同級生の女(69)逮捕も…ネットの誹謗中傷で被害者夫が“新たに負った傷” 手帳が語る遺族の26年と新たな闘い 名古屋主婦殺害事件

「犯人が捕まれば、すべてが晴れると思っていた」──。1999年、名古屋市で高羽奈美子さん(当時32歳)が殺害された。夫・悟さん(69)は情報提供の呼びかけや時効撤廃を訴える活動を続け、その日々を手帳に残してきた。
発生から26年が経った去年、ついに名古屋市の69歳の女が逮捕された。しかし女は容疑を認めた後、黙秘。真相解明は不透明な状況に…。
悟さんの手帳から被害者遺族の26年の思いを紐解き、今も続く戦いの日々を見つめた。
■事件から26年、手帳に刻まれた遺族の日々

1999年11月13日、名古屋市西区のアパートで高羽さんの妻・奈美子さんが何者かに首を刃物で刺され殺害された。殺害された奈美子さんは当時32歳。当時2歳だった一人息子の航平さんも現場にいたが無事だった。
事件翌年の手帳。不動産会社で営業の仕事をしていた高羽さん。物件の下見や得意先との打ち合わせでスケジュールは埋め尽くされていた。
「当時、管理職だったので部下の日報はチェックするけど、自分では書かなくていいもの。だけど、書かないと自分があそこへ行ったのはいつだったろうとか、交通費の請求する時も記録がないと忘れてしまうので。もっと奈美子との記録が振り返られれば良かったんですけど。残念ながら26年、奈美子が出てこないので…」(高羽さん、以下同)
事件後、高羽さんは実家に戻り、航平さんと両親の4人で暮らし始めた。航平さんの学校行事や外出にはできるだけ、高羽さんが付き添うようにしていた。
「26年前は不安で不安で仕方がなかったですよね。こんな2歳の子を抱えて仕事を続けられるのだろうかとか、この子が中学校になったらグレるんじゃないかとか。無事その辺は通過して、大人になってもちゃんと無事に結婚できるかなぁと」
斜線が引かれているのは仕事が休みの日。書かれたスケジュールのほとんどが航平さんと一緒に過ごした記録だ。事件後の写真は、どれも航平さん一人。
「覚えてる?カードキングダム」(高羽さん、以下同)
「うん、覚えとるよ」(航平さん、以下同)
「東京のレアカードを売っている店まで行って買ってたんだっけ?覚えてない」
「買ってはなかったんじゃない?たしか。買ったんだっけ?」
「当時は母親がいないので、寂しい思いをしているかなと思って、それぐらいはしてやらないといけないかなと思ったりはしたと思う」(高羽さん)
「たまに学校を休んで、どこか旅行とかに連れてってくれたりしていたので。そういうところはすごく気を遣ってくれてたというか。できるだけ自分に寂しい思いをさせないようにしようというのはあったんじゃないかなと思う」(航平さん)
警察は当初、奈美子さんの交友関係を中心に捜査。高羽さんもたびたび聴取を受けた。
「『西署14時』というのは、航平に昼飯食わせて、そのあと昼寝させて、13時半ぐらいに家を出て、14時に西署という感じです」(高羽さん)
発生から10年が経った2009年。高羽さんは事件があった11月13日に“あること”を始めた。情報提供を呼びかけるチラシ配りだ。当時、殺人罪には15年の時効があり、高羽さんの事件も時効が5年後に迫っていた。
「遺族は家族を殺されて、時効までタイムリミットを考えて生きていくことはバランスが取れないので、時効は撤廃してもらって遺族も希望を持って生きられるような法律に変えていただきたい」(当時の高羽さん)
高羽さんは、事件後も現場のアパートを借り続けた。事件の解明に繋がる「何か」が残されているかもしれないと考えたからだ。
「これ(玄関マットの血痕)は犯人が犯行当時、手にけがをして、血がこぼれたものですね。当時は奈美子の血だと思っていましたけども、3年くらい経ってから法医学の先生に見てもらったら、これは犯人の血でしょうということがわかった。僕ら未解決事件の被害者は、知らないことがまだたくさんあるなと思って。犯人を捕まえて、ここで現場検証をしないと真実にたどり着けないかなと思いますので」
手帳からわかるのは、積極的にメディアの取材に応じてきたということ。「きっと犯人は私たちがテレビに出ることが気になって仕方ない。なので、最後の最後までしつこい親子だな、いつまでも諦めなくて、と思ってもらいたいなと思います」
2000年代初頭、時効の撤廃を求める声が全国的に強まっていた。2000年に東京都世田谷区で一家4人が殺害された事件。2004年に愛知県豊明市で母子4人が殺害され放火された事件。いずれも未解決のままだ。
2009年、殺人事件の被害者遺族たちが「宙の会」を結成。高羽さんも参加し、国に対して時効の撤廃を求めた。
「私たちは正義が勝つまでこの戦いをやめません。宙の会の他のメンバーの方にも健闘を祈ります」
その翌年の2010年4月27日、刑事訴訟法が改正され、殺人など凶悪犯罪の時効が撤廃された。高羽さんは会見で思いを語った。「ここで時効を撤廃したことによって(犯人は)随分がっかりしてくれたのではないか。そういう意味では少し仕返しができたかなというふうに思っております」。
■26年越しの逮捕、ネットの誹謗中傷で新たに負った傷

