(この高級旅館では、1泊25万円と表示される。公式サイトやこの他の宿泊サイトでは満室で予約はできない。)

日本中のホテルの予約担当者に緊張が走っている。海外大手宿泊サイトが、年末年始が既に満室のホテルを「一室のみ在庫がある」と偽って販売している事案が全国で発生しているからだ。
該当の宿泊サイト(以下、サイト)と未契約のホテルであろうがお構いなしに勝手にプランを作られかなりの高額で販売されていることから、自分のホテルもターゲットにされていないか確認に追われている。

ある高級旅館では、数カ月前から満館で販売を終了していた12月31日の予約が可能だとGoogle上に表示された。しかも2連泊、食事なしで10万円、通常の2倍以上の価格だ。数時間後、その表示は無くなった。つまり誰かがその価格で購入したということだ。

別の旅館では、あらかじめ設定していた12月の休館日に「空室あり、2泊25万円、返金不可」と表示された。もちろん全く身に覚えのない設定だ。掲載されていたプラン内容や写真も、他のサイトからの転載であったり、その宿には存在しないデタラメなものであった。

(残り1室と煽る文言とともに、「前払い・返金不可」の文字が。)

この予約をユーザー側から見るとこうなる。「事前決済、返金不可」の条件を了承し、予約を完了すると、「現在、ご予約はホテルからの確認待ちです」などと表示が出る。空室ありと表示されていたにもかかわらずキャンセル待ちと同様の扱いとなるのだ。もちろん、未契約のホテルに架空のプランをでっち上げたカラ販売のため、サイトがホテルに確認することは無く、その予約はキャンセル待ちのまま宿泊日直前まで放置されることになるとみられる。しかしこの表現では、ユーザーは予約手続きが順調に進行していると思い込み、それがキャンセル待ち状態であると認識していない可能性が高いはずだ。

その後予想される結末はこうだ。

(1)別のサイトでキャンセルによる安価な空室が出た場合、サイトがそれを購入しこっそり置き換える。ユーザーはその事実に気付かず、プランの差額はサイトの取り分となるだろう。

(2)宿泊予定の数日前になって「ホテルからの回答がなく、部屋は確保できませんでした」とメールが入って返金される。ユーザーは慌てて年末年始のホテルを探し直すことになる。恐らく間際では同等のホテルはまず見つからないだろうが。

(3)予約が確保できていると思い込み、サイトからの強制キャンセル通知を確認することなくホテルまで行ってしまう。フロントで押し問答したところで、ホテルにはサイトから何の予約情報も入っていないのだから空室が無ければ出ていくしかない。

では、サイトはなぜそんなメリットの薄いカラ販売をするのか。キーワードはキャンセル料だろう。

通常の宿泊予約でもユーザーの都合によるキャンセルは数パーセント〜数十パーセントある。このケースではホテルからの連絡待ちが長期化することで不安になり、他の施設に変更したいと思いキャンセルしたくなるユーザーも増えるはずだ。しかし、事前決済済で返金不可の条件を了承しているためキャンセル料は100%。キャンセルボタンを押した人から入る莫大なキャンセル料は宿泊サイトのものになる。念のため言っておくとホテルにはキャンセル料は1円も入らない。契約もない上、予約された事実さえ知らないのだから当然のことだ。もし上記の25万円のケースがユーザーの都合でキャンセルになれば25万円の収入。サイトの通常の送客手数料を10%とすると、250万円分の送客をしたのと同じ利益を生むことになる。なので、ダメ元商売でも良いのだ。

契約も仕入れもしていない商品をカラ販売し、入金後手配をする。これは物品の通販では行われている行為だが、宿泊のように提供日が決まっている商品にこの手法を使うのはリスクが高い。本件においてはユーザーに対して詳細な説明もなく、支払いをもって手配完了だと誤認させる要素が多い。しかも、ユーザー都合でキャンセルをした場合、事前決済された金額が没収されようが損害賠償の対象にもならない。部屋が用意できなくてもサイト都合で返金すればサイトには何らペナルティはない。部屋を準備する労力をかけなくても、一定の確率でキャンセル料を収受できるノーリスクの集金装置なのだ。

