列車の前面や側面で「特急」などの種別や行き先などを表示する「行先表示器」。その文字の書体は、いわゆる「方向幕」の時代からゴシック体が使われてきました。しかし、一部のLED表示器では明朝体が見られます。視認性ではゴシック体に劣るとされる明朝体が、なぜ使われるのでしょうか。

太さ均等のゴシックが見やすいとされているが…

 多くの鉄道車両は前面や側面に、「特急」などの列車種別や、行き先の駅名などを利用者に知らせる「行先表示器」を備えています。そこで使われる書体は、幕に文字を書いた「方向幕」と呼ばれた時代からゴシック体が主流。国鉄時代には「スミ丸ゴシック」「JNR-L」など独自のゴシック体も作られ、現在では「新ゴ」「丸ゴ」といった汎用のゴシック体も使われています。1画ごとの太さがほぼ均等なゴシック体は、一般的に視認性に優れるとされており、道路標識の文字もほぼ全てがゴシック体です。


明朝体を採用している、東武鉄道50050系電車の側面にあるLEDの行先表示器(2016年11月、中島洋平撮影)。

 一方、筆の止めやはね、払いを表現した明朝体は、同じ文字のなかで細い部分と太い部分が存在。長文では読みやすいとされるものの、パッと見た視認性では、ゴシック体に劣るとされます。

 しかしそうした明朝体が、LEDを使った列車の行先表示器で見られます。JR西日本では、1989(平成元)年に登場した221系電車以来、多くの車両で側面にあるLED式の行先表示器で明朝体を採用。私鉄でも東武鉄道や東京メトロ、東急電鉄、小田急電鉄などの車両に明朝体のものが見られます。なぜLED式の行先表示器では、明朝体を採用する場合があるのでしょうか。

背景に機器の制約 「ゴシック回帰」も

 鉄道車両用の行先表示器を製造するコイト電工によると、機器の導入にあたって鉄道事業者にいくつかの書体を提示したうえで、見やすいものを決めてもらった結果、明朝体を選んだ事業者があるそうです。

「ドットの集まりを光らせることで文字を作り出すLED式の行先表示器は、1文字あたりのドット数に制約があります。画数の多い漢字などは、線の太さを均等にするよりも、画ごとに違いを出したり、止めや払いを表現したりした明朝体のほうが良い場合もあります」(コイト電工)

 しかし色数が限られていたLEDに、近年、マルチカラーのものが登場するなど、機器の性能がアップ。それにつれて、ゴシック体へ回帰しているともいいます。


東京メトロ南北線の9000系電車。この編成はリニューアル工事により、行先表示器の文字が明朝体からゴシック体に変更された(2016年8月、恵 知仁撮影)。

「特にマルチカラーLED表示器の場合は、ほとんどゴシック体です。表示器の更新にともなって明朝体から変更した車両もあります。やはり、線の太さが均等であるゴシック体のほうが見やすいというお客さまが多いです。私たちもいまは、基本的にはゴシック体を推奨しています」(コイト電工)

 一例を挙げれば、東京メトロでは2010(平成22)年登場の東西線15000系以降に製造された電車の行先表示器は、すべてマルチカラーLEDで、ゴシック体が採用されています。機器の制約から生まれた行先表示器の明朝体、今後は数を減らしていくかもしれません。

【写真】駅の発車案内板にも明朝体


東急田園都市線、三軒茶屋駅の発車案内板にも明朝体が採用されている(2016年11月、中島洋平撮影)。