ジーンズ姿のパウエルFRB議長(2022年)。今年のジャクソンホール会議に市場は反応するだろうか(写真:ブルームバーグ)

米国株市場は、8月以降、ややブレーキがかかっている。4〜6月期の企業業績は、いわゆる大型ハイテク株を含めて、総じて事前の想定に沿った結果だった。7月までの株高が急ピッチだったため、過去の数字である決算は株高材料になりづらい。

アメリカの長期金利上昇をもたらす2つの重要な要因

だが、8月の米国株市場の足を引っ張っている最大の要因は、長期金利の上昇である。10年物国債金利は7月中旬まで3.7%台だったが、8月に入ってから4%台を突破すると、21日には一時4.35%と2007年11月以来の水準まで大きく上昇している。

一方、FRB(連邦準備制度理事会)の政策判断に影響するインフレ指標は、エネルギーと食料品を除いたコアベースのCPI(消費者物価指数)で明確な落ち着きが示された。FRBが注視している家賃以外のサービス価格も、過去4カ月にわたって低い伸びが続き、労働市場に起因するインフレ圧力は和らいでいる。

最近の長期金利上昇は、FRBによる追加利上げに対する思惑が主たる要因ではない。金利上昇のきっかけの1つは、国債発行金額が判明し需給が緩むとの疑念があったことだろう。

ただし、需給以外の2つの重要な要因が、長期金利上昇をもたらしているとみられる。

まずは、減速するアメリカ経済が後退に至らず底堅い成長が続く可能性が高まっていることだ。「FRBによる利下げが2023年内にも始まる」という多くの債券投資家の前提は、アメリカ経済が急失速には至らなければ、大きく揺らぐ。この見方の変化が、最近の長期金利上昇をもたらしたとみられる。

同国の10年物国債の金利は、2022年10月、2023年3月にも4%台に上昇したが、いずれもその後は3%台に低下した。「3月の一部銀行の破綻は長期金利の上昇が引き起こしたので、4%台の長期金利は持続しない」という声が、とくに債券市場で強まった。実際にはこの根拠は曖昧であり、経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)に基づいた判断ではなかったとみられる。

というのも、アメリカ経済は名目ベースで年5%を超える経済成長が続いており、これに対して3%台の長期金利はむしろ低すぎると言える。経済が減速しつつも失速に至らず、程よい程度に経済成長が続いているので、4%台の長期金利は正当化できる。また、インフレの再加速を依然警戒しているFRBにとっても、最近の長期金利の上昇は望ましいだろう。筆者は4%台半ばまでの長期金利上昇には、FRBは警戒を示さないとみている。

「インフレが落ち着き」かつ「失速に至らない緩やかな減速」という理想的な経済状況が、2022年からの金融引き締めを経て実現しつつある。FRBの経済予測においても、景気後退がメインシナリオではないことが、7月25〜26日に開かれたFOMC(連邦公開市場委員会)会合時のジェローム・パウエル議長の発言で判明している。

このFRBの判断に遅れる格好で、債券市場でも、ほぼコンセンサスだった「アメリカ景気の後退は不可避」の見方が変わったとみられる。実際に、複数の大手金融機関のエコノミストが、8月に入ってから「景気後退には至らない」と予想を変更した。なお、筆者は、7月前半時点で「アメリカ経済は景気後退が回避され、ソフトランディングに至る」と予想を変更している。

とはいえ、筆者の感触では、依然として景気後退をメインシナリオにしているエコノミストもまだ半分程度残っているもようだ。景気後退を予想するエコノミストが少数派になるまで、同国の長期金利上昇が続くのかもしれない。

FRBの自然利子率に対する考え方は柔軟になった

もう1つの金利上昇要因は、自然利子率に関する、FRBの考え方が柔軟になっていることである。自然利子率とは、完全雇用経済下で均衡する、景気に中立的な実質金利のことだ。

5月にはNY連銀のジョン・ウィリアムズ総裁が、「コロナ禍後も自然利子率が上がっていない」と主張、自然利子率がゼロまで一段と低下する可能性を示唆する分析を示した。この分析が、FRBが想定している均衡政策金利(ロンガーラン金利)が2.5%で揺るがない材料とみなされた。均衡政策金利の「アンカー(投錨)」が強いままなら、長期金利上昇を抑制する。

