『お母さんを僕にください』幻冬舎/新井理恵
36歳、脱サラして保育園の雇われ園長先生になって保護者たちと肉体関係持ってます。「お母さんを僕にください」は、ただれた大人達の年寄り具合と、若い19歳の未婚の保護者のコントラストが描く、中年さしかかり男性の哀愁のブルース。オレってそんなにオヤジですか……。

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男性の人生って何度か、ポイントになる年齢があるんすよな。
成人してからだと、まず25歳。仕事について色々経験し始めてモヤモヤのたまる時期。
そして35歳。中堅から上司に変わるか否か、あるいは脱サラするかと考える時期。
ほんとなー。若い後輩ができる人だったり、バリバリのキャリアウーマンに追い越されたりしたら、心もへし折れストレスもマッハってなもんですよ。年齢差別とか男女差別とか抜きにしても、「俺ってホントダメ人間だぁー」ってなりますわな。

『お母さんを僕にください』は36歳の、脱サラして保育園の雇われ園長を描いた作品です。
作者は毒舌ギャグに定評のある新井理恵。昔一世を風靡した『×−ペケ−』を覚えている人もいるかもしれません。
何がビビるって、保育園舞台の漫画なのにいきなり最初ベッドシーンから始まるってことです。
数人の保護者のお母さんに迫られ、断ることが出来ず夜の関係を結んでしまうという……えっなにそれ怖い。っていうかそういうのリア充っていうんじゃないの爆発しろ!

しかし実際は違うのです。
とにかくお母さん達、面倒なのです。
なぜ彼に女の媚びを売ってくるかというと、「保育所の若き園長と保護者」という背徳感ある設定に酔っているだけ。彼自身は全くと言っていいほど彼女たちに興味を持っていません。
むしろちょっとでも逆らおうものなら、モンスターペアレンツ化しかねないというギリギリのバランス。あーこりゃ面倒だ。

そんな彼の元に、純粋無垢の権化みたいな19歳の若原茜という保護者が「偽装結婚してください!」とやってきます。
行方不明の姉の息子を預かっている未婚の保護者なんですが、いろいろ手続きが面倒なので、独身主義の園長先生と偽装結婚して戸籍を貸して欲しい、という。
なし崩し的に彼は、19歳の若い嫁と5歳のよくできた息子(仮)ができてしまいます。

シチュエーションだけ見たら、保護者たちにはモテモテ、若いかわいい嫁ができてハッピー、と幸せづくしに見えます。
しかし違うんです。
この作品のテーマは男は押し寄せる年に逆らえるのか。
若い嫁ができたら、必然的に自分の年齢に向き合わなければいけなくなります。
他の保護者達はまだ年齢的に近いから、自分は「この人達に比べて」まだ大丈夫、みたいな感覚があります。
しかし相手が19歳となるとそうはいかない。まして偽装結婚なので、恋愛的好意は何も持っていない。
若原さんにしてみたら、36歳男性はお父さんなんです。
ああ、若原さん。セリフひとつひとつは優しくてあったかいけどさ。
オレはそこまでオヤジですか……

気がつけば、若原さんは実は自分よりも稼ぎがいいことも判明。
派手な保護者たちの中、好意を寄せていた落ち着きのある蛯沢先生も、実はシングルマザーであることが発覚。
あれ? え?
園長先生で、みんなの頼りになる存在で、若い彼女を助けてあげたくて……ってやってるオレ、全部空回り?

このセリフが、作品を物語っています。
「スーパーでふと横を見たら、侘しく夕飯の買い物をする哀れな枯れた親父が居たけど、鏡に映ったオレだった」
保護者のお母さんたちに求められて、ビッチめ!とかばかにしていたけど……自分だって……年寄りじゃん……。
若原さんは極めて純粋で園長先生を父のように慕います。恋愛感情はゼロですが。
子供たちは園長先生を嫌います。やっぱあれか、顔が怖いからか。
蛯沢先生は自分の知らないところで様々な人間関係を築いています。あれ、純粋で落ち着きのある母のようなキャラだと思っていたけど全然違ったりする?

36歳。
いいのか? これでいいのかオレ?
人生の酸っぱい部分を味わいまくっている三十路の方にはぜひ読んでみていただきたい作品。特に男性。
女性の方は「男ってこういうところでプライドもっちゃうんだねー」とニヤニヤして読んでいただきたいです。
そういう生き物なんですな、男って。悲しいね。

新井理恵『お母さんを僕にください』
(たまごまご)