※この記事は2012年06月09日にBLOGOSで公開されたものです

赤木智弘の眼光紙背：第226回

　地下鉄サリン事件や東京都庁に小包爆弾を送りつけた事件など、オウム真理教が引き起こした複数の事件への関与が疑われる菊地直子容疑者が逮捕された。

　それを知った、同じくオウム真理教の事件に関わる疑いがあり、逃亡している高橋克也容疑者が、潜伏先から逃亡したとして、警察庁は捜索を強化するようにと、全国の警察本部に通達を出したという。

　まぁ、ここまでは別になんのこともない話しなのだが、このことに対して、朝日新聞が変な報道をしていた。

　朝日新聞によると、その通達が出た６日に、高橋容疑者が潜伏していた川崎市内の全８署長が、意見交換会として酒宴を開いていたことが分かったということだ。(*1)


　一読して、少し体が震えた。

　少し前に、警察がストーカー事件の被害届受理を先送りして慰安旅行に行っていた問題の時にも、なんでそこまで警察の人たちに対して禁欲を迫るのかと、不思議に思ったものだ。とはいえこの時は確かに怠慢の部分もあったので、特にそれ以上考えることはなかった。

　しかし、今回の件は、それとは多少毛色が違う。「犯人が逃げているから酒を飲むな！」と言ってしまえば、警察の人間は仕事に就いている限り酒を飲むことができなくなってしまう。

　飲酒といえば５月に市職員が酒に酔って暴行や傷害容疑で逮捕されたことを受け、福岡市長が市職員に対して１ヶ月の自宅以外での禁酒を命じた。(*2)

　首長による権力の暴走といえば、石原慎太郎や橋下徹を思い浮かべがちであるが、この件で私は福岡市長の高島宗一郎も彼らに勝るとも劣らない暴走権力者ぶりを示したと認識している。

　最近、特に思うのだが、権力者がその権力をあからさまに振る舞う時というのは、そこで命じられるものは極めて「どうでもいい」レベルのことが多い。そして、そうしたことはわりと当たり前のように受け入れられる。だからこそ権力の暴走は怖い。そう感じるのだ。

　もし、暴走した権力者が「アイツを殺せ」と命じるのであれば、それに対して多くの人は拒否をするし、その権力者は周囲から、おかしな人であると認識され、権力の座から追い落とされるだろう。

　しかし例えば、会社の会長が「ネクタイの色はエンジ色に統一」と言ったとして、それが当たり前になると、やがて紺や緑のネクタイを締めたがる人に対して「わがままだ」と感じるようになっていく。他にも「トイレを素手で洗え」とか「30分前に出社をして、会社の前を掃除しろ」など、十分に批判できない行為に対する権力行使は、よいものとして受け入れられてしまうことがある。受け入れられた状態で「私たちは好きなネクタイを締める権利がある」とか「トイレ掃除にはゴム手袋を使いたい」とか「掃除が業務命令なら、労働時間に含むべきだ」という真っ当な批判をしても、容易にハネられてしまう。

　私は、この手の「酒を飲むな」という批判も、それと似た様なものだと考えている。

　「酒を飲まずに、まじめに働け、不祥事を起こすな」という主張には、反対しにくいところがあるが、それでも20歳以上の成人であれば当然、酒を飲む権利があるはずだ。しかし、そうした権利が今回失われつつある。

　今回の朝日新聞による批判も、福岡市長の暴走に触発された類のものであると私は考えている。権力の暴走という針が少しでも風船に触れれば、無残に割れて飛び散るかのように、こうしてすぐさま連鎖して波及し、私たちの権利を奪い尽くしていく。そのことの恐ろしさを、今回改めて感じて、少し体が震えたのだ。

*1：川崎市内の全署長が飲食　高橋容疑者捜索強化指示の当日（朝日新聞）http://www.asahi.com/national/update/0607/TKY201206070250.html
*2：禁酒令:福岡市職員に１カ月　不祥事対策「自宅以外ダメ」（毎日新聞）http://mainichi.jp/select/news/20120521k0000e040224000c.html

プロフィール
赤木智弘（あかぎ・ともひろ）
 1975年生まれ。自身のウェブサイト「深夜のシマネコ」や週刊誌等で、フリーター・ニート政策を始めとする社会問題に関して積極的な発言を行っている。著書に「若者を見殺しにする国 (朝日文庫)」など。

・@T_akagi - Twitter