※この記事は2012年03月10日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第214回

　宮崎県延岡市が発行した特産品である伊勢えびのパンフレットに、健康増進法（誇大表示）に抵触する恐れのある記述があったことから、市がパンフレットを回収したという。(*1)


　原発事故以降、これまで以上に食への安全安心が要求されるようになった。そうした状況で社会に蔓延しているのが「フードファディズム」である。

　フードファディズムとは、１つの食材の影響を過大に信じる考え方であり、例えば最近も「トマトジュースに脂肪燃焼効果が」と騒がれ、店頭からトマトジュースが消えるという騒ぎがあった。

　これは１つの食品の健康増進効果を過大に信じた騒ぎであったが、逆に「砂糖は化学式で表されるから、食品ではない！白い悪魔だ！」などという、１つの食品の身体への悪影響を過大に信じるような騒ぎ方もある。最近では食品に含まれる放射性セシウムの悪影響が過大に騒がれてる。

　で、それと今回のニュースである、伊勢えびのパンフレットの何が関係あるのかと思われるかもしれないが、僕はこれもまたフードファディズムの１つの悪しき形態ではないかと思う。

　もし仮に、こうした健康効果を宣伝材料にすることが法的に問題無いとしても、それは宣伝手法としてどうなのだろうか？　脱皮したての皮まで柔らかいという、希少な伊勢えび。どう考えてもお高い食材だろう。それの宣伝文句として「健康効果」が入るというのは、ずいぶん安っぽくはないだろうか？　高級感や美味しさといった、食品の重要な要素を軽視してまで書く必要があるほど、伊勢えびの健康効果はすごいのだろうか？

　僕はそうとは思えない。こうした安っぽい言葉が宣伝文句として成立しているかのように見えてしまうことも、フードファディズムの１つではないだろうか。

　だいたい、伊勢えびに健康効果があるにしても、薬ではないのだから１尾２尾食べたところで、効果が見られるものではあるまい。効果が見られる程に伊勢えびを食べていたら、余程の大金持ちでもない限り、破産してしまう。


　私達が食事をする時に考えるのは、やはり第一に「美味しいか美味しくないか」である。その上で健康効果があればいいが、あくまでもそれは二の次だ。

　私はココアもワインも大好物である。しかしそれは決してココアやワインが含むポリフェノールが持つ抗酸化作用などの健康効果を期待してのものではない。ココアが好きなのは甘くて暖かくて、寝る前に飲むのに最適かつ美味しいからであり、ワインが好きなのはお酒が好きだからだ。特にワインは２、３リットル入ったボックス入りのワインを、部屋に常備して飲んでいる。

　しかし、好きだからといっても、食べ過ぎや飲み過ぎはご法度だ。食品と健康ということを考えるときには、絶対に「好き嫌いなくバランスよく食べる」という原理原則を忘れるべきではない。体にいい成分を含む食品は、決して体にとって万能な食材ではない。体にいいと聞いたからといって、そればかり食べていては、栄養が偏ってしまう。

　「私達が好む食材には、こうした成分が入っていて、それが健康に寄与することがある」という理解をするのはいいが、その順番を逆転させてしまっては元も子もないと思うのは僕だけだろうか。


*1：伊勢えび「殻ごと食べて健康成分」誇大広告に（読売新聞）http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20120305-OYT1T00366.htm

プロフィール
画像を見る赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。