大東京トイボックス』(うめ/幻冬舎)と『プリキュア シンドローム!』(加藤レイズナ/幻冬舎)。
『トイボ』8巻の表紙を飾った百田モモと、『プリシン』の作者・加藤レイズナを徹底比較していく!

うめ/プロット・演出担当の小沢高広と作画担当の妹尾朝子の2人組漫画家。『ちゃぶだい』で第39回ちばてつや賞大賞を受賞。現在「コミックバーズ」に『大東京トイボックス』(既刊8巻)を連載中。また、「@バンチ」で連載中の『南国トムソーヤ』1巻が7月9日に発売された。

加藤レイズナ/フリーライター。webマガジン幻冬舎「お前の目玉は節穴かseason2」、日経ビズカレ「ゆとり世代、業界の大先輩に教えを請う」を連載中。3月9日に初の著書『プリキュア シンドローム!』を発売。

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加藤 モモは、俺なんですよね!
小沢 あぁ、そう言ったね、こないだ。
── え、どういうこと? というかその前になんか言うことあるんじゃない?
加藤 あ、マンガ大賞おめでとうございます!
妹尾 ありがとう。2位だけどね。


小沢高広[プロット・演出担当(&実はエキレビライター)]さんと妹尾朝子[作画担当]さんによる漫画家ユニット・うめが手がけた『大東京トイボックス』(以下『トイボ』)が、各書店の漫画担当者などの“マンガ読み”が今もっともオススメしたい作品を選ぶ「マンガ大賞2012」で見事2位に選ばれた。
ゲーム業界に舞台に、「モノを作ることへのこだわり」「個のエゴとチームの和」「過去の自分との対峙」など働く大人なら誰もが共感できるエピソードが満載で、受賞と同じタイミングで発売された『トイボ』8巻も大人気だ。
そんなトイボ8巻と同時期に発売されたのが、同じくエキレビライター加藤レイズナの『プリキュア シンドローム!』(以下『プリシン』)。プリキュア好きの一人の男が、ただ自分の「好き」をこじらせて制作チームの中に潜入し、なぜ自分はプリキュアを好きになったのか、どうやって作品が生み出されるのかを探って行くルポタージュだ。
この『プリシン』を読んだうめさんから加藤レイズナとの対談の依頼が来たのが今回の経緯だ。ゲームの制作現場とアニメの制作現場。同じエンタメを舞台にした2つの作品には、いくつかの類似性があるらしい。そしていきなり始まる加藤の暴走。この対談は、どこへ向かって行くのか──?


小沢 これは妹尾にも話してないことなんだけど、加藤君の『プリシン』を読んで真っ先に抱いた感想が「加藤レイズナ=百田モモ説」なんですよ。それをこの前、加藤君には言ったんだけど。
── えーと、もう少し詳しく。
小沢 加藤君は、自分の好きなことにどんどんアクセスしていって、だんだん世の中とリンクしていく。その結果が本という形になったわけじゃないですか。初めての著書でamazonで9位でしょ。重版でしょ! むかつくよなぁ(笑) この、自分の好きな道を突き進んでいくというのが、もう完全に「モモ」だと思ったのね。
妹尾 あー、言われてみれば確かに。
小沢 一方の「モモ」というキャラクターは、前作の『東京トイボックス』を経て、『大東京トイボックス』から新たに加わったメインキャラクター。ゲームクリエイターのど新人がどう成長していくか、という部分で、作者としては「それなりに苦労したんなら結果として報われて欲しい」という一種の「理想」を描いているわけです。それと同じことを地で、リアルにやってるわけですよ、加藤君は。
加藤 えへへ。
妹尾 普通に考えて、“大人のプリキュア好き”と世の中に接点があるとは思えないよね。
小沢 その点は、まだモモの方が有利なんです。ゲームクリエイターというのは、一応社会に認められた職業だから。でも“プリキュア好き”は本来、どう転んでも社会にはコミットしない! なのにこの加藤レイズナという男は、この世に存在しなかった「プリキュアライター」という肩書きを自分で作ったんですよ! そこは本当に尊敬した。誰もいない、というのは、普通に考えれば「社会に必要とされてない」という意味だからね。
妹尾 俺の居場所はここだぁー!と、ポジションを強引にね(笑) アニメライターでもないもんね。
加藤 はい。アニメは「プリキュア」以外はあまり見てないですから。
妹尾 そこがビックリだよね。
小沢 プリキュアにしてもほかのエンタメにしても「人が作ってるんだ!」と気づく瞬間ってない? 気づいたから、加藤君もそこで意識が「作り手」に向いたわけでしょ? 『トイボ』を描いた根っこも実はそこにある。
加藤 そうなんですか?
小沢 うん。モモがスタッフロールを見て「作り手」をはじめて意識した衝撃、というのが物語の原点。エンタメをやってる人って、どこかでそういう衝撃を受けてるんじゃないかって思うんです。だからこの『プリシン』もね、同じ感覚から生まれたんじゃないかと思って、ずっとそれを聞きたかった。
加藤 うーん、俺の場合は、ちょっと違うかなぁ。


