政策担当者などが集まる、ワイオミング州のジャクソンホール。昨年はFRBのパウエル議長のわずか10分足らずの講演で株価が大きく下落した。今年はどうか(写真:ブルームバーグ)

アメリカの長期金利が高止まりしている。7月以降は上昇ペースが加速、指標となる10年債の利回りは8月21日に4.35%台まで上昇した。

これは今年3月の水準を大きく上回っただけでなく、2007年11月以来、約15年9カ月ぶりの高水準を記録した。

金利上昇局面では株価の急落も

金利の上昇は、結果的に市場の混乱を引き起こすことが多く、投資家が警戒すべき現象の1つだ。

昨年3月にアメリカのFRB(連邦準備制度理事会)が利上げを開始して以降、金利が大きく上昇した局面は、昨年9月から同10月にかけてと、今年3月の2回ある。

このうち、前者の場合はNY(ニューヨーク)ダウ工業株30種平均が直近の高値から16%下落、ナスダック総合指数に至っては下落率が20%を超えて弱気相場入りしている。また今年3月にも、シリコンバレーバンクが破綻、銀行危機が発生する中でやはり株価が急落した。

もっとも、今回の金利上昇局面では市場にそれほど大きな混乱は生じていない。これは、おそらく前2回とは金利上昇の背景が異なっているからだ。

昨年11月の金利上昇は、FRBが昨年6月から4会合連続で0.75%の大幅利上げを行ったことを受けてのものだった。また今年3月の上昇局面では、住居やサービスの価格の上昇基調が強まり、FRBが利上げを当初の予想以上に継続するとの見方が急浮上。「年内に利下げに転じる」という楽観的な見方が後退する中で起こった。

つまり、これまでの金利上昇は、インフレに対する懸念が非常に高いか、あるいは、あらためて高まる状況下でのものだったということができる。

一方、今回の金利上昇は、従来とはやや異なる状況の中で生じている。消費者物価指数(CPI)は5月以降、伸びのペースが急速に鈍化。今後の状況次第では、7月の連邦公開市場委員会(FOMC)で決定された0.25%の利上げが、今回の金融引き締め局面で最後の利上げになるとの見方も根強い。

8月10日に発表された7月のCPIも、総合指数が前年同月比3.2%の上昇と、予想をやや下回る伸びにとどまった。また、変動の大きな食品とエネルギーを除いたコア指数は同4.7%の上昇と、事前予想どおりながらも前月からは伸びが鈍化した。

CPI発表後には「インフレ鎮静化の傾向には変わりはない」との見方から、長期金利も一段と低下したし、次回のFOMC(9月19〜20日)における追加利上げ観測も後退したように思われる。

このように、最近の数カ月はインフレ圧力も着実に後退している。にもかかわらず、金利は大きく上昇している。つまり今回の金利上昇局面は、インフレの進行やFRBの追加利上げを懸念してのものでは決してないということだ。

「よい金利上昇」なら、長期金利の一段上昇も

では、現在の金利上昇をどう見ればいいのか。それはズバリ、アメリカの景気の先行きに対する楽観的な見方が急速に高まっていることによるものと思われる。とくに5月分、6月分の経済指標に強気のサプライズが相次いだあたりから、市場では「景気がこのまま順調に回復する」との見方が一気に強まってきた。

大手金融機関でも、「同国経済が景気後退(リセッション)に陥る」との見方を撤回するアナリストが多く出ているし、FRBのジェローム・パウエル議長は7月25〜26日のFOMC後の会見で、「FRBの調査スタッフはもはやリセッションを予想していない」とまで言い切った。4〜6月期のGDP(国内総生産)が予想を大幅に上回る伸びとなったことや、最近のインフレの落ち着きぶりを見る限りでは、そうした見通しが増えるのは当然かもしれない。

もし景気がこの先もしっかりとした回復基調を維持するなら、金利には一段と上昇圧力が強まってしかるべきだ。その点、今回の金利上昇は、景気の回復に伴った「良い金利上昇」と捉えることもできる。

とくに短期債の金利が長期債の金利を上回るという、イールドカーブの逆転現象が続いている今の状況は、景気後退のサインと言われているように、景気悪化を前提とした動きということができる。

もし景気に対する楽観的な見通しが強まってくれば、イールドカーブを正常な状態に戻そうとする動きが出てくるのは避けられない。FRBがまだかなりの期間、政策金利を今の水準で維持するという方針を示している以上、政策金利の影響を受ける短期金利は下がりにくい。イールドカーブを正常化させるには長期金利が上昇するしかなく、この場合、上昇余地もまだかなり残っていると見ておいたほうがよい。

インフレ懸念伴った「悪い金利上昇」再復活の懸念も

もちろん、足元の金利上昇が、こうした「良い金利上昇」であれば、あまり心配することはない。警戒すべきなのは、この先インフレ圧力が再び強まり、現在の「良い金利上昇」がインフレ懸念を背景とした「悪い金利上昇」に取って代わられ、しかもかなりの期間継続するというシナリオだ。

前回のコラム「アメリカの『利上げ継続懸念』はまだ消えていない」でも指摘したように、足元の景気の堅調さやエネルギー価格上昇などを受け、今後再びインフレ圧力が強まる可能性は十分ある。たとえ次回9月19〜20日のFOMCで利上げが見送りとなっても、状況次第ではその次の10月31日〜11月1日のFOMCで、再度利上げに踏み切る可能性も十分に考えられる。

その際には利上げが行きすぎたものとなり、さらなる金利上昇が景気をあらためて悪化させるおそれが高いとみておくほうがよい。確かにインフレ鎮静化と景気回復への期待は依然高いが、今後のカギは足元の金利上昇がどこまで続くのかにかかっているのかもしれない。

いよいよ24日からアメリカのワイオミング州ジャクソンホールで、カンザスシティー連銀主催の経済シンポジウムが始まった。このジャクソンホール会議でパウエル議長が講演を行うのは、25日の午前10時(日本時間23時)過ぎからだ。

昨年のこの講演では、もともと30分の予定だった講演時間を短縮、わずか10分足らずのスピーチの中で「インフレ抑制に向けて利上げを続けるという強い意志を示した」ことが市場に大きなショックを与え、金利は上昇。S&P500種指数は1日で3.4%も下落するなど、株価の調整につながった。

今回もインフレ抑制に対する強い姿勢をあらためて示すのか、それともインフレが鎮静化していることを強調、市場に買いのきっかけを与えるのか。その内容が大きく注目されている。

(当記事は「会社四季報オンライン」にも掲載しています)

(松本 英毅 : NY在住コモディティトレーダー)