困ってる若者”がブラック企業に負けず「幸福」になる方法～古市憲寿×大野更紗×川村遼平―「若者」三者鼎談前編―～ - BLOGOS編集部
※この記事は2012年06月07日にBLOGOSで公開されたものです
現代社会の問題点を改めて提示する新感覚のインタビューシリーズ「SYNODOS×BLOGOS 若者のための『現代社会入門』」。今回は、番外編として若手論者による三者鼎談を実施いたしました。ご登場いただいたのは、「絶望の国の幸福な若者たち」の著者で社会学者の古市憲寿氏、「困ってるひと」がベストセラーとなった作家の大野更紗氏、NPO法人POSSEの事務局長、川村遼平氏の3名。3人の若手論者に、「若者」が現代社会をサバイブしていく上で必要な労働に関わる知識と、日本の雇用の問題点を語っていただきました。鼎談の様子を前後編2回に渡ってお伝えします。【取材・構成：永田 正行(BLOGOS編集部)】「ニッポンの会社」に広がる「働きにくさ」
―今回の企画のきっかけになったの、NHKで放送された「職場を襲う "新型うつ"」という番組をめぐるお三方のTwitter上でのやりとりでした。
古市憲寿氏（以下、古市）：あの番組に関しては「新型うつ」を議論のきっかけにして、現代の「働き方」の問題を考えてみたいという意図があったと思います。「うつ病が特殊な病気」と決めつけてしまう前に、そうした症状の人の増加を労働環境の変化や、社会全体の変化として捉えよう、と。番組内の再現ドラマだけではちょっとわかりにくかったかもしれませんが、「新型うつ」という特殊な個人がいるわけではなくて、社会の変化の中で「新型うつ」が生まれてきているという話だと思います。
大野更紗氏（以下、大野）：働きにくい環境というか、「働いていると苦しい」という状況に多くの人が置かれているということですか。
古市：「新型うつ病」は一部の人の病気かもしれないけれど、結局その裏側には「新型うつ」状態の一歩手前の人や、会社に行くことはできるけれど、ちょっと気分はおかしいとか、なんらかのストレスを抱えている人がいるわけですよね。「新型うつ」を特殊な事例ではなく、氷山の一角として考える。そういう「働きにくさ」みたいなものが社会に広がっているという認識だと思います。
大野：それほどまでに苦しい「ニッポンの会社」というのは、どのような組織なんでしょうか？
古市：まず大きなデータを示しておくと、厚生労働省が実施している労働者健康状況調査によると、働く上で強い不安やストレスを感じている人が６割くらいいるとあります。そういう働きにくさや過労死といった話は大ざっぱにはわかるのですが、正直実感としてはわからない部分も多い。僕はフリーで適当に生きている人間ですから(笑)。
川村くんは、普段から働く人の労働相談にのっていますよね。そうした現場の実感を交えて今の日本が抱えている「働きにくさ」について教えてもらえると嬉しいです。日本の労働環境や、職場におけるうつ病の問題をどう捉えていますか？
川村遼平氏（以下、川村）：「職場におけるうつ病」に関する統計はなかなかないので、トータルに話すのは難しいですが、東京都の産業労働局がメンタルヘルス系の相談について集計しています。（参照リンク）
古市：そもそも、この統計における「メンタルヘルス」というのは何なのですか？
川村：ここに書いていることと同じですが、「本人自らが心の問題を抱えている場合」「使用者との調整の中で心の問題が浮かび上がってくる場合」について、メンタルヘルスとカウントしています。なので、あくまで参考の数字です。
古市：本人の自己申告で、本人が言わなければ、それはカウントしていないということですか？
川村：「使用者との調整の中で」とあるのは、使用者と話していて、「あの人ちょっともしかしたら」という話が出てきたらということだと思います。これによると、メンタルヘルスに関連して、労働問題となるケースには大きく分けて２つの種類があります。
一つは、「会社が従業員の自主的な退職を迫るあまり、それが「いじめ」に繋がり、精神的に追いつめられて発症する場合」。もう一つは、「職場の人員削減が進み、特定の従業員に多くの仕事と責任が積み重ねられ、その重圧に耐えかねて心身の不調を訴える場合」です。相談を受けている感覚としても、かなりそれに近い実感を持っています。
