「クッキーの香りを味わうことは、今この瞬間にしか得られないすばらしいもの。ほかのもので代わりができない」と述べる医師の死生観とは(写真:プロモリンク/PIXTA)

「人生を終えるとき」について考えたことはあるだろうか。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校の緩和ケア医師であるBJ・ミラーは、どうしたら患者たちが尊厳に満ちた潔い人生の終わりを迎えることができるか、と真剣に考えている。彼が考える人生のすばらしさとはどのようなものだろうか。

『「週4時間」だけ働く。』の著者として知られるティム・フェリスが、現代のパイオニア106人に成功の秘密を聞きまくってまとめた本『巨神のツール 俺の生存戦略』の『知性編』の中から、紹介しよう。

セラピーとしての天体観測

(ティムから)BJは死の専門家だ。ほんの小さなことを変えるだけで人生を劇的に改善できる方法を知っている。


これまでに1000人ほどの死にかかわってきた経験から、いくつかのパターンがあることに気づいた。

BJは大学時代、感電が原因で両足と片腕を失ってしまった。彼のTEDトーク「人生を終えるとき本当に大切なこと」は、2015年の視聴者数ランキングでトップ15に入った。

BJ:何か困ったことがあったら、空を見上げてみよう。夜空をちょっと見上げるだけで、世の中の人は皆同じ時間に同じ惑星にいるんだ、という気づきがある。

おそらく地球は、人間のような生命体が存在する唯一の惑星だ。そして星を見上げると、今輝いている光がはるか昔に放たれたものであることに気づかされる。

今見ている星の中には、もう存在していないものもあるんだ。

BJ:宇宙に関する赤裸々な事実についてあれこれ考えるだけで、ゾクゾク、ワクワクするし、畏敬の念を感じる。精神的な不安なんてたいしたことはないと思えるんだ。

多くの人は、自分の地平線の端、つまり死の扉の前に立つと、宇宙と一体になることができる。

(ティムから)私もできるかぎり毎晩「スターセラピー」をするようにしている。その効果はビックリするほど大きい。

雪だるまの奇跡

(ティムから)BJは大学生のとき、感電してやけど集中治療室に運ばれ、目覚めたときには両足と片腕を失っていた。

BJ:やけど集中治療室というのは特別な場所なんだ。悲惨な場所というか。患者は、はらわたがちぎれるような痛みに襲われる。

そこで働くのはとてもつらいので、臨床医はすぐにやめてしまう。

外傷を負いながらもなんとか生き残ったとしても、やけどを負った患者は感染症で亡くなってしまうことも多い。だからやけど集中治療室は、無菌状態を保たなければならない。

全員が長い医療用のガウンを着て、マスクをして、手袋をはめている。最初の数週間は、部屋での面会は1回につき1人しか許されなかった。

外界からすっかり遮断されてしまった。部屋には窓がないから昼も夜も分からない。ベッドの脇に立つ人は、保護服を着なければならない。自然の世界との接点がない。何も触ってはいけないんだ。

もちろん、激しい痛みに苦しめられる。これだけ細心の注意を払っているのに、ちっとも報われない。楽しいことなんて1つもないんだ。

あれは11月のことだった。いや、12月だったか、1月の初めだったかもしれない。

とくに親しかった2人の看護師がいて、そのうちの1人が小さな雪だるまを持ってきてくれた。彼女の名前はジョイだったと思う。

外は雪が降っていた。私は知らなかったけど。

私が雪を感じることができるようにって、ジョイはこっそり雪だるまを持ってきてくれたんだ。

びっくりしたよ。ほんのささいなことなのにね。やけどで赤く腫れた私の手の上に、ひんやりした雪だるまをのせてくれた。

BJ:雪が溶けて水になるのを眺めていると、この小さな奇跡に私は大きな衝撃を受けた。この身体があるかぎり、人間は何かを感じることができるんだ、と実感できた。

一切のものから遮断されて、感覚が封じ込められると、息が詰まってしまう。この瞬間に、もっとも効果的な治療を受けられたような気がした。

変化するからこそ美しい

そんな風に感じるとは想像もしていなかった。何よりも衝撃的だったのは、雪だるまに触れただけっていうこと。

でもそれだけじゃなくて、私に明るい希望を与えてくれた。物事は皆変わるんだ。雪は水になる。変化するからこそ美しい。

いつしか消えてなくなる。その瞬間、この不思議な環境にいることがすばらしいと感じられた。世の中から切り離されてなんかいない、自分は世の中に存在しているんだ、っていう強い衝動が湧いてきた。

もしアドバイスを求められたら

ティム:医者あるいはいい先輩として、あなたとすごくよく似たケガを負った人の相談に乗ってほしい、と言われたら、どんな風に話しかける? どんなものを見たり読んだりすることをすすめますか?


BJ:何か助言をしなければならない、という立場に置かれたら、きっと困惑していただろうと思う。本当に必要なのは、そういうことじゃないから。

仲間意識を持つことと、実体験を証言することが大切なんだ。君の質問に答えると、疑問を解決するために私のことを利用してもらいたい、と思っている。

誰かの元を訪れるっていうことは、そこに行くこと自体が目的なんだ。その人のそばにいて、この厄介な身体を持っているという気持ちを共有することが、いちばん大切なんだと思う。

クッキーが最良の薬になることもある

(ティムから)死の淵に立たされたホスピスの患者にとって、自分の存在意義、みたいな壮大なスケールの話をすることが必ずしも効果があるとは限らない。

意外なことに、一緒にクッキーを焼くのも効果的な治療法の1つだ。

BJ:クッキーの香りは、純粋な喜びを引き出す。最高にステキな香りだ。


生きていること、そして今この瞬間に存在していることに対するご褒美。クッキーの香りを味わうことは、今この瞬間にしか得られないすばらしいものなんだ。ほかのもので代わりができない。

芸術にも同じことが言える。芸術はそれ自体に喜びが感じられる。音楽もダンスもそう。

芸術が私たちの心を打つのは、特別な目的があるわけではなく、ただ意味のない世界とそのすばらしさを喜ぶことができるからだ。

死ぬまで生きるには、こういったささいな瞬間を大切にする、ということも1つの方法なんだ。

(ティム・フェリス : 起業家、作家)