「謎の彼女X」の原作者・植芝理一さんと、アニメ版の渡辺歩監督(イラスト=植芝理一)。
「初めてお会いした時、好きな作家さんに会えるということで非常にテンションが上がり、サインをせがんでしまいました。プロとして失格ですね(笑)」(渡辺監督)。「僕も監督と2回目に会った時、「ドラえもん のび太の恐竜2006」のDVDを持って行って、サインをもらいましたよ(笑)」(植芝さん)

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6月30日深夜のTOKYO MXを皮切りに、各局で最終回が放送され、7月4日にはBlu-ray&DVDの第1巻も発売されるTVアニメ「謎の彼女X」。原作者の植芝理一さんと渡辺歩監督によるスペシャル対談、後編です。
(前編はこちら)

――嬉しいことがあると大量のよだれが出てきたり、ヒロインの卜部は、タイトル通りに謎だらけの少女ですよね。そして、椿がそのことについての説明を求めると、「わたしはそういう人だから」と返す。僕は、この台詞がすごく好きで。椿と一緒に、「あ、そういう人なんだ……」と納得させられてしまいます(笑)。
植芝 「そういう人だから」っていうのは、意訳すると、男の子から見た女の子って、分かんないということだと思うんですよね。女の子から見たら、男の子が謎なのかもしれないし……。どうしてよだれを大量に吐き出すのか、理由は僕も分からないというのが本音です(笑)。
――そうなんですか? 渡辺監督は、植芝さんにも分からないくらいの謎のヒロインを描く時、どのような点を特に大切にしたのですか?
渡辺 (原作でも)卜部を彼女の主観から描くことはほとんどないですよね。あくまでも、椿とかの第三者を通して描かれる。なので、どのように卜部を見ているかという距離感みたいなものは重要です。だから、特に1話はミステリアスな部分が出せればと思いまして。ちょっと人とは違った動きもさせてみました。方向の変え方がおかしいとか、仕草が大げさに映ったりとか。実際にはそうではないのかもしれないけど、見てる側にはそう見えちゃうみたいな。そういったエッセンスは、(原作に)足した部分もあります。でも、実は、卜部よりも、椿君がどういう男の子なのかって事の方が重要だったりするんですよ。椿君が確立してないと卜部が起き上がってこない。
――なるほど。植芝さんは、椿をどのような主人公としてイメージしているのでしょうか。
植芝 椿も謎と言えば謎な気はするんですけど。たぶん、自分が17歳の頃、周りにいたような一般的な高校生って感じですね。
――その中に、植芝さん自身は投影されてないのですか?
植芝 高校の頃、彼女がいるって時点で、まず違いますね。僕と椿は。
――あ、僕とも違います。ヤツは、僕とは違う種類の人間した(笑)。
渡辺 同意します(笑)。

卜部をやるための人がどこかにいると信じてた

植芝 この話は17歳でしか成立しないんですよ。これ、椿がサラリーマン、卜部がOLで。オフィスの陰に隠れて、よだれを舐めてたら、すごく嫌らしい話になるじゃないですか。大学生でも嫌ですよね。キスもしないで、こんなことばっかり(笑)。でも、17歳の子が学校帰りに制服でやってたら、もしかしたら、ちょっと可愛いと思ってもらえるかな、と。17歳からずっと成長しないのも、それが理由だと思います。『ドラえもん』みたいに、ずっと同じ年で。
渡辺 そうですね。
植芝 『ドラえもん』も、のび太が大学生だったら、別の問題が出てくると思うんですよ。「ドラえも〜ん」って、ひみつ道具に頼る大学生って(笑)。
渡辺 非常に危険ですね(笑)。
植芝 『X』でも17歳がちょうどいい。夏休みを何回もやってて、突っ込まれたりするんですけどね。
――そうなんですね。椿の話の続きですが。渡辺監督は、椿を描く時、どのような点を意識されていますか?
渡辺 どこにでもいるような男の子というのが一番重要なんですけど、それって、実は描くのが一番難しい。大事なのは、見ている人に共感してもらえるような人間臭さだったりも見せること。それができてないと、卜部の行動などの特異感が出てこないんです。
――普通の男の子と、ちょっと特殊な女の子という関係が重要ということですか。
渡辺 そうですね。椿がすごいカッコ良くても、ダメダメすぎてもダメ。のび太によく似てますよ。のび太もダメダメなんですけど、どこかでもっと良くなりたいと思っていることが描かれているから、バランスが取れてるわけで。僕はこれで良いんだとか、妙に達観しちゃうと、物語は進まないですからね。椿も、彼女ともっと親しくなりたいとか、毎回いろいろと行動してくれるのは、僕らにとって救いでもあります。
――次はキャスティングについて伺いたいのですが、まず重要視したのは、やはりヒロインですか?
渡辺 はい。卜部美琴に限りますね。卜部が決まらなければ、他は決まらない。最大の問題でした。最初に考えたのは、とにかくまっさらな人が良い。勝手な想いですけど、卜部美琴をやるための人が、どこかにいるはずだと信じてました。この作品に力があって、流れがあれば、きっとそういう人を見つけられるだろうと、変に確信めいたものがあったんです。
――そして、オーディションで、声優としてはまったくの新人である、吉谷彩子さんを発見したのですね。
渡辺 方針としては二つの可能性がありました。一つは、アニメ的に成立しやすい声や、アニメチックな演技。これは安心できますよね。もう一つは生っぽさ。ボソボソと喋ったとしても、非常に生の音として、伝わってくるリアリティ。どっちにするのかということだったんですけど、吉谷さんの(生っぽい)声には、アニメっぽさを凌駕するだけのインパクトがあった。まさに衝撃でしたね。他は、もう耳に入ってこなくなるような……。
――僕も、1話で卜部が笑い転げるシーンの芝居で、鳥肌が立ちそうになりました。植芝さんは、吉谷さんの演技に、どのような印象を受けられましたか?
植芝 僕はオーディションには行ってないのですが、その時に録ったCDをもらっていたんですね。それで、(担当編集者の)那須さんから、「15番の人に決まりました」って電話があって。ドキドキしながら15番を聴いた時、「あ!」って思いました。正直、そのCDの中に入ってた中で、自己紹介の時は一番ボーッとした声なんですよ(笑)。
渡辺 ははは(笑)。
植芝 でも、「恋の病よ」という声は一番力強い声でした。その落差も大きくて。この人は面白い。監督、良いカード引いたんじゃないかなって思いました。僕、いまだに時々、オーディションのCDを聴きますよ。
渡辺 僕もしばらく聴いてました。ただ、吉谷さんで行こうと思った後も、先生に気に入ってもらえるかという心配はあったんですよ。もし「この声は卜部とは違う」って言われたら、どうしようかなって(笑)。その時には、何を狙って吉谷さんなのかということだけは、お伝えしようと思ってました。そんな必要もなく、先生にも受け入れてもらえたのは、密かな喜びです。