大野：なるほど。この２つのモデルケースはとても大事ですね。私は現在、会社組織に属していないので、以下は想像ですが。
前者については、会社側が「何らかの都合」によって、従業員に辞めてもらわなければならなくなった際に、「なんとなく、辞めてほしい空気」を職場でかもしだすということによって、退職を迫っているというようなイメージですか？
川村：そうですね。それに加えて、具体的ないじめ・パワハラにつながって精神的に追い詰められて発症するというケースもあります。
大野：もう一つのケースについては、昨今の経済情勢の悪化などが要因となり、雇用調整やリストラによって、人員整理が進む。しかし、会社組織の中の仕事量は変わらない。よって当然のことですが、一人の正社員の人にのしかかる仕事の量と責任がものすごく増えている。その結果として、心身の不調を訴えるということですね。
川村：相談が寄せられることの多いアパレルや小売、外食といった業界では、非正規の人が職場に多い。それこそワタミや大庄では、20代の社員の過労死が起きています。ああいう会社で正社員になると、入社一年目で店の業績に対しても責任を負います。
多くの労働者が解雇に対して”泣き寝入り”しているのが現状
古市：よく日本型雇用慣行の歪みという話がされますよね。つまり解雇規制が厳しいことが原因で、会社としてはなかなか従業員のクビを切ることが出来ない。会社が従業員のクビをなかなか切れないから、自主的な退職を迫るしかなくて、いじめなど、精神的に追い詰めるということにつながる。人員削減が進んで従業員が少ないというのも、そもそも解雇規制の問題と絡んでいるとよく指摘されます。
解雇規制が厳しいので、人がなかなか切れない。であれば、一番忙しい時期にギリギリで回せるくらいの人員を取ることが企業にとって合理的になってしまう。その結果、仕事や責任が集中してしまう。そういう理解で良いですか？
川村：解雇規制に関してはちょっと微妙なところがあります。多分念頭におかれている「解雇規制」というのは、裁判などの紛争の場で初めて出てくる話なんです。
大野：中小企業は、法務について専従の事務を雇う余裕もないから、ざっくりしていそうな気がします。社員が数名しかいないような小さな企業であれば、業績が悪化して倒産しそうになったときに「なんとなく、空気」が職場に蔓延するのはわかります。
しかし、いわゆる東京証券取引所一部に上場しているような「大企業」には、たいてい、法務部門がありますよね。日本における整理解雇規制というのは、大企業の場合、法務部門が判例に即して判断しているのですか？
川村：ここら辺は、細かく説明しますね。まず、実際に解雇を不当だと裁判で争うのは、今の若者の行動としては少数だと思います。そうすると、辞めさせたい人間を辞めさせるハードルは、実態としてはそれほど高くないですよね。
大野：一概には言えませんが、年齢が若い場合は、もし解雇されたらその会社と裁判で長々と争う時間的・金銭的・精神的負荷を負うよりは、「さっさと次の仕事を探そう」とか「さっさとこの先の人生を立て直そう」と考えそうですが。
古市：誰に相談してよいかもわからないですし。
大野：信頼できる弁護士を探して私企業を訴える、というのは若者にとってはものすごくハードルが高い。それだったら黙って泣き寝入りして、次に働く企業や場所を探した方が楽そうですが…。
私企業や民間の領域における「解雇に対する抵抗感」というのは、高度経済成長期やバブル期に比べれば、希薄になっている気がします。経済的な不況が長引いて久しいです。若者にとって終身雇用はもはや、自明のものではない。
古市：だとしたら、なぜ企業はクビを切らないのですか？
川村：これについても、産業労働局の分析はかなりいいところをついていて、「自主的な退職を迫っている」というんです。
古市：自主的な退職？
川村：つまり勧奨による退職ではないということです。これは、法律上の意味合いが違う。解雇というのは会社の法律行為として、労働者には有無を言わせずに辞めさせることです。一方、「勧奨退職」とは、会社側が申し入れをして、労働者がそれに合意して辞める場合」を言います。それに対して、「労働者側から申し入れがあって退職する場合が、ここで言う”自主的な退職”です。「退職を迫っている」というのと「自主的な退職を迫っている」のとではは位相が違うんです。
