでしょう。これは今後の課題です。
最後に、まったく別の角度からの質問なのですが、年功序列賃金・終身雇用といういわゆる「日本的な雇用慣行」は、高度成長期には非常にメリットがあったと考えられます。今後、日本の景気が回復した場合、これらが復活する可能性というのはありますか？
安藤氏： 近年、年功賃金の傾きがより緩やかになりました。また定年までの長期雇用も対象となる人数が減少しました。このようなことを指して、日本型雇用は終わったと考える人もいるかもしれませんが、実際にはなくなっていません。減っただけです。
もう一点、そもそも中小企業では、日本的雇用慣行が用いられていたとは実質的には言えないわけです。
これらの事実を踏まえてお答えすると、いずれにせよ高度成長期と同じ状況を実現するのは難しいでしょう。今後、景気の回復があったとして、それがどの程度の長期にわたるかが予測できないからです。また産業構造もかなりの速度で変化します。このような環境下では、やはり定年までの長期雇用は限定的になるでしょう。高度成長期は、もちろん景気の波はありましたが、たまたま上手くいって、結果的に途切れない長期雇用になったと考えるべきです。
だから景気対策だけでは不十分なのです。もちろん景気回復は前提ですよ。その上で、多様な雇用形態の実現、失業給付、そして生活給の付く職業訓練を組み合わせることで、結果的に収入が途切れない、そして待遇が向上する働き方をそれほどの苦労なく実現できるようにすることをゴールとするべきでしょう。
プロフィール
安藤至大（あんどう むねとも）： 1976 年東京生まれ。日本大学大学院総合科学研究科准教授。04年東京大学博士（経済学）。政策 研究大学院大学助教授等を経て05年より現職。専門は契約理論、労働経済学、法と経済学。著書に『脱格差社会と雇用法制―法と経済学で考える』（日本評論社、2006年）、『雇用社会の法と経済』（有斐閣、2008年）（いずれも共著）など。Twitter：@munetomoando
