「重たい課題を抱えながらも何とか動いている」―被災地の造り酒屋の現状― - BLOGOS編集部
※この記事は2012年06月22日にBLOGOSで公開されたものです
震災とそれに伴う津波により、大きな被害を受けた岩手県宮古市。同市内にある菱屋酒造も津波による被害を受けましたが、現在では酒造りを再開しています。同社の専務である斉藤鉄郎氏に、震災から現在までを振り返っていただきました。【取材・執筆：BLOGOS編集部 田野幸伸・永田正行 取材協力：福田記子】「再開は不可能だと思った」
―震災発生当時は、何をされていましたか？
斉藤鉄郎氏（以下、斉藤氏）：11日は酒の仕込みの最中で、会社の中にいました。大津波警報が出たので、従業員と一緒に逃げました。全員無事でしたが、女性の社員とパートは会社の近くに自宅があるので全員が家を流されてしまいました。
―津波で水が引いた後に、こちらの工場の様子を改めて確認されたと思います。その時はどんな状況でしたか？
斉藤氏：直後は、瓦礫で道がまったく通れない状態。翌日も道路という道路が通れなかった。初めて工場にまで来ることができたのは、21日か22日。自衛隊が道路の瓦礫を撤去して、道路が通れるようになってからですね。
貯蔵庫は、壁が抜けて全部酒が流れていました。今は新しくなっていますが、米を使って酒を作る工場も流れました。この辺は一階の天井を超えて水が来たので、普通の家はほとんど流されたはずです。この家は、鉄筋コンクリートなので残りました。
―その様子を見て、またすぐ再開しようと思いましたか？
斉藤氏：不可能だと思いました。やるにしても、在庫が全部流れたから、しばらく売る商品が無い。
でも、二階に貯蔵しておいた分や仕込みの酒蔵のタンクに残っていた酒があって、それらを回収して売るということをしていました。津波でインフラ、水道も電気も下水も全部止まっていたので、酒を冷蔵することもできない。置いといていても仕方がないので、全部売るという方針にして、2ヶ月ぐらいで全部売り切りました。先の見通しがわからなかったので。
仕込蔵は普通の建物より高く天井が５ｍ以上あるのですが、そういうところの天井にまで水が来ていました。酒のタンクが浮いてしまって倒れていたり。そういうものを一旦出して、中に入っているものを綺麗に清掃したところ、一本だけ無事なタンクが見つかったので、６～８月ぐらいまでは売る商品がありました。
６月に片付けが大体終わった頃、宮古の信金の人からセキュリティファンドを紹介されました。これで資金的な援助を、4,000万くらい集めようと考えました。また、宮古市から補修費の半額補助が出るということで、なんとかやっていこうと動き始めたんです。
―ファンドはすぐに集まりましたか？
斉藤氏：３月までに50％くらいだったかな。少し延長したので７割くらい集まりました。一口１万円で5,000円が義援金、5,000円が出資金、500円が手数料ですね。4,000万だとうち2,000万が寄付金です。儲けるというのではなく、応援するファンドですね。
―当座の資金繰りとしては、かなり有効ですよね？
斉藤氏：はい。これがないとすぐに工事を始めるのは難しかった。ウチは、国からの補助が決まる前に、工事を始めましたから。補助金の決定を待っていたら、工事の完了は３～４月になっていたと思います。
―建設業者が、かなり混雑していたという話を聞きましたが、その辺りの状況はいかがでしたか？
斉藤氏：８月の末に地鎮祭などをやって工事を始めたのですが、資材が入ってこず、９月中は全然工事が進みませんでしたね。地元にウチで馴染みにしている大工さんがいて、その人は木工とかその辺をやってくれました。
10月半ばには資材がだいぶ入ってくるようになって、だいたい11月末くらいで一応工事が完成。12月から仕込みを始めました。
―12月から仕込みを始めると、それが製品として完成するまでにはどれくらいの期間が必要なんですか？
斉藤氏：米を蒸したのが12月5日。年明けの１月４日に宮古市の市民交賀会、商工業者が集まる会があって、それに間に合わせようと考えました。通常一ヶ月だとちょっと短い。普通は40日程度掛かります。本来ならば１月半ばくらいの出荷が普通でしたが、何とか間に合わせて１月４日に初出荷しました。
―鏡開きを地元のお酒で。
斉藤氏：やりました。一升瓶を持っていって。樽ではなくて、一升瓶を出しました。１月に出せるとは思っていなかったので、よかったと思いました。市民の人も喜んでくれました。
