首都圏ではタワマンが増加し続けている。不動産プロデューサーの牧野知弘さんは「タワマンは建物設備が豪華である分、維持管理費用の塊といえる。築15年から20年にあたる物件では大規模修繕が必要になり、月々の修繕積立金もどんどん値上げしていく」という――。
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/CHUNYIP WONG

■この20年間はタワマンの建設ラッシュ

タワーマンションの歴史は古く、1976年に住友不動産が建設した埼玉県与野市の21階建てマンション「与野ハウス」が最初と言われている。しかし、容積率や斜線制限、日影規制などが厳しかった当時の日本の都市計画ではこうしたタワーマンションが建設できるエリアは少なく、あまり普及してこなかった。

ところが、1997年に実施された規制緩和策がきっかけになり多くのタワーマンションが建設されることとなる。具体的には都市計画上「高層住居誘導地区」が定められ、容積率の上限を600%まで引き上げる、日影等の規制を緩和することで、街中に高層住宅を建設しやすくしたのである。

またマンション内の共用廊下や階段部分の面積を容積対象面積から除外するという建築基準法の改正も行われ、実質的に建設できるマンションの床面積が大幅に増加したことなどを背景に、タワーマンションの建築ラッシュは始まった。

不動産経済研究所が首都圏で供給されているタワーマンションについて興味深いデータを発表している(図表1)。同研究所では超高層マンションの定義を20階建て以上のマンションとしているが、この調査によると2000年から2021年までに首都圏(1都3県)で供給されたタワーマンションは822棟、約24万7138戸となっている。

出所=不動産経済研究所

この期間に新たに供給されたマンションは121万9158戸。なんと首都圏でここ20年余りの間に供給されたマンションの20%、5戸に1戸がタワーマンションという計算になる。

■2003〜2008年築の物件が大規模修繕を迎える

タワーマンションは超高級マンションの代名詞ともいわれてきたが、いまや新しくマンションを買う人の5人に1人がタワーマンションオーナーだ。タワーマンションとしての希少性は薄くなり、一部の物件はコモディティ化しているのが現実だ。

タワマンは資産価値が落ちにくいと言われてきたが、数が増えれば当然、タワマン同士の競争も激化する。とりわけ老朽化していく建物本体や豪華な設備については資産価値を維持するために、十分な修繕と設備機器の更新が必要になってくることは言うまでもない。

2000年以降に多く建築されたタワーマンションは、これから大規模修繕を迎える。首都圏のタワマンで最初に大規模修繕が必要になる築15年から20年(2003年から2008年築)にあたる物件は、354棟10万3760戸に及ぶ。この中にはすでに修繕に着手したものもあるが、果たして順調に工事は進んでいくのだろうか。その内実を明らかにしていこう。

■月2万円で豪華な施設を利用できるのはお得

タワーマンションは一棟の建物の中に数百戸から1千戸超もの住戸が軒を連ねる一大地域社会と言ってもよいものだ。共用部内にはジムなどのトレーニング施設、応接セット、図書室、ゲストハウス、託児所、中には豪華なプールなどを備えたものまで存在する。

当然、これらの施設には維持管理費用がかかる。フロントには住民のさまざまな要望に応えるコンシェルジュがにこやかな笑顔で出迎えてくれるが、彼らの人件費は毎日のように計上されている。タワーマンションは建物設備が豪華である分、維持管理費用の塊ともいえるのだ。

タワーマンションの管理費は物件によって戸数や共用施設の内容が異なるので一概に相場というものはないが、1平方メートル当たり250円から300円程度だ。70平方メートルの住戸であれば1万7000円から2万円といったところ。高級住宅地の低層プレミアムマンションだと1平方メートルあたり350円から400円ほどになるので、たしかに管理費は割安といえる。

戸数が多いので管理費収入の総額は膨らむ。数百戸の住戸を抱えるタワーマンションともなれば年間数千万円から1億円の収入となる。この収入の中から共用施設の管理業務を行っていくという計算になるのだ。これで豪華な施設を利用できるのだからお得だというのはうなずける。

■15年後には管理費と積立修繕費で月4万5000円

では修繕積立金はどうだろうか。

2000年代後半に神奈川県内で分譲されたタワーマンションの事例で考えてみよう。このマンションは階数で50階を超える超高層物件。各住戸の面積は55平方メートルから80平方メートル、当時の価格は5000万円から7000万円台。一次取得と呼ばれる若い夫婦や独身者などにも人気の物件だった。

このタワーマンションの管理費は分譲当初は1平方メートル当たり216円。修繕積立金は同じく87円。70平方メートルの住戸での負担額は管理費が1万5000円、修繕積立金が6000円。月額合計が2万1000円ということになる。月々の管理費は駐車場使用料(2万円)も合わせて約4万円程度とそれほど大きな負担ではなかった。

ところがこれにはちょっとしたからくりがある。

修繕積立金は築年数の経過とともに自動的に上昇していく仕組みとなっていたのだ。スタート時点で87円だった単価は5年後に2.5倍の217円、10年後347円、15年後には420円に増額。70平方メートルの住戸で6090円だったのが、2万9400円と4.8倍に跳ね上がることになる。管理費、駐車場使用料と合わせて15年後には6万円を超える負担があらかじめ決定されているのである。

15年後には管理費と修繕積立金で月に約4万5000円、駐車場使用料を合わせると6万円以上に

■初期費用は軽くして、段階的に値上げ

これは段階増額積立方式と言われるもので、販売時点で高額の修繕積立金を徴収することを説明すると多くの顧客が逃げてしまうのであえて当初は階段を設けて、初期の負担が小さいように見せかける方法で、販売するデベロッパーがよく採用する手法だ。

