新型コロナウイルスの感染者が再び増えている。このため「緊急事態宣言の再発令が必要」との声も強まっている。だが麻酔科医の筒井冨美氏は「日本集中治療医学会が即時公開している重症患者数をみると、ピークの4月下旬から一貫して下降トレンドにある。現時点での再発令は必要ない」という--。

■コロナ新規患者数が再上昇で8割超が「緊急事態宣言の再発令は必要」

新型コロナウイルスの患者数が、再び増えている。特に東京都の新規感染者数は、5月下旬には1日10人以下まで減っていたが、7月2日からは2カ月ぶりに100人を超える水準で推移している。

6月には患者数増加を警告する「東京アラート」が発動され、都庁が赤くライトアップされたが、そのアラート発動時を超えるレベルとなった。

菅義偉官房長官は7月1日午前の会見で、「最悪の場合は再び緊急事態宣言の可能性もあり得る」との考えを示し、久しぶりにコロナ関連がトップニュースとなった。その影響もあってか、現在進行中のヤフージャパンのネットアンケートでは「緊急事態宣言の再発令は必要か?」との質問に、80%以上が同意(7月2日開始)している。

米国でも「5月下旬に下降したコロナ新規患者数が、6月下旬に再増加(図表1参照)」という同様のトレンドが報道されている。もっとも患者数は、「1日当たり新規患者数5万人、総死亡者数13万2000人」と日本とは桁違いに多い。

2020年3月24日から6月3日に感染が確定した隔週ごとのデータ(出典:Our World in Data)

■医師が緊急事態宣言の再発令は必要ないと考える理由

新型インフルエンザ等特別措置法に基づく政府の「緊急事態宣言」解除され、ほっとしたのも束の間、「また休校するのか?」「勘弁してほしい」と不安や不満を抱く人もいるだろう。世論は割れているが、筆者および筆者の周囲の医師たちは「再度の『緊急事態宣言』は必要ない」と考えている。

筆者が「必要ない」と考えているには、日本集中治療医学会のホームページ(ECMOネット)のデータを見ているからだ。

日本集中治療医学会とは、集中治療医を中心に、集中治療部で働く看護師、臨床工学技士などが集まる学会である。そしてECMOネットとは、従来は日本中に散らばったECMO(体外式膜型人工肺)の専門家たちが相談するために立ち上げられたオンライン上のクローズドな会議室だが、今回のコロナ対策として各病院の集中治療部担当者が「人工呼吸器やECMO使用患者数」を手入力することでリアルタイムかつ精度の高い医療統計情報を提供している。

そして、このECMOネットのデータではコロナ重症患者のピークは4月下旬で、その後は一貫して下降トレンドにあることを示している。

出典:「日本COVID-19対策ECMOnet」より引用

コロナに興味を持つ人に、ECMOネットの存在を教えると「こんなサイトは知らなかった」「便利でわかりやすいのに知られてないですね」と言われることが多い。

なぜ、あまり知られていないのか。理由の一つは、筆者の印象では、集中治療医や臨床工学士は概して「機械・工学には強いが、口下手な人材」が多く、ワイドショー番組やYouTubeに登場するような医師とはキャラが真逆なのである。

■「重症患者減少」「感染症病棟ガラ空き」はネタにならない

7月以降のコロナ患者数の再上昇の特徴は「20、30代が多い」「夜の街関係者が多い」と報道され、特に新宿区のPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)検査スポットにおける陽性率の高さが報道されている。

一方、東京都は新型コロナウイルス感染症対策サイトにおいて「重症患者数」も報告しており、こちらもECMOネット同様に5月以降は下降傾向にあり、7月5日には9人まで減少している(図表2参照)が、マスコミではほとんど報道されていない。

コロナ指定病院の知人医師たちから「感染症病棟は5月過ぎからガラガラ」と聞いていたが、確かに指定医療機関の使用率も「東京都が約13%、全国で3.7%(図表3参照)」というレベルである。3、4月の重症患者数ピーク時には感染症病棟の使用率は「病床不足」「医療崩壊」の根拠として各種のメディアで盛んに報道されていたのに、「ガラ空き」はマスメディアのネタとしては視聴率を稼ぐには不十分だったのかもしれない。

出典:新型コロナウイルス対策ダッシュボード

米国でも「コロナ患者数再上昇」と同時に「コロナ死亡者数」は下降の一途(図表4参照)だが、この事実もECMOネット同様あまり報道されていない。5月28日には「米国の大統領令で作り過ぎた人工呼吸器を、日本政府が購入」というニュースもあったが、あっさり人工呼吸器を手放すあたり、「コロナ流行は峠を越した」と米国政府は考えているのだろう。

新型コロナウイルスによる死者の推移:隔週(出典:Our World in Data)

■無症状患者の掘り起こしは今後も続く

4月ごろも「東京都の新規感染者数が連日100人超え」だったが、この頃はECMOネットにおいても「人工呼吸器やECMO使用患者数」は高かった。「7月の100人超え」ではECMOネットおよび東京都ウェブサイトの双方で「重症患者は少数」である。

東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト「新規患者に関する報告件数の推移」より
東京都新型コロナウイルス感染症対策サイトより

もちろん、現在の感染者再上昇の状況は歓迎すべきことではない。とはいえ、「完全に安心ではないが、4月よりはずっとマシ」と捉える医療従事者は多い。今後のPCR検査体制の拡充が進めば、これまで医療機関からスルーされた「無症状患者の掘り起こし」もさらに進むだろう。

学校など教育機関の対応は、現在のところ、「PCR陽性の生徒が学内で発生すれば、無症状でも学校全体が2週間休校」という扱いの自治体が多いが、今後の若年層への検査件数が増えた後にも同様の対応を続けるべきか。行政は再考するべきかもしれない。

私の周囲には「(コロナ感染を不安に感じ、病院へ行くのを敬遠していた)普通の患者がやっと戻ってきたのに、7月3日以降、パタッと減った」とボヤく医師もいる。「不要不急な外出」を超えて「必要な検査や治療」まで受けなくなるのも困ったものである。

報道関係者、特に高齢者に影響力の大きいテレビでは単純な新規患者数だけではなく、死亡者・重症者数も併せて報道して、「コロナパニック」を煽らないよう願うばかりである。

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筒井 冨美(つつい・ふみ)
フリーランス麻酔科医、医学博士
地方の非医師家庭に生まれ、国立大学を卒業。米国留学、医大講師を経て、2007年より「特定の職場を持たないフリーランス医師」に転身。本業の傍ら、12年から「ドクターX〜外科医・大門未知子〜」など医療ドラマの制作協力や執筆活動も行う。近著に「フリーランス女医が教える「名医」と「迷医」の見分け方」(宝島社)、「フリーランス女医は見た 医者の稼ぎ方」(光文社新書)
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(フリーランス麻酔科医、医学博士 筒井 冨美)