対してホテル側はたまったものではない。今年のゴールデンウィークやお盆期間のネット上のクチコミを見ると、「数日前にホテルの都合で一方的にキャンセルされた」「ホテルに着いたが記録がなく、勝手にキャンセルされていたようだ。とんでもないホテルだ」「予約が入ってないと言われ、追い出されて泊まるところがなくなった。ひどいホテルだ」など、ホテルを非難する書き込みが急増している。その多くがこのサイト経由であると書かれているのだが、ユーザーはまさかサイトがカラ販売していた部屋をつかまされていたとは知らず、部屋が用意されていない事をホテルの責任だと誤認しているのだ。また、サイトが高額販売していることで「ぼったくりホテル」だと誤解されてもいるだろう。ホテルの信用低下による被害、フロントで対応する労力は全国規模で甚大なものとなっている。

何より恐ろしいこととして、このまま年末年始を迎えた場合、全国各地で「ホテルに行ったのに部屋がなかった」というトラブルが全国各地で発生することは避けられない。恐らく宿泊予定日の数日前には施設都合による強制キャンセル通知と返金処理が行われているはずだが、多くのユーザーが通知メールや予約確認画面を確認せず、予約手続きは完了していると誤認したままホテルを訪れるケースが多いと考えられるからだ。今年1月の成人式で問題となった「はれのひ」問題の比ではない大規模な事件になる可能性すらある。お正月に家族が旅先でホテルに泊まれず、代わりの宿泊施設も見つからず路頭に迷う姿を想像すると事態の深刻さがお分かりいただけるだろうか?しかも、こうなってもサイトは一切悪者にはならない。事件の矢面に立つのはホテルのフロントスタッフなのだが満室のホテルにはどうすることもできない。だからこそ注意喚起をしたい。下記に思い当たる予約をされた方は、すぐにホテルに連絡して確認することをお勧めする。

(1)海外宿泊予約サイトから、一室のみ空いていた部屋を予約した

(2)返金不可、2泊以上限定など、高額で不利な条件だった

(3)予約確定通知が来ない

そしてここが重要だ。ホテルに連絡して、万一予約が入っていなかったからといって、キャンセルボタンは決して押してはならない。自己都合でキャンセルすると、あなたが事前決済した宿泊料金は全額没収されてしまうからだ。また、少ない確率ではあるが、サイトが本当に部屋を用意してくるかも知れないので、別のホテルを慌てて手配することも控えて欲しい。まずは事実確認の上、ホテルやサイトと相談して円満な解決策を探るしかないのだ。

宿泊関係者として被害者を救済したい気持ちはあるのだが、ホテルには手の届かないところで堂々と行われている詐欺的な行為を我々は正すことができないのだ。もちろんサイトに調査の要求と抗議はしているのだが、現時点で、サイト側は「現象は認めるが責任は認めない」という態度であることも伝えておく。まずは、不自然な空室情報を見つけた場合、大手サイトだからといって信用して飛び付かないように、特に普段ネット上での宿泊予約に慣れていないユーザーに対して最大限の注意を喚起したい。

編集部注:筆者執筆の文中には具体的社名を記載しなかったものの、消費者利益を鑑みて編集部の判断により、Ctrip.com international(シートリップ)が運営するTrip.com(トリップドットコム)であることを明らかにする。以下は編集部の文責によるもの。

(カスタマーサポートセンター開設発表会に出席した、Trip.com Japanの吉原聖豪ゼネラルマネージャー)

Trip.com Japanの吉原聖豪ゼネラルマネージャーはTraicyの取材に応じ、「ご予約・お支払いをされたお客様の中で、空室が確保できず予約が確定しなかった場合は全額払い戻しをしている。予約をクリックし、支払いへ進む際にその旨記載している」としており、あくまで予約受付はリクエストベースであることを強調した。

満室や休館の施設を空室として掲載していたものは、「該当施設を提供するサプライヤーの空室管理が徹底されていないことが発覚した」という。具体的なサプライヤー名については明らかにせず、「契約の見直しを進める」とした。これらの事象が発生した旅館を取り扱うサイトは限られており、編集部で確認する限りすべてのサイトで販売がなされていなかった。取り扱うサイトでも明らかな高額で販売しているケースはないことからも、回答内容に不審点があると指摘すると、「提示されていた金額に関しましても、サプライヤーのマネジメントが行き届いていなかったと反省しております」として、あくまで第三者の責任であることを強調した。

一方で、「弊社がお客様に対する予約管理が徹底できていなかったことにつきまして、深くお詫び申し上げます。今後は、サプライヤーの管理も含め、サービス向上に向けて邁進してまいります」と管理責任を認め、謝罪した。

サプライヤーやメタサーチの中には、これらの事象を受けて、トリップドットコムとの契約を見直すことを検討している会社も出てきた。旅館やホテルが加盟する組合では、対策を話し合う会合をすでに開催したり、開催を検討しているところもある。