スマホにかじりつく子どもたち (※画像と記事本文は直接関係ありません)

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 自転車の後部座席で、ベビーカーで、車のベビーシートで、スマホにかじりついている子どもたちを目にしたことはないだろうか。

 スマホ登場以来16年、子どもたちのこころと体は劇的に変わっている。子どもたちの「現場」を丹念に追ってきたノンフィクション作家、石井光太氏がデジタル・ネイティブの育ち方を徹底レポートする。

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【写真を見る】「3歳になっても離乳食」の原因にもなる“食事中の親の行為”とは

保育士の子守歌は「ヘタ」、アプリでないと眠れない

 ある保育園を訪れた時、目を疑うような光景が広がっていた。

 この園では、給食が終わった後が、お昼寝の時間になっていた。子どもたちが床にシートを敷いて1時間ほど眠るのだが、3割ほどの子どもたちがスマホやタブレットで子守歌を聞かされていたのである。

スマホにかじりつく子どもたち (※画像と記事本文は直接関係ありません)

 スマホのディスプレイには、かわいらしいキャラクターが登場し、歌をうたったり、羊の数をかぞえたりしている。子どもたちはそれをじっと見つめながら、うつらうつらと眠りに落ちていく。

 園長先生はこう言っていた。

「これは“寝かしつけアプリ”なんです。子どもたちの中には、毎晩、アプリで寝かしつけをされている子がいるので、園でもそうしないと眠れない子が一定数いるんです。保育士が同じ歌をうたってあげても『へた』『うるさい』と言って眠れない。慣れているアプリの声じゃなければダメみたいなんです」

 かつて子守歌は親と子をつなぐ大事なものだった。だが、今はそれがスマホのアプリに取って代わられつつあるという。

子どもたちの「現場」を丹念に追ってきたノンフィクション作家、石井光太氏

 子どもたちに何が起きているのか。

 先日上梓した『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)では、保育園から高校まで200人以上の教育関係者へのインタビューやアンケートを行った。そこから明らかになったデジタル時代の子どもたちが抱える不都合な真実について紹介したい。

未就学児も習い事 「英語、プログラミング、ダンス、知育、読書、遊び方、食育…」

 本書で話を聞いた、現役のこども園、保育園、幼稚園の先生方が一様に口をそろえたことがある。

「最近は、親が育児を“外注化”するようになっています。親が自ら子どもを育てるのではなく、お金をかけて園やおけいこへ外部発注するのです。ここ数年、それがアプリに取って代わられることが目立ってきています」

保育園から高校まで、200人以上の教師に取材を重ねた衝撃の現場報告。スマホ登場以来16年、教室にいるのはもはや私たちが知る「子ども」ではなくなっていた。ハイハイも体育座りもできない保育園児。教室の「圧」に怯える小学生。クラスメイトの姓すら知らない中学生。会ったその日にベッドインする高校生――児童に関する問題を丹念に追ってきた著者がデジタルネイティブの育ち方を徹底レポート 『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』石井光太/著

 20年以上前は、親が未就学児に習い事をさせることは、今と比べて格段に少なかったそうだ。園が終わった後、親は子どもたちを公園や友達の家へ連れて行き、夕方までそこで思う存分遊ばせるのが一般的だった。

 ところが、共働き世帯が急増するにつれ、園や習い事にお金を払って任せるようになった。これを先生方は「育児の外注化」と呼んでいるのである。

 関東にある園の先生は次のように話す。

「親の役割は監督やマネージャーのようになりました。子どもの習い事を決め、園が終わったらすぐに車や自転車に乗せて子どもを習い事まで届ける。昔はせいぜい水泳くらいでしたが、今は英語、プログラミング、ダンス、知育、さらには読書、遊び方、食育までをも習い事としてやらせるようになっています」

 少子化に伴って育児ビジネスが苛烈になったこともあるのではないかとのことだった。少ない子どもの取り合いによって、企業が「あれもこれもやろう」「これこそ絶対必須」とさまざまな手であおっているのではないか、と。

 親にしてみれば、仕事で忙しく、かわいい子に自ら手間暇をかけられないなら、お金を払ってプロに任せた方が安心だと考える。事実、株式会社Daiの「フランチャイズWEBリポート」によれば、5、6歳児の7割に習い事の経験があるという。

 だが、今回の取材で話を聞いた先生方の8割ほどは、それに苦言を呈していた。先の先生の話である。

「企業は、数カ月おきにテストをして、これだけ成績が伸びてます、このペースでいけば数年後にはこんなふうになっています、とけしかけます。それで、親ものめり込んでいってしまう。

 でも、この時期の子どもに必要なのは親の愛情なんです。平日は子どもに触れる時間が限られているなら、せめて土日だけでも習い事なんかやらせずに、5分でも長く子どもと一緒にいてあげてほしい。絵本を読んで、走り回って、笑いながら『生きるのって楽しい』と思わせてほしい。2歳、3歳の子にやらせるのは、英語やプログラミングなんかじゃないんです」