ただ、自然利子率は金融政策運営上重要な概念だが、観測されない値であり、ピンポイントで定めることはそもそも難しい。実際に、「均衡政策金利はFOMC参加者が想定する2.5%よりも高い」との見方は根強く、筆者は均衡政策金利が今後上昇する可能性がある、との考えを以前から示していた。

そして、アメリカのワイオミング州で8月24〜26日に開かれるジャクソンホール会議では、自然利子率がテーマとして扱われるとの思惑が高まっている。これまでは自然利子率が下がったままなので、2.5%の均衡政策金利が債券市場において強く意識されていた。

ただ、そもそもピンポイントで自然利子率を考えることは難しいのだから、より幅広いレンジで均衡政策金利を考えるのが妥当である。この点を明示的にFRBが議論することは、今後利下げに転じた時に目指すアンカーとなる金利水準が不確定になることを意味する。

FRBは一部の経済学者の主張を取り入れた

こうした中で、ジャクソンホール会議を前に、NY連銀から8月9〜10日に、自然利子率に関して時間軸を分けた分析が新たに発表された。NY連銀からは、先述のとおり自然利子率については、「幅広い試算値」が想定されることが示された。また「短期的な概念では自然利子率が最近上昇している」との分析が示されたのだが、これは均衡政策金利の水準を引き上げるべきとの判断を支持する。

FRBの今回の分析は、ジャクソンホール会議で自然利子率が上昇していると考える経済学者などの意見に対して、FRBがその一部を受け入れる考えを事前に示したと推察される。自然利子率を幅広く捉える、FRBの分析には相応に説得力があると筆者は考えている。

このように、「自然利子率が低下したまま」との見解に固執することなく、FRBは均衡政策金利をより柔軟に判断するとみられる。そして、現状2.5%の均衡政策金利が上昇すれば、FRBが利下げに転じるタイミングも先送りされる可能性が高まるだろう。

筆者は、均衡政策金利が3%程度に上昇している可能性について、利下げが検討される2024年に入ってからFRB内部で本格化するとみていた。

だが、その前段階の議論が、ジャクソンホール会議において前倒しで始まりつつあるようだ。均衡政策金利に対する柔軟な考え方がFRBから示されたことが、最近の長期金利上昇をもたらした第2の要因とみられる。

会議は「無風」でも、4%超の長期金利は継続へ

それでは間もなく始まるジャクソンホール会議をうけて、市場はどう動くか。これまで説明したとおりに、会合の前段階で自然利子率についてのFRBの見解が幅広く示された。

25日のパウエル議長の講演では、自然利子率が上昇している可能性について、議場自身が踏み込んだ見解を示す可能性はやや低くなった。この意味では、自然利子率をめぐる思惑はすでにいったんピークを越えたとみられ、金融市場の新たな材料にはならないのではないか。

また、最近のアメリカ経済は底堅い成長が続いていることを示す経済指標が多くなっている。これをうけて「パウエル議長が引き締め姿勢を強める」との思惑が浮上している。

ただ、少なくとも過去2カ月はインフレ指標の落ち着きが示されている中で、経済堅調とインフレの落ち着きについてバランスをとって言及する可能性が高い。

一方で、年末までの時間軸で考えると、アメリカ経済が底堅い成長が続く中で「均衡政策金利は上昇している」との認識を強める方向で、今後FOMCにおける議論が行われそうだ。このため、4%超の長期金利は当面定着する、と筆者は考えている。

長期金利が高止まることは、冒頭に述べたように短期的には株高にブレーキになる。ただ、経済とインフレが程よく減速する中で生じる金利上昇が、経済活動を失速させる可能性は高くない。経済のソフトランディングを一足早く想定した株式市場に対して、「FRBの政策ミス」にベットしていた債券市場の認識修正の過程で起きている長期金利上昇なのだから、過度な懸念は不要だと筆者は考えている。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません。当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(村上 尚己 : エコノミスト)