【赤木智弘の眼光紙背】忘れ去られてしまった、「お金の大切さ」 - 赤木智弘
※この記事は2012年07月21日にBLOGOSで公開されたものです
「さようなら原発10万人集会」での坂本龍一氏。（7月16日、AP/アフロ）
赤木智弘の眼光紙背：第230回
７月16日に代々木公園で「さようなら原発10万人集会」が行われ、大勢の反原発派で会場がうめつくされた。参加者の一人である、ミュージシャンの坂本龍一が、メイン会場の壇上で「たかが電気のためになんで命を危険に晒さなければいけないのでしょうか？」と述べた(*1)ことに対して、反原発側からの賛同の声と、自体を冷静に見る人からの批判の声が上がっている。
僕としてはもちろん、その「たかが電気」とやらが僕達の生活の土台になっていることは否定のしようがないわけで、それを「たかが」と言い捨てることは、自分たちは人権や発言権を守らるという土台の上に立ちながら、他人の人権を踏みにじるネトウヨと同じ無責任さが包有されていると考える。もっとおちゃらけた感じで言えば、「たかが電気がなければ、教授ご自慢の日産リーフ（ガソリンを全く使わない100%電気自動車。坂本龍一がCMに出演している）も、動きませんよ」と批判しておいてもいいだろう。
軽口はともかく、世間的には「たかが電気」という発言が注目されているが、僕はその後に坂本が口にした「お金より命。経済より生命」という言葉。そしてその言葉に会場から歓声が上がり、ブーイングの１つも聞こえなかったことの方に深い絶望を感じた。
当たり前の話だが、お金と命はトレードオフの関係ではない。資本主義社会において人間の命とは、必要十分なお金があって、はじめて活かされるものである。もし、命さえあればお金が無くてもいいというのであれば、それこそ「口に糊して暮らせ」ということになる。そうした意識は昨今の生活保護に対する過剰なバッシングと重なるものである。
また、この言葉が有する価値観に対して、僕は「まるでディストビア社会志向だな」と感じざるを得なかった。「お金よりも命」というスローガンを達成するために、人々はお金を没収され、命を削るような行動、例えばタバコや飲酒、塩分や糖分の過多といった行動を制限される。そうしてただ闇雲に「命」を引き伸ばすための社会を彼らは志向しているのだろうか。
資本主義社会においては、お金の存在が人間の自由を担保するのだし、また命至上の考え方は、人間の様々な自由の制限につながる。そのことに気づかない坂本龍一と、その言葉に歓声を上げる連中の独善さに、僕はほとほと呆れてしまった。
そして何より、僕が一番この言葉に腹立たしさを感じたのは、彼らもまた原発事故前までは、お金が人間の自由のために必要だということを理解していたはずの人たちだったに違いないからだ。
この集会に参加するような人の中には、かつて派遣労働者の派遣切りが問題になった頃に設置された「年越し派遣村」などに参加した人もいるのは間違いない。そうした中で貧困問題が重大なトピックとなり、資本主義社会に生きる人間にとって、お金がどれだけ重要かということを学んだはずである。
しかしそうした人たちが原発事故が起きた途端に、あれだけ社会問題となっていた貧困問題を忘れ去り、反原発運動に傾倒した結果、「お金」というものの重要性を忘れ「お金より命」などという安易なスローガンに歓声を上げるようになってしまった。そのことが僕にとっては本当に腹立たしいし情けなく思う。
*1：代々木公園に17万人！坂本龍一「たかが電気のために」と脱原発を訴え（芸能ニュースラウンジ）
プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。
・@T_akagi - Twitter
