1月18日、裁判所に到着し判決に臨むサムスン電子の李在鎔副会長(写真・ロイター)

韓国のサムスングループが、3年ぶりに「トップ不在」の状況に陥った。2021年1月18日、ソウル高等裁判所はサムスン電子の李在鎔(イ・ジェヨン)副会長に対し、朴槿恵前大統領時代の国政不正介入事件に関連した差し戻し審で、朴前大統領への贈賄容疑で懲役2年6カ月の実刑判決を下した。李副会長は法廷内で拘束された。サムスン関係者は「残念だ」「このような判決が出るとは予想していなかった」と茫然自失の状態だ。

事業の戦略的運営にブレーキ

2020年10月に李健熙会長が亡くなり、名実ともにサムスングループのトップとなった李副会長。創業家3代目として「ニューサムスン」を本格化させようとしていた彼の構想は、最初から大きな暗礁に乗り上げた。

大規模な投資やM&Aなど、将来のサムスンにとって成長エンジンを確保するなど中長期的な決定がすべて止まってしまうことになる。とくに李副会長が直接リードしてきた「2030年にシステム半導体で世界トップ」という目標や、人工知能(AI)や5G、バイオといった主要事業にブレーキがかかりそうだ。

あるサムスン関係者は「主要事業は人材確保や海外ネットワーク構築・拡大など、李副会長が直接乗り出してやらないと進まない事業ばかりだ」と言う。さらに、「事業が2〜3カ月程度止まっただけでもライバル企業との差が広がってしまう。今回の判決で深刻な空白期間が発生するだろう」と心配する。

李副会長は2017年から18年にかけて拘束・収監されていたが、当面は「獄中経営」を行うだろう。当時の李副会長は、政府の雇用創出政策などについて役員から報告を受け、半導体やディスプレー部門での投資などを決定していた。しかし、サムスンの関係者は「獄中経営は面会者の数や回数、時間などに制限があり、伝えるべき情報の質や量がどうしても限られてしまう。正常な経営と比べると限界がある」と打ち明ける。

サムスン側は代わりとなる意志決定システムを用意するのは難しく、どういった経営体制になるか断言できない状況だ。2008年にサムスンの不正資金疑惑で故・李健熙会長が辞職したときには、「社長団協議体」という経営システムがつくられた。

今回の判決で、現代自動車やSK、LGなど韓国の主要企業グループ、またグーグルやアップルなどグローバル企業がM&Aなどの積極的な経営を続けるなかで、李副会長が収監されたサムスンにとって、将来の成長シーズの発掘がうまくいかず競争力が劣化するのではとの見方が出てきた。

対外的信頼度・イメージの劣化も

ソウル大学経営学部のイ・ギョンモク教授は「サムスンは優秀なグローバル企業との協業が多いが、今回の判決で対外的な信頼度が落ち、企業買収など戦略的な協業を続けることが難しくなる。サムスンの競争力の源泉であるスピードある意志決定にブレーキがかかる」と指摘する。

韓国の財界からは「韓国経済全般にわたって活動が萎縮する」との声も広がっている。ある大企業役員は「米中貿易対立が続く中、オーナー経営者の不在は長期的に相当な損失につながる」と言う。

一方で、サムスンと財界の一部が憂慮するような経済への打撃や活動萎縮に与える影響はそれほど大きくないという意見もある。当面のサムスンの経営体制は、専門経営陣による体制や取締役会などを強化するチャンスとしてみるべきだという指摘だ。高麗大学のキム・ウチャン教授は「サムスン内のグループ会社の代表が主体的に主要な案件に対して決定し、取締役会がそれを監視するといったやり方で権限を強化する必要がある」と述べた。(韓国「ソウル新聞」2021年1月18日)

サムスン電子の李在鎔副会長は19日、ソウル首都圏・京畿道のソウル拘置所で弁護士と1時間半ほど面会した。李副会長と面会した弁護士によれば、「李副会長は食事もきちんと取り、睡眠も十分」「周囲に迷惑を掛けた」と気丈な様子だったという。

サムスン電子をはじめグループ内の主要企業経営陣はまもなく会議を開き、トップ空白という衝撃を最小化させる方法を議論する。2008年に故・李健熙会長が退いたときには「社長団協議体」が設置され、新事業の推進やグループ会社間の事業調整といった主要懸案を決定した。李副会長が2017年2月から翌18年2月に収監されたときには、当時のサムスン電子副会長など専門経営陣が中心となって日常的な投資や事業活動を進めた。

TSMCなどライバル企業との競争力に不安も

問題は、台湾のTSMCといったライバル企業が巨大投資を行う中で、勝負を賭けるほどの戦略を立案・実行できない状態が続かないかという点だ。専門家らは、サムスンがトップ不在のまま経営を行うには限界があると口をそろえる。李副会長の最大の強みは、主要国家の元首や高官、グローバル企業や海外の専門家といった幅広いネットワークであり、これを引き継ぐ者が現在は見当たらないためだ。

かつて韓国企業のSKは、崔泰源(チェ・テウォン)会長が2回収監されて主要な意志決定が中断されたことがある。崔会長が釈放されてようやく、半導体企業のハイニックス買収やSK証券の売却、海外企業への投資といった新成長戦略に集中することができた。トップ不在のサムスンでは、残された経営陣は責任が大きな決定を下すことができず、役割を代替できないだろうとの評価が支配的だ。

ソウル大学経営学部のソン・ジェヨン教授は、「韓国企業でオーナー一族以外の専門経営者は、現状維持の経営はうまくできるが、トップがいない状態では過去にやったことがある経営しかできない可能性が高いのが現実だ。現在の経営者が李副会長の穴を埋めるといっても、彼がいないままでは大規模な投資を決定できず、短期的で補完的な経営措置しかできないだろう」と指摘する。
(同、2021年1月20日)