「ザッカーバーグは、Facebookを「人の心を読み取る装置」にしようとしている」の写真・リンク付きの記事はこちら

フェイスブックはユーザーの個人情報の適正な取り扱いについて、深刻な問題を抱えているのではないか──。そう懸念している人たちは、ハーヴァード大学でのマーク・ザッカーバーグの発言を聞いてハラハラしたに違いない。

ザッカーバーグがハーヴァード大学を訪れたのは、2019年2月のことだった。彼は社会に存在する「チャンス、課題、希望、不安」に対してテクノロジーが果たす役割について、専門家たちと1年かけて対話するという個人的な旅を続けていた。その一環として、ハーヴァードにやって来たのだ。

そしてフェイスブックのカメラと学生たちが見つめるなか、ハーヴァード大学法科大学院教授のジョナサン・ジットレインと2時間近く会談した。議論の中心は、およそ20億人の人々が集う前例のない存在になったFacebookについてだった。

当初は謙虚だったザッカーバーグ

若き最高経営責任者(CEO)が語るところによると、フェイスブックは四方八方から非難されていた。同社のプラットフォーム上で人種間の対立が悪化することに無関心だという非難もあった。どのような投稿を許可するのか判断する上で、荒っぽい検閲を実施したという非難もあった。

ザッカーバーグは、そんな重大な責任を負う立場になることを自ら追求したことはないのだと“告白”した。また、誰もそうなるべきではないのだと語った。「もしわたしが別の人間だったとしたら、会社のCEOに何ができるようになってほしいと思うでしょうか? コンテンツに関する多くの判断を、たったひとりの人間には集中させたくないと考えたでしょう」

そこで最高裁判所の役割を果たす機関を設けることにしたのだと、ザッカーバーグは語った。Facebook上で発生するやっかいな問題の処理を、外部の委員会に委託するというのだ。「(委員会の)意見を覆すような決定をわたしができないようにします」と、彼は約束した。「それが適切だと思っています」

ここまで、会談はうまくいっていた。ザッカーバーグは、自分自身についても自身の会社についても、好感のもてる謙虚な態度を示していたのだ。ところがその後、将来的に大いに期待する新しいテクノロジーについて語り始めたときに、おなじみのシリコンヴァレー的な傲慢さが蘇ることになった。

脳神経で制御できる世界

彼が説明した有望なテクノロジーとは、フェイスブックが以前から研究を続けているブレイン・コンピューター・インターフェイス(BCI)だ。このインターフェイスを使えば、ユーザーは頭のなかで考えるだけで拡張現実(AR)を操作できるようになる。

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『WIRED』US版の創刊エグゼクティヴ・エディターのケヴィン・ケリーが最近の記事「ミラーワールド:ARが生み出す次の巨大プラットフォーム」[日本語版記事]で述べたように、これはいわば、脳神経で制御できる世界だ。ユーザーはコマンドを入力する必要がないばかりか、コマンドを述べる必要もない。したがって、ARの世界とやりとりする際に動作を止めたり、遅くしたりする必要がない。クルマを運転しているときに情報や指示を高速道路上に表示させたり、会議の最中に各参加者のプロフィールを確認したり、家具の3Dモデルを自分の部屋であちこち動かしたりする際のことだ。

ハーヴァード大学の聴衆は、そうした話をこのタイミングで始めたザッカーバーグに少し困惑していた。そこでジットレインは、法学部の教授らしいジョークを飛ばした。頭のなかを盗聴できるテクノロジーの前でも、憲法では黙秘権が認められている──という趣旨だ。彼は「(黙秘権について定めた)合衆国憲法修正第5条の意味するところが揺らいでいるのですね」と語り、聴衆の笑いを誘った。

Facebookが脳のなかを覗き見る日が訪れる?

だが、このような控えめな異議申し立てに対して返ってきたのは、ユーザーのプライヴァシーやユーザーの同意を踏みにじっていると批判された巨大テクノロジー企業がよく放つような弁明の言葉だった。「おそらく」と、ザッカーバーグは言った。「こういったテクノロジーは、誰かがプロダクトとして利用することを選ぶでしょうね」

つまりザッカーバーグは、楽しさと利益のために世界の人々を接続するという、自らに課したミッションから逸れるつもりはないのだ。警察が人の頭のなかを捜査できるようになるディストピア的な未来のイメージをもってしても、長期にわたる謝罪行脚をもってしても、彼の気持ちは変わらないようだ。

「どうしてこのような話題になったのかよくわかりませんが」と、ザッカーバーグは楽しそうに語った。「未来のテクノロジーや研究について、わたしなりに興味深いと思っているのです」

ご存知のように、フェイスブックはすでに、あなたのポケットに入っているスマートフォンのGPSを利用して、あなたのことを世界中で追跡している。あなたがブラウザーを使っているときでも、サイトに埋め込んだコードを利用して、同じように追跡しているのだ。

わたしたちはいずれ、少しでも速くピザを注文したりトッピングを追加したりできるようにするために、脳みその中をフェイスブックが覗き見るのを許可するようになるのだろうか。ザッカーバーグがそう期待しているのは明らかだ。