古市：自主的な退職を迫ることは、企業側にどんなメリットがあるんですか？
川村：はっきり言うとあまりありません。
大野：「自主的な退職」と、「退職」をしたのとでは、退職金が違うとか？
川村：退職金に違いがあることもあります。ただ、１～２年目で退職する人たちは退職金が元々ありません。不利になる点として、雇用調整助成金やトライアル雇用の助成金のような、雇用維持や雇用創出に関する助成金が受けられなくなります。
古市：受給の条件に、解雇数が多いか否かという項目があるんですか？
川村：退職勧奨や解雇をしたケースがあると、その助成金が受けられないという仕組みになっています。
古市：それは過去一件でもあると、ダメってことですか？
川村：そうですね。半年など、一定期間の間に限ってですが。こうした補助金が受給できなくなることを嫌がるというケースがあります。もう一つは後でも話が出てくると思いますが、言質として「自分から辞めました」という退職届を取っておいた方が無難という判断です。
大野：それはどういう意味ですか？
川村：「不当に辞めさせられたんだ」といって従業員から訴えられるリスクというのは、会社にとって、それほど大きくないと思います。それでも、万が一にも、そういうことが無いように、「労働者側が、自分の一身上の都合により辞めました」という書面をとっておく、ということです。企業が、過度に訴訟リスクに備えている。
大野：従業員のクビを切ることに対して、企業側が過度に防衛する傾向もあるのでしょうか？
古市：一時期、大企業が社員を辞めさるために、窓際族みたいなところにポストを作って、何も仕事を与えず部屋だけ与えて飼い殺しにするというニュースが話題になりましたよね。そういうリスクは結局起こっちゃうわけじゃないですか。いじめとかも今はパワハラで話題になり始めた。その中でわざわざ自主的な退職届を取ることに、どれだけ意味があるんでしょうね。
川村：現場ではそんなに合理的な行動ばかりが起きているわけじゃない、というのもポイントですね。
大野：今の川村さんの話を聞いていると、企業側でも、労働の法務や事情について、理解をしていない部分があるのではないかと思いました。「必要に迫られて解雇したいのだけれども、なんとなく、どうしていいのかわからない」。
川村：知らずにやっているケースもあります。今日の話では傍論ですが、最近問題になっているのは、「解雇すると大変なことになりますから、辞表をとっておいた方がいいですよ。その枠組み作りについては私たちがやります」と、社労士や弁護士が企業に営業をかけて、その退職届を出させるというところまでを一連のパッケージにしているケースもあります。
古市：従業員を円滑に辞めさせるということ自体が、一つの産業、ビジネスになってしまっているというわけですね。
大野：リスクヘッジビジネスみたいな。
川村：解雇というと大変だから、こういうふうに懲戒の規定を作っておいて、何度か懲戒処分にして、その上で解雇すれば大丈夫だという宣伝も見かけますね。社内のテストを受けさせて、そのテストの点数が悪ければ退職にしますというようなことをパッケージングしてやっていたというケースもあります。
退職させなければ、それは「強制労働」という犯罪
大野：じゃあ次に、個別の具体的な事例を見て行きましょう。
川村：概要として、１～３月の間にPOSSEに寄せられた相談をまとめてきました。この3ヶ月に105件の相談があったのですが、そのうち心身の疾病を伴う相談というのが24件あります。その具体例をいくつか抽出しました。
産業労働局の統計を意識して、大きく３つの部類にわけています。１つは過酷なノルマ。２つ目は採用後に事実上選抜を行う、あるいは過酷な仕事についていけなかった人を辞めさせるといったケースです。３つめは、何でやっているのかよくわからないという場合。「秩序崩壊型」というふうに呼んでいます。企業の経済的な利益も損なうタイプです。
