奈良市のカフェ『くるみの木』のオーナーとして知られる石村由起子さん。料理上手の祖母の器づかいや食事の支度を手伝ううちに、自然と美しい器たちに惹かれていったそう。ここでは、心くすぐられる小さな食器たちを紹介します。

※ この記事は『わたしの食器棚』(PHPエディターズ・グループ発刊)より一部抜粋、再構成の上作成しております。

【写真】器好きがつい集めてしまうもの

豆皿のよさは、その「自在さ」

器好きにとって、豆皿の愛おしさというのはたまらない魅力があります。作家のものだけでなく、骨董や、旅先で出合ったものなど、いつの間にか集まっているという楽しさもあります。

豆皿のよさは、なんといってもその自在さにあると思います。どんなふうに使ってもいいのです。たとえば、お粥に添える昆布をのせたり、梅干しをひとつ、奈良漬けを2枚、薄く切ったからすみとだいこん、大徳寺納豆を何粒かなどなど…。もちろん、本当に豆をのせてもよいですね(笑)。

箸置きにすることもできるし、写真のようにお盆にのせて、箸置きと箸を添えれば、これから始まる食事への期待感がぐっと高まります。

●手頃で買いやすいのも魅力

豆皿は、手頃で買いやすいという魅力もあります。器は6枚単位で、その倍数を買うことが多い私ですが、豆皿だけは、1枚ずつでも買ってしまいます。

萊平焼(みんぺいやき)(淡路島)や御深井焼(おふけやき)(愛知)、黄瀬戸(きぜと)(美濃)の豆皿は、名のある骨董屋で買えば、それなりの値段がしますが、まだまだ地方の市や骨董屋で状態のよいものが、手頃な値段で見つかることがあるという愉しみも残っています。

豆皿との出合いが器の深遠な世界に足を踏み入れるきっかけになることがあるかもしれません。

私は、豆皿の蒐集を高校生の頃から始めました。旅館に嫁いだ叔母が骨董市に連れていってくれたのが始まりです。自分が好きだと思うものだけを選べばよいという教えのもと、お小遣いを握りしめて、真剣勝負で1枚の豆皿を探し当てた日の興奮を、いまも忘れることができません。小さくても美しいものは美しい。好きなもの、よいものを見続けていれば、それなりに目は育っていくものです。

豆皿を買ったら、飾っておくだけでなく、ぜひ、使ってみてくださいね。やがてその豆皿に合う箸、箸置き、小鉢がほしくなることでしょう。豆皿は器好きのスタートたり得る器です。

手仕事に自然の作品…「箸置き」にも夢中

豆皿に引き続き、箸置きもついつい求めてしまうもののひとつです。作家のものも骨董も民芸のものもありますが、無償で手元に集まってきたものもあります。

たとえば、小石。私は海が好きなので、海辺の街に住む友人を訪ねたときは、時間の許す限り、浜辺に連れていってもらうことにしています。そこで、水平線を眺め波の音を聞きながら散策するのですが、ふと目にとまるのが平らな小石。

「これならお箸が転がらないよね」「しかも色がきれいよ」「ねえ、これどう? はちまき模様が入ってるよ」

友人とおしゃべりしながら、散策しているうちに、気に入った平らな小石がいくつか見つかります。

●笑い話を思い出す、手づくりの箸置きも

そして、写真中央の立派な魚の箸置き。こちらは福岡に行くと必ず足を運ぶ大好きな寿司屋の当時のご主人の自作。

ひと目惚れしてしまい、穴が開くほど見つめていたんでしょう。ご主人が「いいよ、持っていって」と言ってくださいました。そこで、やめておけばいいのに私ったらおずおずと「あの、夫の分も…」と冗談で言ってしまったのです。ご主人は「いいよー」と笑いながら、ふたつ包んで持たせてくださいました。

この箸置きを使うときには、この笑い話を思い出します。

心くすぐられる、小さなスプーン

さて、もうひとつ、なぜこんなに集まってしまうのかと不思議なのが、小さな小さなスプーン。愛らしくて、金額的にも買いやすいからでしょうか。見つけると、つい求めてしまうのです。

食卓に塩や胡椒、かんずりやゆず胡椒を並べるときに、そっと添えると「わー、かわいい」という声。小さきものには人を惹きつける魅力があるものなのですね。

合わせる器によって、「う〜ん、これがいいかな?」と選ぶのもまた楽しいものです。小さなスプーンも私のおすすめです。