緒形敦Instagramより
 名優・緒形拳の孫であり、緒形直人の息子である緒形敦は、2017年放送の役所広司主演TBS日曜劇場『陸王』で俳優デビューした。

 祖父は『太閤記』(1965年)と『峠の群像』(1982年)で、父は『信長 KING OF ZIPANGU』(1992年)で大河ドラマの主演俳優を務めた。緒形敦にとって2026年放送の『豊臣兄弟!』が、大河ドラマ初出演作となる。

 初登場は第19回だった。演じるのは、織田家一門の武将・織田信澄である。“イケメン研究家”加賀谷健が、大河ドラマ一門俳優・緒形敦を解説する。

◆織田信長の甥・織田信澄役を演じる緒形敦

『豊臣兄弟!』第19回は威厳のある始まり方だった。1カット目、重厚な太鼓が鳴る中、居並ぶ織田家の家臣たちの頭上にあるカメラが上昇する。2カット目、下手から上手へ横移動するカメラが、最前列に座る織田家一門の3人の武将たちを捉える。

 下手から順に、信長の三男である織田信孝(結木滉星)、信長の嫡男・織田信忠(小関裕太)、信長の弟・織田信勝の嫡男である織田信澄。信澄の後ろには山口馬木也演じる重臣・柴田勝家が座る。信澄は勝家に養育され、明智光秀の娘婿になった。

 明智光秀による謀反とされる本能寺の変は1582年のこと。信澄は信孝の軍とともに大坂にいた。織田信長の甥ではあるものの、明智光秀に近い信澄は裏切りを疑われ、信孝に討たれる。織田信澄役を演じるのは、緒形敦である。

◆父・緒形直人との初共演ドラマ

 緒形敦演じる織田信澄が初登場する第19回冒頭場面では、嫡男・信忠が父・信長(小栗旬)から家督を譲られ、岐阜城主になる。1575年のことだった。1576年1月、信長は拠点を近江に移すべく、最初の近世城郭といわれる安土城の築城を開始した。

 それぞれ安土桃山時代の年号だと天正となる。天正といえば、日本史上(日本人による)初の公式ヨーロッパ訪問団である天正遣欧少年使節が有名だ。同使節はイエズス会のヴァリニャーノの勧めで、本能寺の変の年に九州のキリシタン大名たちが、ローマに派遣した。

 2019年の配信ドラマ『MAGI-天正遣欧少年使節-』(Prime Video)の題材となり、キリシタン大名の一人・有馬晴信の従兄弟で使節団のメンバーである千々岩ミゲル役を緒形敦が演じた。

 この作品は、父・緒形直人との初共演作だが、直接共演する場面はない。ちなみに、緒形直人が演じたのは、豊臣秀吉だった。

◆緒形一門が出演する大河ドラマ史

 1992年放送の大河ドラマ『信長 KING OF ZIPANGU』第1回は、1582年に長崎を出港した天正遣欧少年使節が長い船旅を経て、1585年に教皇グレゴリウス13世に謁見する場面から始まる。

 同作で主人公・織田信長を演じていたのが、当時25歳の緒形直人である。さらに緒形直人の父であり、緒形敦の祖父である緒形拳は、1965年放送の大河ドラマ『太閤記』で豊臣秀吉を演じた。1982年(本能寺の変から400年後!)の『峠の群像』でも主演を務めた。

 俳優父子が大河ドラマで主演になったことはテレビドラマ史の記録。さらに孫の代まで出演を果たすという、これは大河ドラマ史の俳優一門だと言っていいだろう。

 警視庁の広報課を舞台とするドラマ『東京P.D.警視庁広報2係』(フジテレビ系、2026年)は緒形直人と緒形敦にとって地上波連ドラ初共演作だったが、父が演じる役の回想場面をまるで過去の再現映像のように演じた緒形敦は、これこそ一門の者にしかできない演技を誇った。

<文/加賀谷健>

【加賀谷健】
イケメン研究家 / (株)KKミュージック取締役
“イケメン研究家”として大学時代からイケメン俳優に関するコラムを多くの媒体で執筆。アーティストマネジメント、ダイナマイトボートレース等のCM作品やコンサートでのクラシック音楽監修、大手ディベロッパーの映像キャスティング・演出、アジア映画宣伝プロデュースを手掛ける。他に、LDHアーティストのオフィシャルレポート担当や特典映像の聞き手など。日本大学芸術学部映画学科監督コース卒業。
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