『トイボ』1巻で描かれた、百田モモがスタッフロールの向こうにはじめて作り手を意識したこの場面。引きこもりだったモモが社会に飛び出すキッカケであり、ゲーム制作者になるという夢の挫折から立ち直るキッカケにもなったこのシーンは、『トイボ』を語る上で欠かせない名場面だ。実際、最新8巻でもこの「モモ×スタッフロール」が物語の展開としても大きな楔となっている。
クリエイティブに目覚める瞬間……そんな原体験はモノを作る人間であれば誰もが記憶の奥底にしまってある宝物だと思うのだが、加藤はこれを否定する。え、なんで?


加藤 実は、取材を始めるまではそれほど強く作り手の存在を意識してなかったんですよ。もちろん、制作者がいる、というのは何となくはわかってましたけど、でも「プリキュア」は昔からとにかく制作者の影を隠す作品だったんですね。
妹尾 そうなんだ。
加藤 俺がプリキュアを好きになり始めた当時は、制作者インタビューはほとんどなかった。ウェブや、ファンブックに少しだけ載っていたくらいで、今みたいにアニメ雑誌で毎号載ることはなかったかな。ウェブ上のインタビューは、俺がやるようになってかなり増えた気がします。
小沢 一人で飽和させちゃったんだよね(笑) さっすが「元祖プリキュアライター」!
加藤 だから、一番最初に「プリキュア」シリーズのプロデューサーだった鷲尾さんにインタビューをした時の反響が本当にすごかった。鷲尾さんのwikiがほとんど書き変わったくらい(笑)。色んなサイトで「鷲尾さんのインタビューが載ってる!」って書かれていて、思わず全部スクショ撮りましたよ。そこから取材を重ねて行って、制作にまつわる色んな話を聞くようになってから、スタッフロールに意識が向くようになりましたね。ちょっとした台詞であっても、誰かが考えて作っているんだ、ちゃんと決めてる人がいるんだっていう。
小沢 それじゃ、最初に「鷲尾さんのところに行こう」となったのはなぜ?
加藤 うーん……当時は鷲尾さんというプロデューサーについて、紙媒体にもwebにも、数えるくらいしかインタビューがなかった。だから、どんな人かがあまりわからなかったんですけど、でも「プリキュア」を作っているのは鷲尾さんなんだ! っていう直感があったんですよね。
妹尾 そこが、不思議だよね。
加藤 アニメを作っているのはディレクター、と考えるのが普通だと思うんですよ。本来、プロデューサーじゃ作品のカラーは決まらないと思うんですけど、なぜか俺は、鷲尾さんがキーマンだと思ったんですよね。
小沢 その嗅覚が「プリキュアライター」という職業を作った、理屈じゃない部分だよね。
加藤 なぜ俺が『プリキュア』に惹かれたのか。正直、自分で考えてみてもわからなかったし、あまり分析をするタイプではなかったので、だったら、作った人に話を聞くことでそこから何かわかるかもしれないと思ったんですよね。その第一歩として「鷲尾さんに会いたい!」と。それで、実際に話を聞いてみたら、本当に鷲尾さんがキーマン中のキーマンだったんですよ。
小沢 そこで実際に聞きに行ってしまうバイタリティも、やっぱり「加藤レイズナ=百田モモ」なんだよね。


