「KAMINOGE 」[かみのげ] vol.7 /東邦出版

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オリンピック前に全員「KAMINOGE」vol.7を購読!

カンボジア国籍を取得してのオリンピック出場という途が閉ざされた猫ひろしが登場し、浅草キッドの玉袋筋太郎を聞き役にして現在の心中を語っているからだ。猫ひろしの行動に批判的だった人も肯定していた人も、とりあえずはこれを読むべし。なんで聞き役が玉ちゃんなのかというと、猫がかつて玉ちゃんの運転手をつとめていたことがあったから、そのころからの縁なのだそうだ。当然猫ひろし擁護派。「走りもしねえくせにふざけんじゃねえよ。てめえはシングルマザーだかなんだか知らねえけど」と某元マラソンランナーを妙に特定できる形で怒ってます!
対談の中で猫は、インターネット番組の「猫ひろし再生計画」というコーナーで、国籍を変えてオリンピック出場というアイデアが出てきたのがそもそもの始まりだったと明かしている。洒落を実行に移すのは正しい芸人精神のありかたといえるだろう。売名行為だとしても、これほど「ストイックな売名行為」というのも他にはない。なにしろ42.195kmを2時間30分で走らなければならないからだ。一芸があってこその芸人、という考え方からすれば、猫ひろしは立派な「マラソン芸人」だ。
 カンボジアの選手が日本のマスコミに対して不満をぶちまけたこともあり、かの国で猫ひろしが歓迎されているのか疑問を持っている人もいるだろう。だが、猫はカンボジアでも真摯にトレーニングを続けており、向こうの国にも応援してくれる人は増えてきている。

猫 (前略)カンボジアってそんなに走ってる人がいなくて、どう見ても日本人のボクが毎日走ってるのを見て、最初は呆れてたんですよ。「なんでこんな暑いときに走ってるんだ?」みたいな感じで。(中略)でも、ボクは距離がハンパないんで30キロとか走ってるから、だんだんみんなが応援してくれるようになって、近くにいた子どもがだんだんボクのうしろをついてくるようになったり。
玉袋 ホントにちっちゃいロッキーだな、おい。
猫 自転車と競争したりとか子どもが笑顔で追っかけてきたりとか、そういうことはよくありました。

さらに例の騒動が元でカンボジアのフン・セン首相にまで「ネコ・ヒロシ」の名は知られるようになったのだそうだ。猫はめげずに4年後にも再びオリンピックを目指すという。当然そのときには国際陸上競技連盟の規定もクリアできるようになっているはずだ。日本一、いやカンボジア一のマラソン芸人として世界を目指せ、猫!
ちなみに猫ひろしの父親はカタギの人で、息子が芸人になることにも当然ながら反対だったという。だが、オリンピック出場が駄目になったとき、その父からは意外な電話がかかってきた。

猫 (前略)「残念だったな」って言ってくれて、「一生懸命やったことは無駄にならないから、わかる人にはちゃんとわかるから胸を張って生きろ」って。
ーーいい話ですねえ。
猫 そして「これからおまえは国籍も変えて大変かもしれないけど、ベトナム人としてがんばれ」って。
玉袋 おいおい、国籍間違ってるよ!(笑)

だははは! お父さん、日本人でベトナム国籍を自称していたのはカナダ・カルガリー地方で武者修行中のベトコン・エキスプレスこと馳浩先生です!

そんな感じで他では読めない猫ひろしの本音トークが読めるのは「KAMINOGE」だけ。ちなみに今号ではマッチメイクで「土下座外交」を繰り返し、暗黒時代を作ってしまったと批判される(各自調査!)、元・新日本プロレスの上井文彦が登場、新日本プロレスを退団して一時は上井氏の団体に所属していたプロレスラー・柴田勝頼と対談している。上井氏はこのたび自らの体験を『「ゼロ年代」狂想のプロレス暗黒期』にまとめたのだけど、それに対して「そもそも上井さん、表に出てきちゃダメじゃないですか」「墓場まで全部持って行ってほしかったですけどね」「だから、今回の本のタイトルもしっくりきてなくて、もっとなんか『放火魔』とか。(中略)だって、責任をとらずに逃げたっていう感じじゃないですか? あるいは「上井文彦の脱線劇場とか」」と柴田からの苦笑まじりのダメだしもあり、これまた必読の内容である。あ、表紙になっている長州力のインタビューはいつもどおり肩すかしの内容なんだけど、サイパンで村上春樹の本を読んだこととか、豆知識が詰まっているのでファンにはお薦めです。

と、ここまで書いてきて不安に駆られたのだが、エキサイトの99パーセントの読者は「KAMINOGE」とはなんぞや? と頭の上に疑問符が浮いている状態に違いない。説明しよう。
本誌のキャッチコピーは「世の中とプロレスするひろば」だが、これは休刊した「KAMIPRO」の「世の中とプロレスする雑誌」を継承したものだ。「KAMIPRO」は現在絶賛休刊中の格闘技・プロレス専門誌で、1991年に「紙のプロレス」の誌名で創刊された。その後紆余曲折あって「KAMIPRO」の名称に落ち着いたのだが、初代編集長であり発行人の山口日昇が総合格闘技イベントPRIDEを運営していたDSE(消滅)の中枢にいた人々と結びついたことから半ばPRIDEの機関誌のようになって一時はおおいに繁栄していた。山口氏自身もハッスルというプロレス・プロモーションを興し、雑誌編集からイベント・プロデューサーの方に軸足を移していった。しかしその後の経過はみなさんもご存じの通りである。PRIDEもハッスルも今はもうない。
「KAMINOGE」編集人は山口氏ではないが、毎号インタビューアなどの形で誌面に関わっている(実際の編集人は、格闘技ライターの井上崇宏氏だろう)。つまり本誌は、山口日昇がなくしてしまった「KAMIPRO」創刊時の精神を、もう一度取り戻すための雑誌なのである。えーと、少なくとも私はそういうものだと理解しています。

