「九州は男尊女卑なので出生率が高い」この俗説が【ただの地域差別】に過ぎない理由
「九州は男尊女卑だから出生率が高い」という俗説。しかし京都大大学院で地理学を専攻する重永瞬氏は、戦前のデータを基にこの言説を真っ向から否定する。
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なんと1930年当時、出生率トップは青森県、現在の王者・沖縄県はワースト4位だったのだ。気候や男尊女卑では説明できない「西高東低」の謎。思い込みを覆す日本地理のリアルを、新刊『新しい日本地理 地図・統計・移動から読み解く』(講談社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/続きを読む)

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低下の一途をたどる出生率
現代の日本が抱える問題はいくつもあるが、そのなかでも人口減少は社会の広範にわたって影響をもたらす喫緊の課題である(図6−1)。
人口の変化は、自然増減(出生数・死亡数)と社会増減(流入数・流出数)によって計算される。日本全体の人口を増やそうと思うならば、出生数を増やすか、国外からの移民を増やすかしかない。外国人については次章で扱うので、この章では出生について考えてみよう。
まず、「出生率」という用語について説明をしておく必要がある。一般的に、「出生率」と言えば合計特殊出生率(TFR:Total Fertility Rate)のことをさす。ここでも、特に注釈が無い限りは出生率=合計特殊出生率のこととする。
これに対して、単純に女性人口1000人あたりの出生数を求めたものは「総出生率」と呼ばれる。この値は女性人口の年齢構成に強く依存しており、若い女性が多いところでは高く、高齢女性が多いところでは低くなってしまう。そこで、出産可能年齢を仮に15歳から49歳までとし、年齢階級ごとの出生率を求め、それを足し合わせた値が用いられる。これが合計特殊出生率である。
この指標は、1人の女性が一生に産む子供の数の平均に相当する。現在の日本における死亡率を加味すると、出生数が2.07であれば、人口は減りもせず増えもせず一定の値を保つ。これを人口置換水準と呼ぶ。日本の出生率は1974年に人口置換水準を下回り、2024年には1.15にまで低下した。出生率の低下は危機的な状況にあり、一刻も早い対策が求められる。
もちろん、「出産」は本来、個人の選択に委ねられるべきものであり、強制されることはあってはならない。しかし、経済的事情や社会的環境などで「産みたくても産めない」人がいるのであれば、それは政策的に解決されるべきである。
本書の主題はあくまで「地域区分」であるため、「いかにして出生率を上げるか」という視点での記述は行わない。本論が目を向けるのは、出生率の地域差である。それはすなわち、「人の生き方」に地域差があることを意味する。なぜ、同じ日本にあっても出生率の高い地域と低い地域が分かれるのだろうか。
出生率は「西高東低」
まず、2024年の都道府県別出生率を見てみよう(図6−2)。
都道府県別の出生率が最も高いのは、沖縄県の1.54(2024年)である。跡継ぎとして男子を望む傾向が強いことや、米軍統治下において中絶や避妊が本土よりも普及しなかったことなどが沖縄県の高い出生率の理由として考えられている(* 山内ほか(2020))。
反対に、大都市圏では概して出生率が低い。住宅の狭さや保育所不足、未婚率の高さなど、さまざまな要因が背景にある。一般的に、大都市の若年女性は学業や仕事に追われ、結婚や子育てに時間を割く余裕が持ちづらい傾向にある。
出生率の地域差を見るとき、まず目立つのはこうした大都市圏と地方部の差である。しかし、人口減少率と同様、地方間の差も大きい。全体的に九州や中国地方など西日本では出生率が高く、東北や北海道など東日本では出生率が低い。特に、九州と東北は対照的である。なぜこのような差が生まれるのだろうか。
この疑問を抱く人は多いようで、しばしば、次のような説明がなされる。
「暖かい地域は性におおらかなので出生率が高い」
「九州は男尊女卑なので出生率が高い」
たしかに、現在の日本の出生率は気候と正の相関関係があり、南にいくほど高くなる傾向がある。沖縄県が出生率1位であることもよりその印象を強めている。
「性におおらか」や「男尊女卑」といった価値観については定量的に測ることは難しいが、以上のような説明が流布していることを考えると、どうもそれなりの数の人にとって納得感のあるロジックであるらしい。
しかし、本当にそうなのだろうか。過去に遡って考えてみよう。
戦前は東日本のほうが出生率が高かった
図6−3は、1930年の都道府県別出生率を示したものである。
なんと、現在とは正反対の分布になっている。最も高いのは青森県(6.30)、最下位は大阪府(3.19)である。4.70という全国平均の高さも驚きだが、現在は1位であるはずの沖縄県が1930年時点では出生率3.69でワースト4位になっているのも目を疑う。
こうした戦前の状況を踏まえると、「暖かい地域は性におおらかなので出生率が高い」という、気候と出生率を直接結びつける説明はまったく的外れであることが分かる。まさか、戦前は沖縄よりも東北のほうが暖かかったわけではあるまい。
また、「九州は男尊女卑なので出生率が高い」という説明についても疑問が残る。
戦前は東北のほうが男尊女卑だったのだろうか。現在の出生率の分布だけを見た推論は信頼性に欠けるし、いわんやそこから「出生率を高めるためには男尊女卑もやむを得ない」といった主張をするのはあまりに乱暴である。そもそも「○○は男尊女卑な地域」という物言い自体、地域差別につながりかねない危うい主張である。
日本における出生率の分布は、戦前から現在に至るまで複雑な推移を見せており、簡単に説明できるものではない。人口学や社会学など多くの分野から研究がなされている現在でもなお、地域差を説明できる明快な理論は見出されていない。
こうした状況を理解しつつも、本章では「出生率はなぜ『西高東低』になったのか」という問いについて、無謀にも説明を試みる。新書という媒体の都合上、論文のような厳密な議論は難しい。これから行う説明は、あくまで仮説という点を踏まえた上で読んでいただきたい。
〈「子供は労働力」「口減らしする必要もなくなった」戦前の東北の出生率が“驚くほど高水準”だった理由〉へ続く
(重永 瞬/Webオリジナル(外部転載))
