※この記事は2012年07月14日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第229回

　今月５日に上野動物園で産まれたパンダの赤ちゃんが11日に亡くなったそうだ。

　地元観光連盟では大切な「客寄せパンダ」が亡くなったことに関して、経済的損失は莫大だとしており、そのちょっとなんというか、人間としてアレゲな感覚の吐露にほっこりしてしまう。(*1)

　中国などでは、ネット掲示板で「石原慎太郎が殺した」などと批判されているようだと、他国の欠点をあげつらいたいメディアがわざわざ報じている(*2)が、日本のネット掲示板やTwitterなどを見るに、女性タレントが殺したことにしたり、放射能の影響で死んだことにしている人たちもいるようだ。日本のメディアなら外国よりも先に自国の問題を取り上げるべきだと思うのだけれど。


　嫌味はともかく、赤ちゃんが亡くなってしまったのは残念ではあるが、パンダの赤ちゃんがどうやら死にやすいということを差し引いても、赤ちゃんの時が一番死にやすいのは生き物の道理であって、それもまた致し方ないのだと僕などは思う。

　人間の出産は、西洋医学の発達によって、そのリスクは非常に小さくなっている。それでも母子ともにリスクが無いとは言えないことは間違いがなく、また最近では妊婦の高齢化が進んでいることから、ダウン症の発生など、別の側面のリスクが高まっている部分もある。

　しかし、僕達の多くがそうしたリスクを真正面から考えておらず、妊娠したら無事に子供が産まれるのが普通だと思っている感覚がある。

　2010年に助産師がK2シロップの代わりとして、水を染み込ませただけの砂糖玉（レメディ）を与えていたことにより、赤ちゃんがビタミンＫ欠乏性出血症で亡くなったという問題があった。

　また、自然分娩として24時間風呂を使って子供を水中出産させて死亡させるという問題も、かなり前から何軒か上がってきている。 　巷では、自然分娩がいいだの、出産の痛みを堪えないと子供に対する愛情が産まれないから無痛分娩は悪いだの、まるで出産が妊婦さんのライフスタイルか何かのように考えられているようだが、そこには出産のリスクに対する軽視があるように思う。

　出産で扱うのは、妊婦さんの命もそうだが、これから生まれてくる子供の命でもある。命が産まれ、しばらく弱い状態で置かれて徐々に強くなっていく。その時に子供の命を支えるものは、親のライフスタイルでもなく、自然でもない。それは十分に論理技術ともに確立された医学である。医学を軽視することは、すなわち子供の命を軽視することである。

　しかし、そうして医学を尽くしても、子供が死んでしまうこともある。人間は完全ではなく、子供が死ぬこともまた自然の摂理である。医学を駆使して最大に子供を守りながら、しかし死んでしまうリスクも視野に入れ、そのことを受け入れる。

　子供が生まれて、そして死ぬということは、自然と人間の叡智のせめぎ合いなのだということを、今回のパンダの赤ちゃんが亡くなってしまったニュースを見聞きしながら、しみじみと思い返した。


*1：「赤ちゃんパンダ死ぬ　地元ガックリ「経済損失莫大」」（産経新聞）http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/topics/575896/
*2：パンダの赤ちゃん急死　犯人にされた石原都知事（産経新聞）http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120713-00000516-san-int

プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

・@T_akagi - Twitter