――それまでとは違った表現方法にチャレンジされたんですね。



緒方:「『エヴァ』以前のアニメーションでは、マイクの前でも声を張って演じることが割と多めでした。モノローグ(キャラクターの心の声)も音量をしっかりとって喋るわけですが、それでは相手や周りの人に聞こえちゃうじゃないですか。もちろんアニメの表現として、心の内の声を音にしなければならいこと自体が不自然なんですが、ボソッと呟(つぶや)くくらいのほうがリアルに聞こえる。昔は先輩方が舞台出身の方が多かったり、アニメも大げさな表現が多い作品が多かったので張るのが倣(なら)いでしたが、作品もよりリアルなキャラが多くなっているのだから、できるんじゃないかと......。そんな時に初めて『エヴァ』で、ちゃんと聞こえなくてもいい、あなたの心のリアルで演じて下さいという指示をいただけたんです」



――そうすることで、シンジがよりリアルなキャラとして動き出したと......。



緒方:「シンジのように内向的な子は、もともとそんなにハッキリ喋らないことの方が多いですよね。例えば『こ、このお茶、飲んでもいいんですか?』と言いたくても、せいぜい『こ、このお茶、飲んで(も)......』みたいになっちゃったり(笑)。それでいいと庵野監督が言って下さった。掠(かす)れても、籠(こ)もってもいいと。それでこれまでとは違う演技ができたんです。それ以降は自分自身の芝居も変わっていったように感じます」



――どんな風に変わっていったのでしょうか?



緒方:「最初に演じた蔵馬では、常に凛(りん)とした感じの一定のテンションで喋っているところがあったのですが、例えば『カードキャプターさくら』の月城雪兎(つきしろゆきと)役なら、優しい人だから別に声を張る必要はない。自然に掠れるなら掠れたままにしてみようと。それを、音響監督の三間さんもヨシとして下さった。それ以降は、どんどん自然になっていったような気がします」



緒方恵美さんが今後やってみたいこと



――声優生活20周年を迎えられましたが、今後演じてみたいキャラや、挑戦してみたいことはありますか?



緒方:「自分の役柄については問いませんが、とにかく受け取ってくれる方が元気になれるようなモノを出してゆきたい、創ってゆきたいと思っています。芝居に限らず、何でも。そもそも役者になろうと思ったのは、自分の言葉を持たなかったからなんです。何かを新しく生み出すっていうのは、自分の中から自分の言葉を見つけ出していく作業じゃないですか。でも私はあんまり語りたい自分がいなかったんですよね。だから誰かの手を借りて、その言葉に気持ちを乗せる仕事を選んだんですが、この仕事についた当初は、芝居以外のことが苦手でした。特にラジオが......。役として話すのは、どんなアドリブでも対応できるんですけど、自分自身から言葉を発するのは苦手だったんです」



――喋れなかっただなんて、すごく意外ですね!



緒方:「この仕事をすることで、しかもいきなり人気のキャラクターをやらせていただいたおかげで、大変鍛えられました(笑)。ラジオのトークをしたり、インタビューにも答える。さらにコラムを書いたりもする。どんな仕事でもそうですが、その仕事を突き詰めていくと、人とコミュニケーションをとらなきゃいけないんですよね。私の場合は言葉でインフォメーションする機会が多い仕事なので、次第に言葉を使う場所が増えていって、だんだん自分の想いを、言葉に紡(つむ)げるようになりました。それでわかっちゃったんです。私が一番やりたいのは、シンプルに『人を元気にさせたい』ってことだけだって。だから、芝居でも歌でもトークでも、例えば表に出る仕事じゃなくてもいい。今後はとにかく、私の中にあるすべて使って、受け取ってくれる人に元気になってもらえるような仕事をしてゆきたいと思っています」