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エドガー・ライトが監督・脚本を務める『ベイビー・ドライバー』[8月19日に日本公開]は、大半の犯罪映画であればエンディングになるシーンで幕をあける。

3人のならず者が銀行強盗を成功させる。ゲッタウェイ・ドライヴァー(逃がし屋)が飛ばすクルマのバックミラーには、そのあとを追うパトカーが映る。ほとんどの犯罪映画との違いは、この向こう見ずな行為が、ロックバンド「ジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン」の曲「ベルボトムズ」のハラハラするような緊張感と見事にシンクロしている点だ。

むち打ちになりそうな激走で、1ダース以上ものクルマを次々と廃車にしてゆく。「ベルボトムズ」がフルレングスで流れる5分16秒の間、その勢いが止むことはない。タイヤが悲鳴を上げるターンや衝突のそれぞれが、この曲の撹拌するようなリズムと寸分違わぬタイミングで進行する。

それもそのはず。ライトは1995年に「ベルボトムズ」を耳にしてからずっと、このプロットを練り続けてきたのだ。「わたしが共感覚にいちばん近づいたのは、あの瞬間でした」と彼は語る。「あの曲を聴いていたら、カーチェイスのシーンが浮かんでくるようになったのです」。そうして彼は、「曲にぴったりの映画」をつくった。映画にぴったりの曲を見つけるのではなく。

『ベイビー・ドライバー』予告編。

iPodが「人生のサウンドトラック」を生んだ

しかし信じられないのは、ライトが『ベイビー・ドライバー』の構想を思いついたころは、まだほとんどの人がミックステープを友だちと交換していた時代だったことである。「ベルボトムズ」がリリースされた当時、3,000曲を携帯して街を踊り歩くことなどできなかった。また、カセットの片面に詰め込める15曲から、その場のタイミングに適したトラックを呼び出すことは不可能だった。

その後、ポータブルCDプレイヤーが、より速く、より正確に音楽を届けてくれるようになった。しかし、少し足取りを弾ませようものなら、音飛びはしょっちゅう起きた。すべてを変えたのは、iPodやMP3プレイヤーだ。何百時間分もの音楽をポケットに詰め込み、絶妙のタイミングで曲を呼び出せるようにしてくれたのだ。

「ウォークマンでもディスクマンでもありませんでした。iPodが登場したことで初めて、人々は自分の人生にサウンドトラックをつけることができるようになったのです」とライトは言う。

それこそまさに、ゲッタウェイ・ドライヴァーのベイビー(演じるのはアンセル・エルゴート)が、この映画の全編を通して行っていることだ。犯罪組織のボス、ドク(ケヴィン・スペイシー)に対してつくった借金を返済すべく、ベイビーは彼の組織で働いているのだが、彼はすべての強盗を特定の曲に合わせて行っている。

音と動きのシンクロニシティ

耳鳴りを患っている彼は、路上では音楽への集中を必要としている。耳鳴りと、周囲のカオスをかき消すためだ。それが、精巧なまでのカーチェイスへとつながるわけだが、同時にそれは、ドーナツターン(車体を連続的に回転させ、円形のタイヤ痕を路面に付けるワザ)のやり方を知らない人たちにも、共感できる瞬間を生み出している。たとえば、ボブ&アールの曲「ハーレム・シャッフル」と完璧にマッチした、ベイビーがコーヒーを買いに行くシーンのように。

わたしたちは誰もが、そうした瞬間を経験している。天気や気分、活動に基づいて、どんな曲を聴くべきかを無意識のうちに判断し、足取りやレーン変更のタイミングを音に合わせる。音楽ファンにとって、それがうまくいったときには、天使とハイタッチしているような気分になる。ライトのような監督がこうした映画をつくれるのは、まさに才能ゆえにほかならない。

多くの監督が、サウンドトラックを念頭に置いて映画をつくる。そしてしばしば、曲のことを考えて作品を展開させる。クエンティン・タランティーノとキャメロン・クロウはそうした手法を行うことで有名だが、ライトはそれをさらに一歩押し進め、使うことがわかっている曲に、シーンのタイミングを合わせた。編集時にアクションをトラックに同期させるのではなく、ビートに合うように撮影が行われたのだ。ちょうどビヨンセの「リング・ジ・アラーム」にタイミングを合わせて、朝のランニングを行うように。

「人生が自分のサウンドトラックとシンクロし始める瞬間は、まるで魔法です」とライトは語る。「曇り空の下を歩いているときに、太陽が曲に合わせて顔を出すと、自分が全知全能になったような気分になりますよね。『ベイビー・ドライバー』は、全編を通してそんな瞬間からつくられているのです」

その結果『ベイビー・ドライバー』は、痛快なアクション映画の雰囲気を醸し出すことに成功した。それは、お気に入りの曲のベースラインが自分の足取りと完全にシンクロするときに経験するファンタジーのように作用する。ちょうどベイビーが、アクセルを思い切り踏み込むときのように。

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