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現金と株で1億円を所有する71歳と68歳の夫婦。43歳の長女は結婚し2人の子供をもうけたが、45歳の長男は20年間自宅で引きこもったままだ。親亡き後、長女に迷惑がかかるかもしれない、と夫婦は長男に年192万円を払い、ひとり暮らしをさせるという。それでいいのか。家計相談を受けたファイナンシャル・プランナーの浜田裕也氏が解説する――。

■資産1億&賃貸経営の高齢夫婦の憂鬱は、45歳の息子

「このままではうちの子は殺されてしまいます。助けてください」

そう訴えるのは今回の相談者である都内在住の女性(68歳)です。その話ぶりからは、「ただ事ではない」という家族の切羽詰まった様子がひしひしと伝わってきました。

「うちの子」とは社会人1年目から自宅でひきこもりを続ける45歳の長男のこと。なぜ、そんなことになったのか。家族の状況や財産はどうなっているか。詳細をうかがうことになりました。

 

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<家族構成>
父親 71歳 年金受給者
母親 68歳 年金受給者
長男 45歳 両親と同居 ひきこもり状態
長女 43歳 結婚し子どもが2人いる。両親とは別居。

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▼社会人1年目の新入社員研修何日も怒鳴られつづけ……

都内の実家に父親、母親、長男の3人暮らし。長女は結婚し、独立しています。

長男がひきこもったきっかけは社会人1年目の新入社員研修でした。泊まり込みの研修で何日も大声で怒鳴られつづけた結果、体調を崩し、そのまま入院してしまいました。

退院後はとても会社に戻れる精神状態ではなく、そのまま会社を去ることに。そんなことがあったため、長男は正社員での仕事をあきらめ、主にアルバイトを続けてきたそうです。

しかし、アルバイト中に当時のことがフラッシュバックしてしまい、いずれも長続きしませんでした。現在は仕事はせず、月に1度メンタルクリニックへの通院をつづけながらひっそりと自宅で過ごしています。

■「働かないならこの家から出ていけ!」

無収入でずっと自宅にいる状態に腹を立てたのが父親です。

「お前の育て方が悪かったんじゃないのか?」
「いつまで家にいるつもりだ? 働かないならこの家から出ていけ!」

長男がひきこもり始めた当初から家族にきつくあたっていたそうです。父親は大企業で早朝から夜遅くまで働き、休日も接待ゴルフなどで家にいないことが多かったため、たまにきつくあたっても家族は何とかやり過ごしてきました。

しかし、父親が70歳で会社を退職すると、状況が変わりました。退職後は家族と過ごす時間が長くなり、父親が暴言をぶつける機会も増えてしまいました。その結果、長男の症状はどんどん悪化してしまったのです。

▼父親と長男を引き離すためにかかる費用は月16万

「このままこの家にいたらおかしくなってしまう。何とかしてほしい」

長男からのSOSを受けて、母親は長男を別の家に住まわせ、ひとり暮らしさせることにしました。父親に打診したところ、ひとり暮らしにかかる費用は父親が出してくれるということになりました。

ただし、1カ月の予算は16万円(年192万円)以内にすることが条件です。金額的には十分ですが、これから毎月16万円程度の支出が新たに発生しても家計は維持できるのか、私は少し心配になりました。そこで、家族の財産状況をうかがうことにしました。

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<家族の財産>
・預貯金 8000万円
・株式 2000万円
・自宅土地 評価額4000万円
・賃貸不動産 土地付き戸建てと駐車場の土地 評価額合計5000万円

<家族の収入>
・父親 年金収入 310万円
・母親 年金収入 74万円
・不動産収入(年間) 192万円
・長男 なし
※父親の年金収入は企業年金を含む
※年金は社会保険料、税金天引き後の金額

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不動産収入が月16万円程度あるため、このお金をそのまま長男のひとり暮らしの費用にあてることを考えているようです。

■月16万円で45歳長男はひとりで暮らせるのか

家族3人の支出は生活費や不動産関係の経費、税金などを含めても年間460万円程度。夫婦の年金収入と不動産収入をあわせると年間576万円の収入がありますから、預貯金が底をつくことはなさそうです。

長男の将来の生計の見通しを立てるのは家族の状況が落ち着いてからにしたい、というご希望だったので、今回は長男のひとり暮らしに関する相談だけを受けることになりました。

母親としては、毎月16万円という決められた金額で、長男がひとり暮らしを続けることができるのか、という心配を抱いていました。そこで、収支の見通しやひとり暮らしを続けられそうな仕組みを一緒に考えてみることにしました。

▼家賃は7万円 自炊の練習をする

●家賃:家族の希望で、住まいは実家から近いところを探すことに。近隣の物件を調べた結果、家賃7万円のワンルームに決定しました。

●食事:食事すべてを外食ですますとなると、費用や栄養面で不安が残ります。生きていくために食事は欠かせませんから、ここはしっかりと考えておきたいとことです。長男はご飯を炊いたり、卵を焼いたり、インスタントラーメンを作ったりする程度はできるとのこと。

