■「次の首相」は物価高を止められるか

9月24日、自民党総裁戦に出馬する候補が公開討論会を行った。その中で、一つの注目点は5人の候補の物価高対策だった。

彼らが主張したのは、主に生活支援による対策だった。物価高で生活が苦しくなることを支援することが主な内容で、物価高そのものを食い止めようという対策はあまり見られなかった。具体的な方策として、ガソリン(旧)暫定税率を廃止し、物価や賃金の上昇に合わせて基礎控除を引き上げるというのが主流だった。

食料品など急上昇する物価に、いかに歯止めを掛けるかの視点が欠けているようだ。現在、多くの消費者が頭を悩ませている、コメの価格高騰をどう解決するかは明確になっていない。また、円安による輸入物価の上昇を抑えるための政策も見られない。そうした議論が欲しいところだ。

現在、日本経済は需要が供給を上回るインフレギャップの環境にある。その状況下で、物価上昇を抑えるためには、供給側(サプライサイド)の投資積み増しなどの改革が必要だ。相応の円安対策も含め、供給能力を強化する投資促進策などの議論は必須のはずだ。その論点が欠落していることは残念と言わざるを得ない。

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日本記者クラブ主催の自民党総裁選立候補者討論会で、写真に納まる(左から)小林鷹之元経済安全保障担当相、茂木敏充前幹事長、林芳正官房長官、高市早苗前経済安全保障担当相、小泉進次郎農林水産相=2025年9月24日、東京都千代田区[代表撮影] - 写真=時事通信フォト

■「敵」がいないガソリン減税では横並び

自民党総裁戦の公開討論会で、5人の候補は異口同音に消費者の生活支援を引き上げると主張した。各候補に共通するのは、減税による物価高対策だ。内容はすでに議論されてきたものが多く新しい点はほとんど見当たらない。

5氏に共通するのは、暫定税率(ガソリンの暫定税率)の廃止だ。現在のガソリン税は1リットルあたり53.8円。うち、本来のガソリン税(本則税率)は28.7円。暫定税率分は、25.1円。これは1974年から道路整備を目的とした臨時措置として実施された。

暫定税率の廃止に関しては、野党からも要求が多い。明確な日程は定まっていないようだが、恐らくこれに反対する政治家は少ないだろう。所得税の減税は年末調整や、年明けの確定申告を完了しなければ効果が表れない。

自民党と野党内で協議が進んできた、暫定税率の廃止は即効性が高い方策といえる。ガソリン購入時の負担を引き下げることで、家計や企業の支出を抑え物価高の中で生活を支援するのが基本的な考えだ。

■小林氏、高市氏は財源を明らかにできず

“給付付き税額控除”に言及する候補も多い。給付付き税額控除は、所得税を控除し、引き下げられない部分は現金を給付するしくみをいう。例えば、20万円の給付付き減税を行う場合、所得税が25万円の人なら、納税額は5万円に減る。納税額が15万円の人は、差額5万円の現金を給付として受け取る。

2012年ごろから、自民党は給付付き税額控除を検討してきた。まだ実現していないのは、公平な給付を行う制度設計が容易ではないからだ。

ただ、税額控除にしても、まず何を目的に制度を設計するかが重要だ。低所得者の支援、子育て支援、就労支援、それとも家計ごとの食料費負担支援か。それはまだ明確ではない。低所得者支援であれば、収入額、金融資産保有額などを把握し、支援が必要な層を絞り込む必要がある。しかし、それは簡単ではない。

小林氏は、現役世代の所得税改革で収入を増やすと主張した。高市氏は“赤字国債”による控除拡大を提案した。いずれも減税の財源をどう確保するかは明確ではなかった。

■コメ価格を「5kg2000円台」に下げる方法

公開討論会で、各候補は需要サイドへの支援を述べたのに対し、物価を抑制する供給サイドの改革への言及はあまり見当たらなかった。

例えば、コメの価格をどう引き下げて5キロ2000円台を実現するか。この問題は、わが国の国民一人ひとりにとって、今、もっとも知りたい政策であるはずだ。理論的に分析すると、わが国の米流通問題の根幹は、効率性の悪い流通制度にある。これを一から立て直すことは時間がかかる。