1つ目の過酷なノルマや労働時間というケースについて、具体的な事例を紹介します。個人が特定されないよう、部分的に変えたところもありますので了承してください。まず、1件目は、過酷なサービス残業の実態があります。繁忙期は平均２時間睡眠で、前夜に連絡があって出張にいかなければならない場合もある。その時は、朝９時から次の日の朝３時３０分までというケースもありました。この方は、営業職だったのですが、相談に来た際には既に入院、休職中でした。相談内容としては「どうしたら辞められるのかを知りたい」ということですね。
古市：「どうしたら？」
大野：「どうしたら辞められるのか」というのは…。つまり、この人は「辞められなくて困っている」ということですか。
古市：法律的にはどうしたらいいんですか？
川村：法律的には行かなければいいです。
古市：行かなくても、従業員側に特に何もペナルティはないんですか？
川村：労働者は二週間前に退職の意志を表示すれば辞められる、というのが民法の規定です。反対に、辞めさせないと、殺人よりも罪が重いと言われている「強制労働」という犯罪になります。
大野：強制労働…。それはミャンマーの軍事政権下で、よくありました。
川村：就業規則によって、1ヶ月前など社内独自のルールを定めている企業もありますが、基本的には２週間です。
ただ、これは” まともな”契約関係、労使間での信頼関係が成立していた場合に意味を持ちます。サービス残業で過酷に酷使している、残業代を払っていないという状況で、労働者側だけ２週間前に退職の意思を表明するという義務を守らないといけないというのはおかしな話です。事例によっては、「明日から行かなくてもいい」とアドバイスするときもあります。
大野：しかも、この人の場合、過酷なサービス残業によって病気にもなっています。それに対して労災や傷病手当といった手続きについて、現状ではどういった対処がなされているのでしょうか？
川村：入院している状態だと一人ではなかなか難しいですし、労災保険も申請してからおりるまで時間が掛かるので、健康保険の書類の手続きだとか、そういう作業もPOSSEはサポートしています。
大野：どういうところに相談に行けばいいんですか？
川村：基本的には、労災の場合であれば、労災指定病院というところで治療を受けると、簡素な手続きで申請できます。しかし、多くの場合はそこに行っていないので、一旦労働基準監督署という官庁に申請しないといけない。
大野：労働基準監督署と、労災指定病院に行くといいと。全国の都道府県の労働基準監督署の所在地は、厚生労働省のHPで見られます。（参考リンク）。
古市：労災についてもう少し細かく説明してもらっていいですか？
川村：労働災害保険というのがあって、働いていることが原因で、あるいは、働いていた時に事故が起きて、病気や怪我になってしまった場合には、一定の給付を受けることができます。
古市：その保険は、誰でも加入できるんですか？正規、非正規、関係なく、雇用している側が入れないといけない？
川村：雇われて働く人は全員加入できますし、使用者には、加入させる義務があります。
大野：労働災害保険制度は正社員のみならず、パート・アルバイトなど使用されて賃金を支給されるすべての労働者に適用される、公的な制度です。
古市：フリーターなどで、自分に労災が適用されていると思っていない人でも、労災に入っているということですよね？
川村：そうです。誰かを雇って自分の指揮監督下において働かせている状態で、その人の健康や生命を害してしまった場合には、基本は使用者が全部負担すべきなんです。ただ、支払い能力というのは企業によって差があるので、国が保険制度を設けたのが労災の仕組みです。なので、誰でも入れないといけない。保険料も全額使用者が負担する。
大野：日本の労働環境における、もっとも基本的な、公的社会保険制度の一つですね。労災保険制度の特徴は、雇用保険に比べて、適用範囲がすごく広いんですね。
川村：そうですね。雇われて働いていれば誰でもです。２番目のケースも同じような話なんです。この人も過労で自立神経失調症になってしまった。しかも、辞めたいと伝えたところ、３ヶ月前に退職を申し出ることが就業規則に書いてあることを盾にして、「いきなり辞めるのは詐欺だ。だから１億円請求するし、どこに行っても働けないように警察にも手を回してある」と言われ、更に精神疾患が悪化し、うつ病にもなってしまった、というケースです。この手の相談も多いですね。