だからといって、「ひとり暮らしを始めた当初から全て自炊をすることは厳しいと思います」と母親。そこで、最初は無理のない範囲で行うことにしてもらいました。母親に教えてもらいながら自炊の練習をする、食材の買い方の練習をする、半調理品の商品を活用してみる、母親がたまに差し入れを持って行く、夜ご飯は実家に帰って食べることも検討する、などです。

●水道光熱費:少しでもお金を節約するためだから、といって無理しすぎないことが肝心です。具体的には、暖房やクーラーを全くつけない、水をほとんど使わない、夜でも電気をつけない、といったことはやめる。無理しすぎて体調を崩してしまっては元も子もないので、必要な範囲で使用するようお願いしました。

■親の試算では、1カ月の支出総額は15万9764円

●国民年金保険料:長男の国民年金は60歳まで定額納付を続けたいとの希望がありました。国民年金保険料は1カ月当たり1万6490円になります(2017年度の金額)。どうせ定額納付をするなら、まとめて前払いすることで保険料の割引を受けることができる国民年金前納割引制度を利用するとよいでしょう、とアドバイスしました。

国民年金前納割引制度は2年分の保険料をまとめて前払いする2年前納をはじめ、1年前納、6カ月前納があります。まとまったお金を払えば払うほど割引額も大きくなっています。

話し合いの結果、2年前納の口座振替を利用することになりました。2年前納をすることで、毎月納付していくよりも1万5640円お得になります。

●国民健康保険料:長男は現在父親の健康保険(健康保険の任意継続)に加入しているため、長男が保険料を負担することはありません。ひとり暮らしを始めた後、長男が世帯主になって国民健康保険に加入した場合も、無収入なので国民健康保険料はそれほど高くならないことがわかりました。このため長男は個人で国民健康保険に加入することになりました。

●新生活に必要なものについて:新しい生活を始めようとすると、何でもかんでも新しいものをそろえたくなってしまいます。その気持ちもわかりますが、そこはぐっと我慢です。生活に必要なものはできるだけ実家にあるものを持って行く、どうしても必要なものは徐々に買いそろえていく、というようにしました。例えば、パソコン、衣類、食器などは実家にあるものを持っていき、足りないものは少しずつ様子を見ながらそろえていく。洗濯はとりあえず実家ですませ、洗濯機はひとり暮らしが長続きしそうなら購入を検討する、などです。

以上のことから、長男の1カ月の生活費は次のようになりそうです。

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家 賃 7万円
食 費 4万円
水道光熱費 1万円
通信費 8000円
国民年金保険料 1万5764円(※1)
国民健康保険料 2000円
医療費 3000円(※2)
日用品・雑費 3000円
被服費 3000円
予備費 5000円
合 計 15万9764円
※1:国民年金保険料は2年前納を利用するものとし、1カ月当たりの金額にしています。
※2:長男は自立支援医療(精神通院医療)を利用していますが、精神通院以外の医療費がかかる場合を想定しています。

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引っ越しや必要最小限の日用品の購入などで十数万円程度かかると思われますが、それは母親の貯金から出すことになりました。また、役所関係の手続きやひとり暮らしを始めた後のフォローは、できるだけ母親が手伝う、ということでした。

■実は自分の暴言を後悔し反省していた父親

ご相談から数カ月後、母親から連絡がありました。長男のひとり暮らしは今のところ順調で、同居の時に比べて、精神状態も落ち着いているとのこと。また、父親と長男の間に物理的に距離ができたため、いつも腹を立てていた父親の気持ちも変わってきたようです。

長男がひとり暮らしをした後、家族はひとつの発見をしました。それは父親の本当の気持ち。長男が引っ越しをしてしばらくした後、夫婦で話し合あった時に父親が本音をぽつりとこぼしたことがありました。

親亡き後、長男は果たしてひとりで生活できるのか。長女に長男の世話を全部押し付けてしまうことになるのではないか。そうならないように、親として今からできることは少しでもやっておきたい――。

長男や母親への暴言は、そのような焦りの気持ちから出たものだったようです。父親自身も苦しんでいたのです。家族の仲がだんだん悪化していくことにより、当時の長男も母親もそのよう父親の気持ちに気づけませんでした。なんとも悲しいお話ですが、こうしたケースはひきこもりの子がいる家庭ではしばしば見られることです。

▼ひきこもりの子にきつく当たる親の心理

今では父親も反省し、家族で話し合う機会を探しています。時期がきたら家族の将来について相談したいとのことでした。

今回のお話に限らず、親御さんがひきこもりのお子さんに対してきつく当たってしまうことがあります。その背景には、親としてなんとかしなければ、という焦りがあるようです。

変化を恐れていれば、いつまでも本音には気付けません。本音で話し合う機会が作りづらいのであれば、支援者などの「第三者」を交えてみてはどうでしょうか。お互いの本音が見えてくれば、こじれた関係をほぐすことができるかもしれません。

(社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田 裕也 写真=iStock.com)