※この記事は2012年06月23日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第227回

　京都の舞鶴市で、生活保護をめぐる象徴的な攻防があった。

　３人の子供と胎児を抱えた母子家庭の母親が生活保護申請をしようと市役所を訪れたが、市職員はお笑い芸人の生保受給問題を持ち出し「最近、結構（市民の目が）厳しい」などとして、まともにとりあわなかったという。(*1)


　市民団体が立ち会い、京都府に相談などをして、府から市に指導が行ったことにより、ようやく申請が通ったようだが、そもそも生活保護の申請は当然の権利であり、役所の職員がそれにいちいち口をだして申請書類そのものを受け付けないというのは、ただの職務怠慢である。

　生活保護を受ける資格があるかどうかの生活状況調査や資産調査は「申請の後」に行われることであり、申請前に職員と相談する必然性などなにもない。にも関わらず「相談」という呼び名の水際作戦が行われていることが、この記事で明らかになっている。

　もしこれが婚姻届や離婚届を出しに行ったら、役所の職員が「相談を受けますよ」と称して、「こんな相手との結婚は考えなおした方がいいよ」とか「夫婦は大変なこともあるけど、我慢も覚えなきゃだめだよ」と説教じみたことを言い出し、それらの書類そのものを受理しなかったらどうなるだろうか。私達が選択するはずの人生が、いとも簡単に役所の人間に左右されてしまうことになる。そんな馬鹿馬鹿しいことはあってはならないはずだ。

　しかし、生活保護申請に対して行われている水際作戦においては、役所の職員が窓口でいとも簡単に、そして職員には一切その自覚もなく、相談者の人生が大きく左右されてしまう。その左右とはまさに「生きるか死ぬか」という意味である。そうした生殺与奪権がなぜか窓口職員に与えられてしまっているのが現状だ。


　ジャーナリストの勝谷誠彦がテレビ番組において、「公明党と共産党の区議や市議が（生活保護の）口利きで票を集めている」という質問をし、元共産党幹部の筆坂秀世がそれに「事実です」と答えている。(*2)

　このように、政治家や、今回のような市民団体、または市民団体を称す貧困ビジネスの実践者、そして生活保護を受け慣れている人たちなどが、役所に同行をすると生活保護が受給しやすくなるという事実を指して「生活保護が一部の人たちの利権と化しているのだ」などと指摘する人がいる。

　しかし、窓口職員に不相応な生殺与奪権が付与されていることを考えれば、そうした権力に対して対抗出来るだけの対抗権力を申請側が持たなければ、生活保護申請すら受理されないという状況そのものこそが、一部の人たちだけが生活保護申請を通す権力を与え、それが利権に変化するという現実を生み出してしまっていることが理解できるはずだ。

　今回の女性だって、２度も自分だけで生活保護申請を行なって、窓口職員はそれを理不尽な権力でもって撥ねつけている。理不尽な撥ねつけに対抗するために、市民団体や政治家の力を利用したとして、それを批判する権利が誰にあろうか？

　その権利があるとすれば、それは申請者自身であろう。

　「生活保護を申請するだけで、なぜ政治家や市民団体に借りを作らなければならないのか。自立するための生活保護申請に、そうした有象無象がくっついてくるのであれば、それは全く自立の助けにならないではないか」そう、申請者は批判するべきである。

　生活保護の申請は個人の権利であり、そのことを阻害する要因、すなわち窓口職員への不相応な権力付与は排除されるべきである。そのことを窓口職員はもちろん、市民団体などの側も肝に銘じてもらい、申請者に余計な負担を与えることがないようにしてもらえればと思う。


*1：生活保護:３３歳女性の申請拒否、指導で受理　京都・舞鶴（毎日新聞）http://mainichi.jp/select/news/20120620k0000m040073000c.html
*2：勝谷誠彦「公明党と共産党の区議や市議が、生活保護の口を利いて票を集めてるのは事実でしょう？」筆坂秀世（元共産党）「事実事実」（Togetter）http://togetter.com/li/314542

プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

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