古市：実際の就業規則でこういうことを規定しておいても、法律が優先されるんですよね？
川村：そうですね、先ほど説明した通りです。また、仕事をバックれてしまったことにたいする損害賠償を会社が請求して認められる場合というのは、現実的に考えて、ほとんどない。これが認められるとしたら、「絶対この人でないとダメ」という代替不可能な仕事の場合です。古市さんの講演会なのに古市さんが来ないとか。
古市：寝坊とかよくするので心配です。
大野：なるほど（笑）。それは古市くんが損害賠償しなければならない可能性が、解釈上はあり得ると。
川村：はい。しかし、現実問題として、一般の労働者の場合、基本的に他の人でも代替可能で、出来ない仕事というのはそもそもあんまりない。その場合には損倍賠償請求はできません。
会社が契約を守っていないとか、そういう事情はなく本当に真っ当な会社なのに「バックれて辞めちゃいました」みたいなケースだったとしても、法律的に損害賠償が認められる場合はほぼ無いといっていいでしょう。
大野：しかしこのケースは…。この会社は、相当この人に依存していますね。だって１億円ですよ。「どこ行っても働けないようにしてやる」とか「既に警察にも手を回してある」とか脅迫をしてまで引き止めたいくらい、優秀で素晴らしい、会社にとって必要不可欠な従業員だということなのでしょうか。
川村：いや、おそらくそんな風には思っていないでしょう。
大野：いやしかし、かなりしつこいですよ。「約束を守れない奴はクズ」だとまで言っている。なんだか、DV（ドメスティック・バイオレンス）の事例検証みたいになってきましたが。今日のテーマは企業です、企業。
川村：本当にその人が大切だったら、こんな働かせ方はしないはずなんです。濱口桂一郎さんが最近研究で出しているのですが、「会社に対して何かモノを言う」という行為に対する反発というのが、非常に強い。「雇っている従業員をいくらでも好きにしていいんだ」ということが規範としてあって、そこからの逸脱と捉えて怒っているじゃないですかね、このケースの社長は。
大野：濱口桂一郎さんの「日本の雇用と労働法（日経文庫）」を見てみましょう。社内規則はヒエラルキーとしては、すべて法よりレベルは下でしょう？
川村：本来はそうです。
大野：それが逆転しているわけですよね？
古市：さっきの話で言えば、解雇規制については法律として、かなり厳しく規制されているけれど、「解雇しない」というところ以外についてはだいぶ緩い。長時間労働もそうだし、転勤もそうだし、使用者は自由に労働者を使うことが出来る。転勤の辞令にたてつく、つまり、会社に忠誠心を持っていないんじゃないかという行動に対しては、解雇さえもＯＫになるみたいなイメージがありますよね
川村：そうですね。それは２つのレベルに分けて考える必要があります。確かに応諾義務の範囲が広い。残業に応諾する義務、配置転換に応諾する義務、転勤に応諾する義務。
これは判例の中では非常に広く認められています。それが日本の特徴なんです。実際は退職勧奨やリストラされるケースはありますが、基本的に裁判所の論理で言えば、長期雇用を保障しているから様々な義務を受忍すべきだということになります。これは正社員だけですが、「量的なフレキシビリティを手放すかわりに、質的なフレキシビリティについては広く担保しましょう。それが雇用保障のために必要ですね」というのが裁判所の論理です。なので、応諾義務の範囲は非常に広いです。
サービス残業は” 横領もしくは窃盗”ということもできる
大野：川村くん、もうちょっと一般的な言語レベルで話してください。労働法の素人には非常にわかりにくい。おおざっぱに言うと、応諾義務を従業員に負わせることで、日本の会社は長期雇用で労働者の権利を守っている。他の国は必ずしもそうじゃないわけですよね？
川村：そうです。
大野：「ニッポンの会社」は、長期雇用で労働者を守ってあげているから、その代わり、転勤など会社の中のルールに従ってもらうということを、労働者側はある程度のんでくれという論理ですね。従来型の「ニッポンの会社」の労使関係は、「ムラの掟」＝「慣行」によって成り立ってきた側面が強いんですね。