何を隠そう、私はマンガ大賞で世間の注目を浴びる遥か前、モーニングで連載していた『東京トイボックス』時代からの大ファン。そんなファンからしてみれば、原作者から「君とモモは同じだ」なんて言われる加藤レイズナがうらやましくてしかたないぞ、こんちくしょー。


── 『プリシン』の話はいいので、もっと『トイボ』の話が聞きたいです。
加藤 そうですよ。どうですか、マンガ大賞の反響は? 売れましたか?
小沢 直球だなぁ(笑)。確かに、重版かかったり、コンビニにも一時的に置いてもらえるようにはなったんですけど、みんなが思うほど爆発的には動いてないかなぁ。それこそ1位の本みたいには(笑) でも、読者からの反響やツイッターでの書き込みなんかは増えたかもしれない。
── 今までで印象深い読者からの反響には、どんなのがありましたか?
小沢 そうだなぁ、最近のじゃないけど、やっぱりマサの離脱(コミックス4巻)の場面かなぁ。読者からも「読んでて辛くなる」という感想を結構いただいてしまって申し訳なかったです。でも、4巻のあのシーンを描いた時点で「どこかで戻ってくる」というオプションは考えていたから、当時は胃が痛くなりながらも描けた、という側面もあります。
妹尾 でも、「絶対戻ってくるに決まってる」という反応が意外なほど少なかったのは不思議でしたね。
小沢 そこは、作者としても「いつかは戻るかも」と思いながら描いてはいたけど、「必ず戻る」とは思ってなかったからかもしれない。他の漫画家の人は違うかもしれないけど、ウチの場合は回収まで計算した伏線、っていうのはほとんどないんですよ。
── え、そうなんですか?
小沢 伏線を綿密に張っているように思われがちなんですが、実はそうじゃない。だって、現実の世界には伏線なんて存在しないじゃないですか。それでもリアルは面白い。それと同じで、マサがいなくなる話も、「こいつはいつか戻ってくる奴だ、戻ってきてほしい」という気持ちは片隅にはあったけど、実際に戻って来れたのはマサの努力、と言ったら変ですが、予定調和で戻そうとは思ってなかったです。
妹尾 戻ってきそうな感じは出さない様に、というのは特に意識したよね。
小沢 うん。実際の現場であれだけの迷惑をかけたら、「あいつはいつかは戻ってくるよ」みたいなことを言う人間はいないハズだから。
妹尾 実際の現場を取材をして、いなくなった人、逃げちゃった人っていうエピソードがいくつかあったので、どこかで描きたいとモーニング連載開始時から用意していたエピソードなんですが……そもそも逃げるのは依田っちの予定だったんですよ。
── えーーーー!?
妹尾 だから、初期の依田っちはとにかくうさん臭く、イマイチ信用出来ないキャラクターとして描いてたんですよ。でも、私が依田っちを気に入ってしまって(笑)。だから、あんないい「先生」にするつもりは当初なかったんですよ。
小沢 だからそれは依田っち自身の努力だってば(笑) 

『トイボ』の魅力は、キャラクターが過去と対峙し、いつかの自分を越えていく姿だ。6巻における太陽の復活、7巻におけるマサの帰還、8巻におけるモモの覚醒…etc. これまで伏線のようにちりばめられていたキャラクターの境遇や悩みがここ数巻で一気にクリアされていくカタルシスがあった! 特に、7巻におけるマサの帰還と上司・依田っちとの邂逅なんて涙なしには読めなかったのに、まさか伏線でもなんでもなかったなんて……


── 当初の予定から変わってきたキャラクターってほかにもいるんですか?
妹尾 そうだなぁ。モモの使い方にはずっと悩んでいて、やっと8巻で弾けた感じはあるけど、やっぱり太陽かなぁ。ある意味、何も変わってないんですけど、でも、太陽がアレでいいのかっていうのはずっと悩んでたかな。
小沢 太陽はゲームディレクターに向いていないんじゃないか、というのは連載開始した時から抱いていたジレンマですね。
加藤 え!? 主人公なのにずっとキャラに疑問いだいてたんですか? 5年以上も?
(オグマナオト)
(後編に続く)