―現在の生産量は、震災前と比べてどれくらいですか？
斉藤氏：大体９割くらいですね。普通に呑む酒、２級と１級酒がちょっと足りないです。 生産量でいえば、それぐらいですが出荷量で言うと、１月２月は仕込んだばかりだからそれほど出ない。３月は例年以上に出ていますね。多分今月（取材時は4月）も例年以上に出ると思います。今のところ復興需要というのがあるので。
―生産量はほぼ以前の水準まで戻っていらっしゃるようですが、今後の課題となっている部分はありますか？
斉藤氏：仕込みは割合順調に出来たのですが、瓶詰めする際にトラブルがいろいろあります。機械が全部流れたので、今までと違う中古の機械でやっているのですが、小さい瓶に酒が詰められないという問題があります。300（ml）から上の瓶は詰められるのですが、それより小さいのは詰められない。他には、前にあった建物より小さくなっているので、資材とモノを置く場所に困っています。在庫を置くのに手狭です。
軽く計算しても負債、借金は１億くらい
―先ほど復興需要というお話がありました。「被災地のものを買って応援しよう」という機運があるかと思いますが、県外からの発注が増えた、といった実感はおありですか？
斉藤氏：ありますね。消費者が直接買ってくださるというのもあります。ファンドに出資してくれた方が買ってくれたり、メールで注文来たりします。九州からも注文をもらったりしています。
―被災してから、一月に再び製品を出荷するまでの間で、一番苦労された点は？
斉藤氏：先の見通しがどうなるかわからなかった。ちゃんと再建してやっていけるのかもわからない。この辺もだいぶ被災しましたから。民家は戻ってくるまで、まだ１年くらい掛かりそうですし。この辺は、民家が無いから小売店も無い。買ってくれる人がいなければ小売店を出しても意味が無い。ウチは他にも売るところがあるからやっていけるのですが、この辺に民家が建たないと復興は始まらないというか出来ないと思います。
この辺には県が防潮堤を作って、その内側に家を建てられるようになるらしいです。その計画が決まって宮古市が道路の幅を広げるらしいので、それが決まれば住宅の建設が始められると思います。それが決まるのがいつになるかなあと思います。とりあえず防潮堤の位置を決めてもらわんといかんですね。
―見通しが立たない不安の中で、「よし、やろう」と決断なさった理由は？
斉藤氏：社長が「やりたいやりたい」と言うからですね。計算と見通しが立たないから、どんなもんかなあと、私は思ったんですが。ウチの会社は160年くらいの歴史があります。ずっと酒造りをしてきて、自分の代で辞めたくないという気持ちがあったようです。
―これは本筋から離れるかもしれませんが、一般的に若者が日本酒を呑まなくなってきているという話があります。専務の考えられる日本酒の魅力を教えて下さい。
斉藤氏：宮古ですとお魚に合う。それから日本酒にもいろいろあるので、２級酒やカップ酒だと若い人が離れてしまいますよね。日本酒にも美味しいお酒がある、そういうのを呑んでもらわないといけない。
―海外からも引き合いがあったりするのでしょうか？
斉藤氏：ええ。岩手でもアメリカに売ったりしていますね。ウチはそこまでやる余裕がないですから。外へ出すと為替の変動があるから、去年の夏とかは大変だったと思いますよ。為替を元のもので計算しているとやっていけないはずです。１ドル120円が80円になったりすると苦しいですよね。
―地元で長く商売をされていると、横のつながりもあると思います。１年経って今、宮古市はどのくらい戻ってきていると感じていますか？
斉藤氏：この辺はまだまだですが、中心の方、商店街、末広町の方はだいぶ戻ってきていますね。お酒そのものは割りと数が出ているように思います。この辺も呑み屋が全部なくなって、今やってるのは寿司屋が一軒だけですが。
―先程「見通しが立たない中でやっていかなければならなかった」というお話がありましたが、現時点での今後の見通しを最後にお聞かせください
斉藤氏：軽く計算しても負債、借金が１億くらいになります。年間100万返すとしても100年かかる。それなりに利益をあげて、長くずっとやっていかないといけない。利益をあげている状態を続けないと返せない。重たい課題を抱えながら、何とか動いてる感じです。
―本日はありがとうございました。
関連情報
・菱屋酒造店Tel:0193-62-3128