川村：そういう理屈です。もう一つのレベルは、ここで説明しているケースにおける規範レベルです。これはもっと広くて、「病気になったからって勝手に辞めるんじゃねーよ」という話なんです。今の雇用慣行の話は非常に重要で、昔から「サービス残業」など、違法なことも会社はやってきているんです。
大野：蟹工船とか、女工哀史とか…明治、大正、昭和、近代日本文学の金字塔…。
川村：そこまで遡らなくても。あの頃は長期雇用慣行もまだないので（笑）。ただ、その後に長期雇用慣行が出てくるような時代になっても、サービス残業という形の違法行為があったわけです。「サービス残業」とは言いますが、残業代の未払いですから法律的には窃盗や横領と同じ犯罪です。でも、それは社会的に認められてきた。
古市：犯罪という意識はみんなあまりないですね。
大野：サービス残業は「横領」という犯罪、違法行為にあたると。「サービス残業」とかソフトな語感がいつごろから使われるようになったのでしょうか。「サービス残業」は、「賃金不払い残業」です。
川村：ただ、サービス残業などの違法行為も、先ほどの裁判所の論理と同じように、日本の規範としてより広く受け入れられてきた。そういうことだと思います。今ブラック企業が問題になっているのは、会社が労働者に課す労働者の規範、義務としては変わっていないのに、長年勤めるということがどうしても難しくなってきている。それが「ブラック企業」という言葉で表現されているんじゃないかと思います。
古市：雇用慣行自体は、実は昔と今もあんまり変わっていなくて、たまたま今まで大企業は潰れてこなかったし、これからも潰れないという幻想があったから、ブラック企業として語られないだけだった。実は非常に典型的な日本の企業はそもそも「ブラック企業」ということも出来るわけですね。
川村：はい。昔から過労死もあるし、残業代未払いもあるし、社内競争も非常に激しいという現実がありましたから。そういう意味で、そこががらっと転換したというよりは…
大野：徐々に可視化されてきたという、方向性なんでしょうね。よくなってきている。少なくとも、女工哀史の時代よりはよくなっている。
川村：そういうふうに捉えた方が有効なんじゃないかと思います。
古市：「ブラック企業」は、一部の中小企業だけの話ではなかったんですね。日本企業のデフォルトは「ブラック」であると。
川村：はい（苦笑）
古市：特に大企業だと、サービス残業が何十時間というのも普通に行われているし、みなし残業制度のため払われていない残業代がものすごいといったケースもある。あとは自動車会社なら、派遣を雇いにくくなったので、普通に大卒でホワイトカラーの正社員として雇った人を、工場に行かせたりするってことが起こっている。欧米じゃ中々考えられないようなことが日本では行われている。
大野：雇用保険制度の領域についても聞きたいのですが、雇用保険の方はどうですか？
古市：雇用保険ってそもそも何ですか？
川村：いろんなものを含むのですが、若者の働いている現場で一番大事なのは失業時の生活保障ですね。失業した後に、平均賃金の約６割程度の額が国から支給されます。
古市：雇用保険に入る義務があるのは誰ですか？
川村：労災とは違って必ずしも全員という話ではないです。31日以上雇用見込みのある人は加入させる義務が会社にあります。
古市：使用者を保険に加入させることを会社が義務付けられているわけですね。
大野：保険料は、労使折半の掛け捨て、強制保険ですね。つまり、それは実際にはどういうことですか川村くん。
川村：労使折半とは、働いている人も保険料を出すし、使用者も一定額出すということです。
古市：天引きってことですよね？
川村：そうですね。
大野：モーレツサラリーマンは、自分の給料明細の中身を見る余裕すら、あまりないのかもしれません。天引きされているのと同時に、たとえば自分がワタミ株式会社で働いているとしたら、自分とワタミ株式会社が半分ずつ国に払っている。そうして社会保険として、運用している公的な保険ですよね？
川村；掛け捨てというのは、最後までずっと長期雇用慣行の中にいて、定年まで失業しなかったという人はお金が返ってくるかというと全く返ってきません。失業してしまった人を社会で支えましょうという話です。
古市：正式名称は、雇用保険ですか？それとも失業保険ですか？