同じく湾岸エリアで2008年に分譲されたタワーマンションの現在の修繕積立金は、1平方メートル当たり200円、70平方メートルで1万4000円。管理費が同250円、70平方メートルで1万7500円なので、両者あわせて3万円を超える負担になっている。

さらに築20年を迎える湾岸エリアのタワマンを例にとると、すでに管理費で1平方メートル当たり333円、修繕積立金で同309円。70平方メートルで合計の負担額は4万4940円にも達している。

■タワマンの修繕費用が高額になる理由

国土交通省が2011年に公表した「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」では20階建て以上の高層マンションの修繕積立金の額は1平方メートルあたり206円としていたが、このガイドラインは2021年に一部改正が施され、1平方メートルあたり338円となんと1.64倍に引き上げられている。

この金額はマンションごとの長期修繕計画に基づいて算出された金額を期間で均等割りにした目安額だ。販売当初の修繕積立基金の違いはあるものの、段階増額積立方式でようやっと基準値に追いつく程度の金額である。

ではどうしてタワーマンションの修繕にはお金がかかるのだろうか。たとえばエレベーター。超高層建物だとエレベーターも高速で上昇する高性能のものが必要となる。分速200メートルのエレベーターなどになるとかなりの高額商品である。

タワーマンションも50階建てともなると200メートル近い高さになるので、1階から最上階に行くまでに1分を切る性能のエレベーターでなければならない。この高速エレベーター、30年を過ぎる頃から更新が始まる。10基から20基も設置されているエレベーターの更新費用は膨大なものとなる。

写真=iStock.com/Semen Salivanchuk
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■外壁工事費は通常のマンションの数倍

各住戸に給水するポンプも、高さ200メートルに汲み上げるには高性能のものが求められる。最近では地震対策として非常用発電機なども設置しているがこれらは発電機自体が高額なうえに重油で作動するので重油の備蓄管理も必要となる。

こうした設備は20年から30年で更新時期を迎える。高性能のうえに特注品も多い。部品などの交換にも制約がかかる。更新にあたってはかなり高額となる。

外壁工事も普通のマンションとはケタ違いにお金がかかる。タワーマンションはそもそも足場を組むことができない。屋上からぶら下げるゴンドラやリフトクライマーを設置しての作業となるが、ゴンドラは小さくて作業効率が悪いうえに、高層部を中心に風、雨などの気象条件の影響を受けやすく、通常のマンションの工事に比べ工期が3倍以上かかるとも言われている。工事費は本格的な修繕ともなれば通常のマンションの数倍もかかる。

■工事費自体が30〜50%も値上がりしている

さらに東日本大震災等の影響で震災前に施工した物件では、非常用電源設備などの装備を新たに付け加える必要に迫られている。これらの設備にも当然維持管理のための新たな費用が加わることになる。

フィットネス機器も15年から20年で更新が必要になるし、プールのような「水もの」は管理費がかかるうえに、タイル等の補修やシャワーなど衛生設備の更新には膨大な費用がかかってくる。

さらに今後問題が深刻化するのが、工事費の高騰だ。

外壁の塗料やタイルなどの材料費の高騰、作業員不足は人件費の高騰だけでなく、工期のさらなる延長を余儀なくさせる。国土交通省のガイドラインの変更は2年前。その時点と比較しても工事費は高騰を続けており、ここ数年で30%から50%もの値上がりを続けていて歯止めが利かない状況にある。

これまでの長期修繕計画の多くは物価高を見込んできていない。世界的インフレ時代を考えるとさらなるガイドラインの変更を余儀なくされることは容易に想像できる。

写真=iStock.com/Orthosie
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■あがめ奉られてきたタワマンの本当の未来

1回目(築15年から20年)を何とかクリアできても、エレベーターほか高額設備の更新が必須となる2回目(築30年超)を迎える頃に、現状での修繕積立金水準をもってしても費用を賄えない可能性が高いのだ。

人件費の値上がりは管理費用のさらなる高騰を誘発する。管理費も現状の改定では間に合わなくなり、採算の合わない管理会社からサービス内容の変更や管理業務そのものからの撤退を突き付けられる可能性すら出てくるだろう。

さてこうしたコストアップに多くのタワーマンションが耐えられるだろうか。住民の高齢化は着実に進む。いつまでも価値を保ち続け、売買が容易なマンションとして存続するには膨大な費用を全所有者で負担していかなければならない。

ただでさえ、一般居住者に加え、投資家、外国人、相続対策目的の高齢者などさまざまな思惑を持った人たちの集合体であるタワーマンション。管理組合での決議にあたっては難航を極める姿も想像される。あがめ奉られてきたタワーマンションの未来は必ずしも明るいものとは限らないのだ。

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牧野 知弘(まきの・ともひろ)
不動産プロデューサー
1959年生まれ。東京大学卒業。第一勧業銀行(現:みずほ銀行)、ボストン コンサルティング グループ、三井不動産などを経て、2006年日本コマーシャル投資法人執行役員に就任しJ-REIT(不動産投資信託)市場に上場。15年オラガ総研株式会社を設立し、代表取締役を務める。全国渡り鳥生活倶楽部代表取締役。主な著書に『空き家問題』『ここまで変わる!家の買い方 街の選び方』(いずれも祥伝社新書)、『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄 その相続は重荷です』(文春新書)など。
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(不動産プロデューサー 牧野 知弘)