※この記事は2012年06月30日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第227回

　名古屋の市バスで、客に文句を言われて怒った運転手が、８名の乗客を残したまま、バスを放置して立ち去ったそうだ。

　最初にニュースを聞いた時には「自分が神様か何かだと思っている、理不尽な乗客っているよなー。こうした乗客にも笑顔でハイハイ言わなければならないから接客業は大変だし、キレる気持ちもわかるよ」と思っていた。しかし、ニュースを見るに、この運転手は過去にも問題を起こしているようで、性格に問題のある人物のようだ。

　特に昨年の３月に起こしたという、口論相手にバスを接触させた問題などは、運転手として言語道断であり、このような人物をクビにできないのは、公務員制度の欠陥だという批判の１つもしたくなる。

　しかし、そのようなことを知った私がこの件に関して考えているのは、そういうことではない。

　昔の日本、いや僕が子供の頃には、そんな社会不適応な大人が、少なくなかったように思う。僕が子供で合った頃には大人は怖い存在であった。そうした怖さは大人として子供に厳しく接したりするという大人像ではなく、大人という大きな体と腕力を持ち、何か突然怒り出したりする人という印象として、自分の中に残っている。それは子供であった僕の勘違いではないと思う。

　今の日本にはそうした「怖い大人」が少なくなった。

　しかしそれは、最近の子供はダメなのだという話につながるのではなく、それはそうした大人が僕達の知らない内に社会から排除されて、どこかにフッと消えてしまったのではないかという疑念につながる。

　かつてであれば、彼らが当たり前に起こしていたであろう問題が、公務員の特権であるかのように報じられるのを見るに、逆に言えば公務員という最後の労働者の楽園にしかそうした人間が住めなくなってしまったという現状として考えざるを得ないのだ。


　僕だって、そういう連中は嫌いだ。自分勝手ですぐ切れるような人間と会いたくも無いし、そんな人間の運転するバスなどに乗りあわせたくはない。文句をつけた客を除けば、とても災難だと思う。

　しかし、嫌いだけれども、では彼らは社会から排除されていくしかないのか。彼らを排除することは果たして正義なのか。

　僕達を嫌な気持ちにさせる大人を、自分たちの理性で言い込めるのではなく、そうした運転手を排除する圧力を、例えば「こうした運転手をクビにするべきだ！」などというように社会の側に求める事は、彼らの前で苦虫を噛み潰すしかできない僕達の理不尽でわがままな動機に支えられ、これまでも多くの人達を社会から排除してきたのではないか。僕は、いまの社会が、そうした人たちをどこかに消し去った上に成立した、ズレた社会なのではないかと感じている。

　そしてそうした社会においては、貧しい僕も、やがては「貧しいことは自己責任」だと圧力をかけられ、誰も気づかぬ内に、これまでも多くの人が消されていったように、社会からひっそりと消えて行くしかないのだろうか。そんな寂しさを感じている。

1*：＜名古屋市バス＞運転手、客に文句言われ運行を放棄（毎日新聞）http://mainichi.jp/select/news/20120629k0000m040136000c.html

プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

・@T_akagi - Twitter