イギリスを代表する車両の1つ「インターシティ125(HST)」原型塗装の姿(筆者撮影)

日本の「国鉄」が分割民営化によって消滅してから35年以上が経った。全国各地にはまだ旧国鉄時代の車両が走っているが、最後の国鉄型特急車両として特急「やくも」に残る振り子式電車381系も、2024年度中の退役が決まっている。

一方、鉄道発祥の国イギリスでも、民営化前の旧国鉄に当たるブリティッシュ・レール時代に造られた特急車両の退役が進んでいる。近年の環境問題への懸念から、人口稠密地域で排気ガスを撒き散らす列車を走らせることが問題視され、2021年5月をもって首都ロンドンを発着するディーゼル特急車両「インターシティー125」(ハイスピードトレイン=HSTとも)の運用はすべてなくなった。

イギリスを代表する車両の1つ

表舞台からは消えたHSTだが、イングランド南部を走るグレート・ウェスタン・レールウェイ(GWR)で活躍していた車両が、設備の更新を図ったうえで北部スコットランドの主要都市間特急として鮮やかに再デビューをはたしている。旧国鉄の特急車両がいかにしてよみがえったか、そのいきさつについて紹介したい。

イギリスの鉄道は、主要幹線でも非電化区間が大半を占めている。1960年代、政府の財源が不足する中で国鉄は「電化しないまま、かつ既存の線路インフラを用いて国内各地を高速列車で結ぶ」という命題を掲げ、低コストで課題を解決するため、高速ディーゼル列車を新たに開発することが最善と決まった。そうしたいきさつを経て、HSTの原型である「クラス41」が10年余りの歳月をかけて開発された。

「クラス41」は高速列車のプロトタイプとして2両の試作動力車が開発され、幹線ルートでのテストを繰り返した。やがて1975年、量産型の「クラス43」がいよいよ「インターシティ125」として登場。翌1976年から125マイル(時速201km)で走る優等列車として幹線を中心に運行され一世を風靡し、イギリスの鉄道の代表的な車両の1つとして40年以上にわたって活躍を続けてきた。


HSTの機関車のプロトタイプとして開発されたクラス41(筆者撮影)


国鉄時代のインターシティ塗装をまとったHST。2018年の「お別れイベント」にて(筆者撮影)

HSTの編成は、最大9両の客車「Mark 3」の前後にディーゼル機関車1両ずつを連結した構成だ。ディーゼルエンジンで動く列車としては今もなお世界最速の記録を維持している。1973年6月12日には、乗客なしで時速143.2マイル(時速230.5km)を達成。さらに1985年9月27日には、営業運転中のディーゼル旅客列車として最速の時速144マイル(時速231.8km)を記録した。当時の運転士らは時速150マイル突破を目指そうとしていたが、乗客に危険が及ぶとして英国鉄道委員会(BRB)がストップをかける事態にまで発展したという。

日立製車両デビューで「第2の人生」へ

製造は1982年に終了したが、その後は後継車両がなかなか生まれず、21世紀に入ってもしばらくの間、HSTは高速列車の中心的存在として走り続けた。

製造後40年ほども経った車両をいつまでも使い続けるわけにはいかないと考えたイギリス運輸省は、都市間高速鉄道計画(IEP)と称する車両置き換えプロジェクトを立ち上げた。日立製作所は2012年、IEPに沿った車両の製造・保守を一括で受注。走行予定路線にある非電化区間や単線、古いシステムの信号が残っているなどさまざまな条件に柔軟に対応でき、かつ欧州規格やイギリス規格に適合する車両を開発した。IEP用車両「クラス800」は2017年10月から営業運転に投入された。

このプロジェクトを通じ、日立は合計866両の大型受注を獲得。架線から集電して走るいわゆる電車タイプの車両だけでなく、非電化区間も走れるよう、床下にディーゼル発電機を搭載した「デュアルモード」(バイモードとも)方式の車両も採用した。これにより、HSTが“架線下のディーゼル特急”として延々と電化区間を走るという問題も一気に解決した。


日立製車両のクラス800(右)、アルストム製のクラス180(中央)と並んだHST(筆者撮影)