川村：元々は失業保険法だったのですが、今は雇用保険法という法律に定められています。
大野：失業した時には、ハローワークに行って教育訓練を受けたり、一定期間、失業給付金を受給したりすることもできます。失業した時に、次の仕事が見つかるまで、当面の生活に困らないようにするためのセーフティーネットですね。
川村：はい。現在相談の現場で問題になっているのは、先程の退職勧奨の話と関連することで、失業の理由が事業主つまり会社都合か自己都合かで受給出来る期間というのが違ってくるんですね。更に問題になるのは、自己都合で辞める場合は、３ヶ月間はペナルティとしてまったく失業保険が給付されないということです。
古市：辞めてからの３ヶ月間？
川村：ええ、まったく。なので、今の若い労働者にとって死活問題になるのは、自己都合になってしまうのか、会社都合になってしまうのかという線ですね。
大野：では雇用保険の領域では、自己都合か会社都合かということが、大きな問題になるんですね。しかしそもそも、どうして自己都合だと給付が制限されるの？
川村：雇用保険制度もさっき言っていたような、長期雇用慣行を前提に作っている制度なので、辞める人というのは勝手に辞めた人で、その人たちは生活出来るから辞めたのだろうという想定があるわけです。
大野：なるほど。今までの従来型の正社員みたいな方々が「普通」の社会を前提にしているわけですね。たとえば育児とか介護とか、病気とか、そういった自己都合で退職するような人間は、それなりに蓄えがあるだろうという発想ですね。
川村：一方で、会社が経営不振でリストラにあった人などは、可哀想だからすぐあげましょうと。そういう理屈です。
古市：給付金とは別に会社から出るわけではなく保険から出るわけですよね？会社都合で辞めたとしても、会社に金銭的な痛手はないわけですよね？だったら別に無理に辞表を提出させる必要はないんじゃないですか。
川村：ただ、辞表を取っておいた方が、後で「今回の退職勧奨はおかしかったですよね？」というような争いに巻き込まれなくて済むというメリットがあります。
古市：裁判などに発展した場合のリスクヘッジということですね。
川村：そうです。本当に解雇しなければならない状況であれば裁判でも妥当性が認められる場合もありますし、退職勧奨を受けてずっと職場にしがみつける若者も多くはいないでしょう。
社会保険は”超重要な”セーフティーネット
大野：公的な労災保険や雇用保険は、極めて重要なセーフティーネットだと思うんです。というのも、今後従来型の日本の雇用システムというものが戻ってくる見込みは、ほとんどない。１人１人の労働者を一生涯支えきる、潤沢な「企業内福祉」を提供できるような企業が、増えるとはとても思えない。
川村：経済状況から考えてもそうですね。
大野：この先の長期的な見通しとして、若い世代内では、パートやアルバイトの非正規労働者を「前提」としていく必要がある。「みんなが正規に戻れる」ことは、もはや想定できないわけです。
従来型の正規労働者に比べれば、若い非正規労働者は、一生涯稼げる賃金も相対的に低いと思います。世代内格差というのは、時間の経過とともに、ボディブローみたいに拡大します。今は20代だから若さで乗り切れることも、数十年後、年をとったら違ってきます。失業したら即「明日食うに困る」社会状況が、この先何十年も継続すると、どうなるか？さらに多くの人が、生活保護の水準にまで容易く滑落してしまうことになりかねない。
ただでさえ未曽有の超高齢化に直面するので、若者はこういった社会問題にはどんどんつっこんでいかないと。次世代の社会を、なんとかもたせなくては！
川村：ただそれは現在では薄くしか残っていません。たとえばブラック企業に入った場合、失業保険があれば脱出できますが、それが無いと社内でなんとか耐えるしかない。こうした状況があったりします。
古市：たとえブラック企業であっても、自己都合で辞めると３ヶ月間支給されない？
川村：はい、出ません。ただ、これには少し説明が必要です。正当な理由のない自己都合の場合は３ヶ月間出ません。しかし、これは制度の中に細かくあるのですが、例えば出産育児、看護介護、それから結婚している相手が転勤してしまうといった事情がある場合には、ちゃんと支給されます。長時間労働がある、残業代の遅配があるなど、会社に原因があって自分から辞める場合も雇用保険は制度上受け取れます。ただ、POSSEが行った調査では、実態としてはそうなっていないのです。