打開策として、まず輸入を増やす。米国、ベトナムなどからの輸入を増やし、安くコメを買いたい消費者に寄り添う。国内では、就農を希望する若者や企業への支援を手厚くする。他方で休耕田を利用してもらいたい農家を募り、マッチングを行う。

そうした方策で、比較的短い期間でコメの供給量を増やすことは可能だろう。その上で、新規参入者が生産したコメ一定量を備蓄米として政府が買入れ、必要に応じて迅速に放出する。

当然のことながら、こうした供給サイド(サプライサイド)の改革には、既得権益層の反発が予想されるが、ある意味では思い切った米の流通体制の見直しが必要になるだろう。

写真=iStock.com/Hakase_
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Hakase_

■人手不足を解消すれば、物価も下がる

人手不足に関しても同様だ。現在、わが国の物価上昇の要因の一つに、人手不足の深刻化や人件費の価格転嫁の加速がある。この問題を解決するため、労働市場の流動性を高め、企業と就業希望者のマッチングを加速させることが必須になる。

近年、わが国ではアジア新興国からの労働者が増えている。こうした外国人労働者と企業側のマッチングを支援する。特に、建設や物流、介護といった人手不足が深刻な分野で、必要な資格を持つ人材を教育する体制を早期に拡充する必要性は高い。

国内企業に対しても、解雇規制の緩和、人材紹介、職業訓練制度の引き上げをセットにして提供する。それは、足元、緩やかに上昇している労働市場の流動性を引き上げ、人手不足の解消と緩やかな賃金の上昇という前向きな循環をサポートするだろう。

■国民の暮らしが厳しくなった根本原因

足元のわが国の経済は、需要が供給を上回る環境に転換した。内閣府の推計では、2025年4〜6月期のGDPギャップは0.3%のプラスだった。経済の専門家の中には、ここ数年間、わが国の需要は供給を上回っている状態にあるとの指摘もある。

需要が供給を上回り続けると、物価は上昇しやすくなる。それを解決するためには、わが国は設備投資を増やし、供給力を引き上げなければならない。

現在の世界経済の状況を見ると、わが国が直接投資を増やすことは可能なはずだ。AI関連分野では半導体の製造技術向上、関連部材や製造装置の需要が高まっている。データセンターの建設も加速度的に増えている。電力供給量の引き上げも必須だ。

財政面で社会保障関係費を見直しつつ、浮き出た財源で税制の優遇措置を作る。それにより関連分野の投資支援を行えば、経済は成長し実質ベースでの賃金も上昇するだろう。短期、中長期、両方の時間軸で物価上昇そのものを抑制する発想がないと、国民の生活はなかなか楽にならない。

■供給サイドの成長を促す政治が不可欠

また、円安傾向の解消も避けて通れない。総裁選の公開討論会では、日銀の異次元緩和正常化に関する議論はあまりなかった。それよりも、金融政策の責任は政府にあり、と中央銀行の独立性を侵食する恐れのある見解が見られた。これは、投資家が日銀の追加利上げは容易ではないと考える材料になっただろう。

地政学リスクが上昇傾向、気候変動問題も深刻な中、日銀は物価の水準に合わせて、柔軟に政策金利を調整しなければならない。それは、過度な円売り圧力の抑制、わが国の物価の安定と国民生活の改善に欠かせない。

異次元金融緩和の正常化を進めるためにも、わが国は自動車に依存した産業構造を改革し、AI、半導体、脱炭素など先端分野での投資、研究開発を積み増さなければならない。自民党総裁選を経て、需要サイドに加え、長期の視点で持続的に供給サイドの成長を促す成長戦略が立案、実行されることがわが国経済の成長に不可欠だ。

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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)