未来を予感させるような終わりにしたかった

――最終回は、椿の姉と卜部が偶然会う話(原作第19話「謎のお姉さん」)と、椿と卜部が一緒に、椿の母親のお墓参りにいく話(原作第12話「謎の記憶」)を組み合わせたエピソードでした。どちらも、原作の順番なら、中盤よりも前に来るエピソードですよね。このお話を最後に持ってきた狙いは?
渡辺 椿と卜部にとって、未来を予感させる終わりにしたかったということと。あと、椿にとっての卜部の存在が、少しだけでも近く感じられるエピソードを最後に持って来たかったんです。最初に(全話の流れを)構成した段階から、お墓参りのエピソードを最終話にしていましたね。椿の出生や、家族について語られる唯一のエピソードですし、彼女を親に引き合わせるのは、ある種、大きな意味を持つと思うので。
――かなり、大きなイベントですよね。
渡辺 17歳くらいの子って、いろいろと先走って考えるとは思うけど、実際には、そうだったらいいな止まり。だから、卜部と椿の家族が、それまでとは別の形で関わりをもつところまでを描けたら面白いかなと考えました。最後、今後の展開も想像させるような話になるのは、その方が末広がりで素敵な感じかなと。そのために、お姉さんの話と合体させたんです。単純に僕がお姉さん好きって理由もあるんですけど(笑)。
植芝 最終話のアフレコに行った時、ラストシーンに蝶が出てくるのを見て、おーっと思いました。第1話の冒頭も蝶から始まるじゃないですか。そして、最後も蝶。余韻を残す終わり方で、すごくいいなと思って。あのイメージは最初からあったんですか?
渡辺 そうですね。1話のファーストカットのコンテを描く時、最後も蝶と花を出して締めようと思ってました。馬鹿げてますねえ(笑)。
植芝 またまたまた(笑)。アフレコで見て、「こう来たのか!」って、すごく感銘を受けましたよ。
――植芝さんは、アフレコにも毎回、行かれているのですか?
植芝 いえ、時々ですね。
――原作者として、どのような気持ちでアフレコを見ていたのですか?
植芝 娘の結婚式みたいな……。
渡辺 そうですか(笑)。
植芝 晴れ舞台で、99%は嬉しいんですけど、1%だけ、もう僕だけのものじゃないんだなって淋しい(笑)。もし娘がいて、結婚式に出席したら、こんな気持ちなんでしょうね。昔は、漫画しかなかったから、僕の描いた物が『X』だったけど。ここまで来たら、僕が描いた物だけではないって感じが。娘が人のものに……。
――良い旦那さんが見つかったんだけど……という感じ?
植芝 そうですそうです(笑)。良い嫁ぎ先が見つかったんだけど、それはそれで1%だけ淋しい。
渡辺 なにせ、生み出した方ですからね。以前、藤子(・F・不二雄)先生も、同じようなことを仰ってましたよ。
――そのくらいの愛情を込めているということなんですね。では、最後に読者の皆さんへのメッセージを頂けますか?
植芝 そうですね……。あ、実は先ほどアフレコを見学していたのですが。さっき収録したOAD(オリジナルアニメーションDVD)が付いた単行本の9巻限定版が、8月23日に出ます(通常版も同時発売)。ぜひよろしくお願いします。テレビと同じ監督やスタッフさんが作ったアニメに、漫画も付いてきますので(笑)。
――逆ですよね(笑)。では、渡辺監督、お願いします。
渡辺 愛情を込めて作った作品なので、たくさんの方に、それを受け取っていただけたら嬉しいですね。そして、アニメーションに関しては一旦の区切りが付きましたけれど。原作の方は、まだまだ連載が続きますので、毎月『アフタヌーン』を手にとって頂いて。
植芝 あ、すいません。
渡辺 単行本もよろしくお願いします。
植芝 すいません(笑)。
渡辺 非常に優れた作家さんですから。この作家をより深く知って頂きたい。前の作品である『ディスコミュニケーション』と『夢使い』も非常に興味深く読めますので。
植芝 ま、またプレッシャーが(笑)。
渡辺 ぜひ、書店にて……。
植芝 監督! もうそれくらいでいいですから(笑)。
――ありがとうございました(笑)。
(丸本大輔)