大野：失業するかもしれなくなった時や、失業してしまった時、雇用保険制度について相談したい場合にはどこに行くのがいいですか？
川村：ハローワークです。
大野：雇用保険の被保険者の人は、失業したらまずハローワークに相談に行けばいいんですね。
川村：ハローワークに行けば、雇用保険は受け取れます。ただ、離職した場合に「この人は何の理由で辞めましたか？」という理由が記載された離職票というものが出ます。相談で問題になるのは、離職票は会社が書いて提出するので、「自分から辞めました」と書いてハローワークに提出されてしまうケースです。
大野：会社側が、会社側の認識を勝手に書いちゃうわけですね。
古市：その従業員側と意見の違いが出た場合はどうするんですか？
川村：異議申し立ての制度はあるんですが、ハローワークは労働基準監督署のような捜査権限はありません。実態として多いのは、会社に「誤記入ではないか？」という確認をして、「誤記入ではありませんでした」で終わってしまうケースです。それでPOSSEに相談に来るんです。POSSEでは、自己都合退職者に、ハローワーク前で聞き取り調査をしました。僕らが聞き取った結果としては、自己都合退職者で手続をした人の８割くらいは、「正当な理由のない自己都合退職者」ではなかったんです。つまり、退職者が勤めていた会社に法令違反があったり、本人が特殊な事情を抱えていたということです。
大野：なるほど。ハローワークが社会的な機能としてもうちょっとふんばって、1人1人の労働者の「応援団」になってくれるといいですね。
川村：あるいは、もう長期雇用慣行はないのですから、この会社は違うなと思ったら辞めて次の仕事を探すというのは合理的な行動だと思います。そもそも自己都合退職者に、サンクション（制裁）を掛けている、ということ自体も問題じゃないかと。実際、事実の確定はできないわけですし。
古市：自己都合退職に限らず、３ヶ月間というサンクションを無くして、失業者全員に支給すればいいということ？
川村：そういう考え方もあると思います。
大野：非正規化にともなって働き方も多様化しているので、変に選別主義的にするより、より普遍的状態を想定して制度を考えていったほうが、労働のフレキシビリティは高まるかもしれませんね。
―後編に続く
プロフィール
古市憲寿（ふるいち のりとし）:1985年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。著書に、「絶望の国の幸福な若者たち」、「希望難民ご一行様 ピースボートと「承認の共同体」幻想 」、「上野先生、勝手に死なれちゃ困ります 僕らの介護不安に答えてください」など。
Twitterアカウント：@poe1985
大野更紗(おおの さらさ)：1984年福島県生まれ。作家。難病当事者。上智大学大学院グローバル・スタディーズ研究科地域研究専攻博士前期課程休学中。著書「困ってるひと」がベストセラーに。
Twitterアカウント：@wsary
川村遼平（からむらりょうへい）:1986年千葉県生まれ。NPO法人POSSE事務局長。東京大学大学院総合文化研究所修士課程。著作に『ブラック企業に負けない』など。
Twitterアカウント：@kwmr_posse
公式HP：NPO法人POSSE
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絶望の国の幸福な若者たち
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POSSE vol.14 間違いだらけ？職場うつ対策の罠
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NPO法人POSSE 瀧本哲史 國分功一郎 阿部真大 常見陽平 木下武男 笹山尚人 根本到 三柴丈典 溝口大助
NPO法人 POSSE
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