なので毎号格闘家や格闘技関係者の談話が収録されているのだが、あまり細かいことを知らなくても本誌は楽しるはずだ。昔の新日本プロレスが好きだった人と、突出した個性の持ち主のインタビューや対談を読むのが好きという人は、とりあえず毎月本屋で手にとってみてもいいはずである。
参考までに、これまでの6号の目玉記事を紹介しておこう。

vol.1:角川春樹の娘・角川慶子が保育園を開園した理由を語ったり(なんと先生の一人はあの掟ポルシェ)、元文化人レスラーのマッスル坂井が引退後の心境を語ったりといろいろあるが、もっとも読むべきはザ・グレート・サスケのインタビュー。岩手県議選に出馬して惨敗した怒りを赤裸々に語っている。実は選挙の参謀に大川興業の大川総裁を起用していたのだとか。それはどうなんだ。

vol.2:なんといっても、かつて「紙のプロレス」編集部に在籍し、山口日昇の手のひら返しにあったために石持て追われることになった吉田豪が、山口と禁断の再会を果たす対談が素晴らしい。「(ハッスル時代の山口が)いい時計買って、これ見よがしに着けてね。マッスル坂井に「おまえもいい時計したくないのか?」みたいなことを言ってた時期ですよ。(中略)人は自分を見失うもんだなっているね、わかりやすく」と冷たく元・上司を切りまくる吉田豪に痺れる!

vol.3:前田日明から「格闘技をダメにしたのは「KAMIPRO」!」と名指しで戦犯扱いされている山口日昇が平身低頭して前田に詫びを入れる対談が抜群のおもしろさ。前田は、なぜ「PRIDE」「ハッスル」がダメになったのかを冷静に分析し、返す刀で谷川「K−1」も一刀両断にしている。
前田 (前略)俺が言う紙プロっていうのはいまのどうでもいいハナタレどもじゃなくて、柳沢(忠之)、谷川(貞治)、山口! この3人! コイツらはカネの勘定がわからないんだよ! それでね、カツカツで雑誌つくってたころはしっかりカネの管理をしていたはずなのに、0が一個か二個増えるといきなり「うわ〜っ、バンザーイ!」ってなっちゃって、毎日クラブ通い! 毎日キャバレー通い! 興業経費上の損益分岐点を度外視したギャラや経費を使いまくり、出しまくる。そんんで選手マネージャーやその他関係者、はてはキャバレーの姉ちゃんにいたるまで「○○様〜」って扱いに舞い上がる。「仕事ができる」なんて言われて。
山口 ま、毎日は行ってないっ!

アキラ兄さん、ぶっちゃけ過ぎです!

vol.4:「KAMIPRO」の論理的な支柱だった音楽家・菊地成孔が降臨。その菊地の山口との対談もいいのだけど、護身術について語る佐山サトル(初代タイガーマスク)のインタビューが危険すぎる魅力に溢れている。佐山によれば、現在持ち歩くのにいちばんいい護身グッズは箸だという。なんて危険すぎるマイ箸運動!

佐山 (前略)黒檀でできた箸は重たいから刺さる。でも、刺さると折れるから、やっぱり初心者は鉄の箸がいいでしょうね。
ーー佐山さんにとってのいい箸っていうのは刺さるか、刺さらないか(笑)。

vol.5:この号の目玉はK−1プロデューサーを辞任した谷川貞治と山口・柳沢忠之による座談会。オフィシャルサイトの辞任の弁を綴る直前の谷川が、気負わずに心境を語っている。そして前田日明が再降臨し、菊地成孔と対談。また、「KAMINOGE」vol.3にも出ていた「洗脳の専門家」脳機能学者・苫米地英人も再登場、「中島知子洗脳騒動」で一挙に時の人にされてしまった現状や、もろもろの騒動について語っているのだ。

vol.6:vol.4で柴田勝頼と対談した芸人・三又又三が「KAMINOGE」プロデューサーを自認して後輩のケンドー・コバヤシとの対談を持ち込み企画するも、ケンドー・コバヤシからの冷静かつ情け容赦のないツッコミに自沈! 有吉弘行との対決におけるヘタレっぷりを暴露されたり、「すべらない話」でのトークにダメ出しをされたりとほぼノックアウト状態である。一人の人間が言葉によってへこまされるさまをここまで残酷におもしろおかしく描いた対談というのも珍しい。これまた必読だ!

と、こんな感じに毎号わけのわからないほどおもしろいインタビュー・対談が掲載されているのである。断言しよう。「KAMINOGE」こそ、今もっとも読むべき価値のあるミニコミ誌だ。
(杉江松恋)