「シャワーキャップのような」プロダクト

公平を期すために言えば、フェイスブックは本当にわたしたちの頭のなかを覗こうとしているわけではない。その理由のひとつは、ザッカーバーグによれば、脳に何かを埋め込むような移植手術が一般的になる可能性はないからだ。「誰もが使うようになるものを本当につくろうとするなら、体内に埋め込む必要のないものにフォーカスする必要があります」と、彼は語った。

ザッカーバーグによると、この新しいテクノロジーを利用したプロダクトは「シャワーキャップのようなもの」になるという。頭に覆い被さるように取り付けられたデヴァイスが、特定の思考を血流や脳の活動と関連づけ、フェイスブックの一部門であるオキュラスがつくる仮想現実(VR)ゴーグルやヘッドセットをアシストすることになるのだろう。

すでに研究レヴェルでは、ニューロンの活動を解析することで、被験者がキリンとゾウのどちらを思い浮かべているのかを区別できるようになっている、とザッカーバーグは語る。頭のなかで考えるだけで何かを入力できる仕組みも、同じ原理で可能かもしれない。

フェイスブックが手がけるほかのさまざまな新しいテクノロジーについても同様なのだが、ザッカーバーグはBCIを、「個人のプライヴァシー」を損なうものとしては捉えていない。

個人のプライヴァシーとは、のちに最高裁判事を務めた法律家ルイス・ブランダイスが19世紀末に、「ひとりで放っておいてもらう権利(right to be let alone)」として定義したことで有名な概念だ。ザッカーバーグはBCIが、人の思考におけるプライヴァシーを侵害するとは考えない。「テクノロジーは個人に力を与える」と、彼は考えるのだ。

「今日の携帯電話の仕組みや、さまざまなアプリやタスクを制御しているコンピューティングシステムは、どれもわたしたちの脳の動き方や世界へのアプローチの仕方とは根本的に異なっています」と、ザッカーバーグは言う。「このことが、特にARなどについて、わたしが長期的な観点からとても期待している理由のひとつです。なぜならそれは、人間の思考様式と同様のプラットフォームを提供してくれるからです」

脳から情報を入力できるシステム

ケヴィン・ケリーが「ミラーワールド」に関する記事のなかで注目していたのも、日常の風景に重ねて「スマートな」情報が表示され、便利になる世界だった。ケリーはこうした仮想世界について、「時計は椅子を検知し、椅子はスプレッドシートを検知し、メガネは袖の下に隠れた時計でさえ検知する。タブレットからはタービンの中を見ることができ、タービンは周囲で働く人々を見ている」と述べている。

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つまり、わたしたちの自然な環境と人工的な環境が、突然ひとつの統合された全体世界として機能するようになるのだ。思考と欲望でいっぱいの人間は、BCIで強化されたゴーグルを着用するまで、この世界に参加することはできない。

ザッカーバーグは17年、フェイスブックの研究活動について発表した際に、BCIのメリットを次のように説明していた。「わたしたちの脳は、1秒間に4本のHD動画をストリーミングするのと同じ量のデータを生成しています。問題は、わたしたちが情報を世に送り出す最適な方法である『話す』という行為が、1980年代のモデムと同じくらいの量のデータしか送信できないことです」

「フェイスブックが研究しているシステムでは、いまの携帯電話で入力するのと比べて5倍速く、脳から直接情報を入力できるようになります」

「最終的には、このテクノロジーをウェアラブル製品に変え、大量生産できるようにしたいと考えています。『はい』か『いいえ』を『頭脳でクリック』できるようになるだけでも、ARのようなものを、いまよりはるかに自然に感じられるようになるでしょう」

ザッカーバーグが夢見ること

ザッカーバーグは、スティーブ・ジョブズがコンピューターについて、「知性の自転車のようなもの(Computers are like a bicycle for our minds)」と表現したことを、好んで引用する。想像するにザッカーバーグは、「少しくらい速くペダルをこげるようにしたからといって、何が問題なのだろうか」と考えているのではないだろうか。

個人的にはザッカーバーグの考え方を反射的に拒絶しているが、素晴らしいことが実現する可能性を見くびっているわけでもないし、彼らの研究を阻止するほうが安全で望ましいと考えているわけでもない。だが少なくとも、わたしたちの頭のなか、ひいては社会のなかに密かに侵入してくるようなテクノロジーについては、厳しい問いを投げかける必要があるだろう。

われわれはシリコンヴァレーにブレーキをかける必要がある。少なくとも、一時的には。なぜなら、「ザッカーバーグによる振り返りの旅」が明らかにしたことがあったとすれば、それは彼がフェイスブックがもたらした害悪に取り組みながらも、「次」を夢見ることに忙しくしているという事実だからだ。

ノアム・コーエン|NOAM COHEN
ジャーナリスト。『ニューヨーク・タイムズ』記者として創業期のウィキペディアやツイッター、黎明期にあったビットコインやWikileaksなどについて取材。著書に『The Know-It-Alls: The Rise of Silicon Valley as a Political Powerhouse and Social Wrecking Ball』などがある。