クラス800の登場後もHSTが併用される時期が続いたが、2019年6月をもってGWRが使用していたHSTがロンドン発着の運用から撤退した。これに先立ち、GWRは2018年秋にロンドン北西部の車両基地「オールド・オーク・コモン」でファン向けのお別れイベントを開催。HSTのみならず、プロトタイプのクラス41をも公開するという大サービスで、全英から多くの人々が訪れたことを記憶している。


オールド・オーク・コモンで開催されたHSTの「お別れイベント」(筆者撮影)

HSTはGWR以外の鉄道が運行する車両も含めてロンドン発着列車としての運用はなくなったものの、まだ車両の耐用年数に達していないとの見解もあり、”再雇用”の可能性が取り沙汰されていた。2011年に発表された政府の報告書によると、HSTに使用される客車「Mark 3」は、障害者法を順守するうえで必要とされる若干の変更や改良を行うことを条件に、2035年まで運用が可能と判断された。

スコットランドの都市間特急に

そこで新たな使い道として、スコットランドの鉄道網、スコットレール(ScotRail)にて主要7都市を結ぶ新たなインターシティ用列車として導入することが決まった。

7都市とはスコットランドの首府・エディンバラ(Edinburgh)、最大都市グラスゴー(Glasgow)、スターリング(Stirling)、パース(Perth)、ダンディー(Dundee)、アバディーン(Aberdeen)、インバネス(Inverness)で、新たなブランド名として”Inter7city”という名称を掲げた。運行開始は2018年5月で、GWRから譲り受けたHST車両は2019年5月までにすべて営業運転に投入された。編成は客車4〜5両と機関車2両の組み合わせで、計26本ある。


スコットレールのインターシティに生まれ変わったHST(筆者撮影)

車両の改装に当たっては、テーブルを付けた座席の増加、荷物スペースの拡大、座席の電源ソケットの設置に加え、無料Wi-Fi設備も取り付けた。「Mark 3」にはもともと全車両にトイレがあったがこれを使用不可とする一方、新たにバリアフリー対応の大型トイレユニットが設置された。大きな変化は、GWR時代は手動だったドアが自動化され、ボタン1つで開閉できるようになったことだ。


スコットレールでの導入にあたって車両は内外を改装した(筆者撮影)

HSTには、イギリス版の「ドクターイエロー」といえる計測用列車(New Measurement Train=NMT)になった編成もある。現地での愛称は「フライング・バナナ」。全国で1編成しかないことから、一度は写真に収めたいというファンも多い。ただ、2023年夏現在、機関車の色彩が同車両を運用するコーラス(Colas)レールのロゴとなっており、編成全体が黄色ではないのが残念だ。


HSTはイギリス版ドクターイエローといえる検測用車両「フライング・バナナ」にも改造されている(筆者撮影)


「フライング・バナナ」の機関車は残念ながら全面黄色の塗装ではない(筆者撮影)

「フライング・バナナ」は2両の機関車に客車「Mark 3」5両をはさんだ編成だ。資料によると、試験装置を搭載した客車は2両のみで、他の客車はブレーキの制動力を得るために必要と説明されている。

中古車再利用でサービス向上

スコットランドの面積は想像以上に広い。例えば、エディンバラからインバネスまでは3時間半〜4時間もかかり、乗客サービスの点で乗り心地の良さが求められる。「Mark 3」は5時間以上の所要時間が想定される区間を走っていただけあって、近郊型車両で長時間の運行を余儀なくされていたスコットレールにとっては、中古とはいえHST導入はまたとない車両更新のチャンスだったといえるだろう。


スコットレールのインターシティとなったHSTの車内(筆者撮影)

1970年代の車両を改良し、営業運転用に甦らせたイギリスの鉄道界。低コストでサービス向上を図るのに、必ずしも新造車両の導入だけがアイデアではないことを物語っている。スコットランドでの”再雇用”に当たっては、排気ガス対策を踏まえたエンジンを搭載した機関車が用いられているという。こうした車両が1日でも長く営業運転の場にとどまることを期待したい。


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(さかい もとみ : 在英ジャーナリスト)