2歳児に英語の動画を2時間、知育アプリを3時間

 2000年代から顕著になった「育児の外注化」。ここ5年くらいの間で、それにアプリ利用の波が押し寄せているという。

 今の子どもが、何歳くらいからネットを利用するか知っているだろうか。

 WHO(世界保健機関)のガイドラインでは1歳未満のスマホの閲覧は推奨されていない。だが、日本の子どものネット利用率は、1歳児で33.1%、2歳児では58.8%となっている。つまり、まともに言葉を話す前に、半数以上の子どもがネットを利用しているのだ。

 実際に、町を見回せば、自転車の後部座席や車のベビーシートにスマホホルダーが取り付けられ、園の送り迎えの数分すらスマホにかじりついているという光景は珍しくなくなっている。

 その中で、育児がアプリに取って代わられているとはどういうことなのか。関西の別の園の先生は言う。

「保護者の中には、日に2時間以上、2歳の子どもに英語の動画を見せているとか、知育関係のアプリを日に3時間も4時間も見せているという人がいます。習い事をやらせた上でこれなので、親子が直に接する機会はあるのだろうかと心配になります。まだ日本語もちゃんとしゃべれないのに、英語やクイズをやらせてどうするんだろうと思いますが」

 今は、親がいろんな育児情報にアクセスして、はやりのものを子どもにやらせるのが「育児」になりつつあるそうだ。このアプリがいいらしいと聞けば、親はすぐにそれをわが子にやらせる。

「3歳になっても離乳食」のワケ

 だが、現状はさらに複雑らしい。関東の保育園の園長はこう話す。

「親が子どものためを思って適切にスマホを与えているのならいいのですが、親自体が依存症になっている場合もあります。食事中も、親と子どもがバラバラにスマホを見て食べているので会話がまったくない。これによって、固形物の食べ方を知らない子どもが出てきているのです」

 1歳前後になれば、親は子どもに離乳食を食べさせ、そこから徐々に固形物を口にさせていく。この段階では親の協力が不可欠だ。

 食事のたびに、親が子どもと向き合い「はい、あーん」と口を大きく開き、「もぐもぐ」「かみかみ」とかむことを教え、「ごっくんしようね」と飲み込ませる。これを毎日繰り返すことによって、子どもはどこまでかめばいいのか、いつ飲み込めばいいのかが分かるようになる。

 だが、親子がスマホを見ながら食事をしていれば、そういう時間が失われる。これによって固形物の食べ方が身に付かないまま成長するので、園によっては3歳児にまでミキサーで砕いたドロドロの食事を与えなければならなくなっているという。

 関西の保育園の先生の言葉だ。

「保護者から、『園で食べ方をきちんと教えてください』と言われたことがありました。でも、朝晩の食事は家庭で取っているわけですから、保護者にもやってもらわなければなりません。こういう家庭の子は顎の筋力が発達しませんし、食事に楽しみを見いだせないので、成長段階でいろんな問題が出てきます」

 冒頭で紹介した、「寝かしつけアプリ」でしか眠れない子どもたちも、そのようなスマホ育児の犠牲者といえるのかもしれない。親が寝かしつけをアプリで代行すれば、先生がどんなにがんばっても、声優の美声でなければ「へた」「うるさい」と思うのは致し方のないことなのだろう。ここには親子の感情の交流は皆無だ。

『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』では、こうした子どもの現状を未就学児、小学生、中学生、高校生と現場の先生方の声を拾いながら示している。

 これらの先生方はこうも話していた。

「保育現場では、こうした危機的な状況が嫌というほど出てきています。でも、社会がIT化を進めて、保育や教育現場にも導入され、それなしでは親も不信感を抱いて子どもを預けてくれない。だから、園の方も『そうじゃない。もっと大切なことがあるんです』と言えなくなっているのです」

 少子化が進む中で、園は英語教育、IT教育を前面に打ち出さなければ、子どもが集まりづらくなっている。おかしいと思いつつ、それを止められない悪循環に陥っているのだ。

 先生方の懸念は本物なのか、それとも杞憂に過ぎないのか。答えは十数年先に明らかになる。

石井光太(イシイ・コウタ)
1977(昭和52)年、東京生まれ。2021(令和3)年『こどもホスピスの奇跡』で新潮ドキュメント賞を受賞。主な著書に『遺体 震災、津波の果てに』『「鬼畜」の家 わが子を殺す親たち』『43回の殺意 川崎中1男子生徒殺害事件の深層』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。また『ぼくたちはなぜ、学校へ行くのか。マララ・ユスフザイさんの国連演説から考える』など児童書も多い。