2018年10月31日、NTTドコモの吉沢和弘社長は利用料金を2〜4割程度引き下げると発表した(写真=時事通信フォト)

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■利用客全体で年間4000億円程度の恩恵を受ける

10月31日、NTTドコモは、携帯電話の利用(通信)料金を2〜4割程度引き下げると発表した。この引き下げによって、NTTドコモの利用客全体で年間4000億円程度の恩恵を受けると見られる。

この発表を受け、11月1日の東京株式市場ではNTTドコモの株価が前日の終値から14%超下落した。他の携帯大手であるKDDI、ソフトバンクの株価も大幅に下落した。市場参加者の間では、政府による料金引き下げ要請は、既存の通信会社の業績を悪化させるとの懸念が強いということだ。

NTTドコモの発表は、菅義偉官房長官が「携帯電話料金は4割程度引き下げ可能」と発言したことを受けたものだ。政府は、大手3社(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク)による寡占が続いてきた通信業界に競争原理を持ち込み、携帯料金の引き下げを実現したいのだろう。

見方を変えれば、政府要請を受けてわが国の通信業界は、これまでのビジネスモデルからの変革を求められているともいえる。今後は、コンテンツなど通信以外の分野への取り組みが重要となろう。各企業の新しい取り組みを支え、より大きな付加価値の創造を目指すために、政府は規制緩和などに取り組むことが求められる。

■なぜ日本携帯料金はこんなに高くなったのか

10月31日のNTTドコモの発表内容には、主に大きなポイントが2つある。

1つ目は、菅官房長官からの要請に応えることだ。長官の指摘するように、わが国の携帯電話料金は高い。総務省が発行する「電気通信サービスに係る内外価格差調査」によると、東京、ニューヨーク、ロンドン、パリ、デュッセルドルフ、ソウルでシェアトップの通信キャリアのスマートフォン利用料金において、5GBと20GBにおいて東京は最も高い。

この背景には、通信大手3社による市場の寡占により、価格面などの競争が働きづらかったことがある。通信企業は競争ではなく各社のシェア維持に相互に配慮してきたといえる。それは、携帯料金の高止まりを招いた一因だろう。

もうひとつのポイントは、顧客への価値還元だ。この問題は従来の料金体系が大きく関係している。従来、わが国の通信企業は、スマートフォンなどの端末料金と通信ネットワークの利用料金をひとまとめでユーザーに請求してきた。

■設備投資負担を理由に高い料金を求めてきた

今後、NTTドコモは、端末料金と、通信ネットワークの利用料金を切り離す。それは、契約の内容をわかりやすくするということだ。端末料金に関してはユーザーの選択にあった負担を求める。具体的に、中古のスマートフォンでいいと思うのであれば、新品の端末購入にかかる支出は抑えられる。

同時に、同社は通信料金を2〜4割程度引き下げる。ICT(情報・コミュニケーションテクノロジー)の高度化とその実用化によって、従来に比べ通信企業の設備投資負担は減少している。従来のように、設備投資負担を理由に高い料金をユーザーに求め続けることが正当化できる環境ではなくなっている。

政府からの要請を受け、NTTドコモは従来の発想を転換し、テクノロジーの向上による投資負担の軽減分などを消費者に還元することを決めた。通信料金はNTTドコモの収益の柱だ。その引き下げを発表したということは、同社が通信料金に代わる収益源を獲得し、成長を目指す決意を表明したことといってよい。

■ドコモはどうやって収益源を多様化させていくのか

NTTドコモが収益源を多様化し、これからの成長を目指すためには“イノベーション”を進めなければならない。これまで無かった新しい取り組みを進めて、ユーザーの満足度をさらに高めることが必要になる。

NTTドコモが目指すべきイノベーションとは、ネットワークテクノロジーを駆使し、消費者を中心としたIoTなどのプラットフォーマーとしての競争力を高めることだろう。具体的には、スマートフォンをインターフェイスにして、人々が日常の生活で使う家電などをネットで結んで生活の質を向上させることだ。

たとえば、動画配信サービスの普及によって、映画やスポーツなどのコンテンツは、テレビで見るものとは限らなくなっている。近年では、アマゾンが著名芸能人などを起用して独自のエンターテイメント番組を作成し、ユーザー獲得に努めている。これはテレビ局および製作会社が牛耳ってきた動画視聴の市場が、他の業界に浸み出しているということだ。

NTTドコモに関しても、ダゾーン(DAZN、英パフォームグループのスポーツ動画配信サービス)のライブストリーミングサービスを提供している。また、同社は自社のクレジットカードビジネスである「dカード」の利用履歴データなどを基に、個人の信用力を評価するフィンテック事業にも取り組んでいる。

■中国ではIT大手が個人の信用格付けサービスを提供

NTTドコモは、既にこれまでの通信企業とは異なるビジネスを志向し始めたといえる。今後は、そうした取り組みをより大規模に、よりスピーディーに展開することが求められる。

すでに中国ではIT大手のアリババドットコムが「ゴマ信用(芝麻信用)」と呼ばれる個人の信用格付けサービスを提供している。格付けスコアが高い人は低利での融資を受けられたり、シンガポール入国時の審査が軽減されたりするなどのメリットがある。

NTTドコモはそうした企業との競争にも対応していかなければならなくなる。そのためには、2019年10月に予定されている消費税率引き上げとあわせてキャッシュレス決済のテクノロジーを実用化するなど、具体的に新しい取り組みを進めることが大切だ。

■KDDIが楽天との業務提携を発表した理由

ただ、今後の事業環境を考えると、同社がイノベーションを発揮することは口で言うほど容易なことではない。

NTTドコモの2018年度第2四半期の営業利益(6105億円)のうち、通信事業は86%(5245億円)を占める。政府要請のマグニチュードはかなり大きい。

加えて、2019年10月、第4の通信キャリアとして楽天が新規参入を果たす。同社は大手3社よりも低い料金を提示して利用者の獲得を目指すだろう。楽天が格安スマホ業者に低料金での通信ネットワークへのアクセスを提供することも考えられる。

KDDIが楽天との業務提携を発表した理由は、新規参入者との関係を強化し価格競争の影響を緩和することだ。その上、通信各社は次世代通信規格である“5G”関連の設備投資も行わなければならない。

政府による料金引き下げ要請は、確かに変化を促す一因ではある。寡占が続いてきた通信業界に変化を求めるためには、それくらいの圧力が必要との考えもあるだろう。ただ、そのショックは大きい。

■大胆に規制緩和を進める発想があってもよい

NTTドコモなどの株価急落は、政府の介入が企業の収益性を悪化させるとの懸念に他ならない。政府要請に対応した結果として民間企業の株価が急落したことは無視できない。

政府は頭ごなしに民間企業の行動を求めるべきではない。それより、アニマルスピリットが発揮されやすい環境を整備すればよい。通信業界への新規参入はさらに促進されるとよい。また、非通信分野の成長に必要なテクノロジーの開発支援も強化されなければならない。ライドシェアやキャッシュレス決済など、世界的に注目を集めているテクノロジーの普及に向けて、大胆に規制緩和を進める発想があってもよいだろう。

反対に、そうした政府の取り組みがないままに料金の引き下げだけが求められると、各企業の経営体力が低下してしまう恐れがある。それは利用者の満足度を低下させる要因だ。その意味で、政府による市場介入が構造改革につながるとは言いづらい。政府がダイナミックに規制緩和を進め、その中で各通信企業が新しい取り組みを進めることを期待したい。

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真壁昭夫(まかべ・あきお)
法政大学大学院 教授
1953年、神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=時事通信フォト)