2025年10月31日、高羽さんに警察から連絡が入る。「14時に西署に着いたら突然犯人が逮捕できるという話で。そこからは激動の1日だった」。
逮捕されたのは安福久美子容疑者(69)。現場に残されたDNAが決め手となった。高羽さんによると、高校の同級生で過去に好意を寄せられたこともあったという。
26年越しの逮捕。高羽さんは地元の消防団の詰所でメディアの取材に応じた。「ほっとした。容疑者がわかっている被害者になったことがないから。容疑者がわかっている人はどう思うんだろうとずっと思ってきて、実際に自分がなってみたら全然実感がない」。
逮捕によって生じた、新たな不安。「残念ながら自分の関係者だった。これから僕はネットで叩かれるんじゃないかと心配。週刊誌的には面白いじゃないですか。高校の同級生で部活まで一緒だったら。夫が声を掛けたりして、優柔不断だったからって絶対叩かれると思う」。
60歳を前に不動産会社を退職した高羽さん。いまは町内会会長を引き受け、登下校時の見守り活動が日課になっている。
容疑者が逮捕された翌日。この日は、行きつけの喫茶店でご近所さんとモーニング。
「でも、よかったね」(近所の女性)
「ほっとしました」(高羽さん)
「複雑だったけどね。同級生?という感じで。まさかのね…」(近所の男性)
「(容疑者が)捕まった時、ええってすごいびっくりで。でもよかったというか執念というか、悟会長のすごさをまじまじと感じさせていただきました」(近所の女性)
「普段は変なおじさんですからね。変なというか愉快な良いおじさんですから。いつもテレビで見るような真剣な顔はまず見たことないですから。会長こんな顔してるんだって」(近所の男性)
高羽さんの両親は既に他界。息子の航平さんも6年前、就職を機に東京で暮らし始めた。食事は自炊が基本だ。
「毎週、夜はほとんどおでん、鍋、鍋、おでん、鍋、鍋…。完全に週に5日か6日は鍋。その方が楽だもん。いろいろなもの作りたくないし」「(Q.どうですか?お味は?)ベリーグッド」
職場恋愛で結婚した高羽さん。以来、結婚指輪は付けたまま。「(Q.指輪の話になりますけどずっと付けているんですよね?)ずっと付けているから別に外す理由もないし。外したら絶対なくすもんね、というかしまったところを忘れるもんね」。
容疑者逮捕後、インターネットには様々な書き込みがあった。「犯人は旦那だよ」「やっぱり昔ふたりのあいだにいろいろあったんだな」「振った方はすぐ忘れるけど、振られた方は忘れられない」「ここまで覚えているのであれば、もっと早く気づけるのでは?自分に強い好意を持った女性なので、動機が十分すぎますね」「旦那さんなんか変だ!! 笑いをこらえたニヤケ顔 犯人に気を持たせる様な何かあったんじゃないか、昔!!」。
高羽さんはネット上の書き込みを見てこう話す。「『被害者である奥さんとは不倫の末の結婚だったとありましたが、事実ならこちらも問題ないとは言えませんね』…めちゃめちゃだ、何を知っているの?俺の。これから裁判したって叩くんだよね、結局。被害者でも、金が欲しいんだろう、みたいなことを平気で書いてくるから。それは覚悟している」。
■黙秘を続ける容疑者と、遺族が挑む「民事訴訟の時効」という壁

26年が過ぎての容疑者逮捕は、ほかの未解決事件の関係者にとって希望となった。豊明母子殺害事件の被害者遺族、天海としさんは「テレビを付けて速報で流れた時は鳥肌が立って、パッと明るくなりましたね。泣けてしまってうれしくて。仏壇の前に走って行って、妹たちや子どもに報告しました。次はうちだよって」と語る。
世田谷一家殺害事件の早期解決を願う集会。高羽さんは、DNAから似顔絵を作成する手法を捜査に導入して欲しいと訴えている。
「遺伝子情報を使えば、私の事件ももっと似た似顔絵ができて、もっと早く解決したんじゃないかなと思っております。世田谷事件、DNAがありますので、ぜひそれを使って早く似顔絵を作っていただけたらなと思っております」
高羽さんの民事訴訟を支援する「宙の会」特別参与の土田猛さんは、高羽さんについてこう語る。「遺族のメンバーの中で悲しんでいるだけではだめだよという思いは自ら強く発信していますから。我がことの動きだけではなくて可能な限りみんなに寄り添うという立場で動いている非常にありがたい立場」。
高羽さんは「26年前の自分には、みんな助けてくれるから、前向いて一生懸命やればいいことがあるよと。いつもそれを(昔の自分に)声掛けてあげたいなといま振り返ると思うので。本当に不安で不安で仕方ない毎日だったので」と明かす。
航平さんは2年前に結婚。東京で自分の人生を歩みながら、父の活動を思いやる。
「できるだけ衰えが来ないように自分で体調の管理をしていると思うので、僕はそんなに心配していないですけど。解決したらしたで本人は、DNAを捜査に組み込むのをやってほしいというのを訴えかけていきたいとずっと言っているので。なんとかして自分みたいな思いをする人が減ればっていうのが原動力だと思うので、続くうちはできるだけ長く活動してもらうのが本人にとっても生き甲斐なのかなと思っています」(航平さん)
高羽さんは、容疑者が逮捕されたあとも現場のアパートを借り続け、毎月、家賃の振り込みに行っている。「安福の家の前を通るんだよね、ふざけるなっちゅう話だし」。銀行に向かうたびに通った道。その途中に、安福容疑者の自宅があることを逮捕後に知った。「普段は心穏やかに振り込みに行っていたけど、最近はむかつきますよね。あいつの家の前を通ると」。
「26年間、毎日不安だった」「事件発生日になると悩んで、気持ちも落ち込んで沈んだ」当初は取り調べに応じていた安福容疑者。その後、黙秘し事件の真相解明は進んでいない。
事件後に支払ったアパートの家賃は2200万円以上。いまは月5万円を払っている。
「年間60万あればいろいろなことができる。ただね、奈美子がいれば旅行にでも行けたけどね、一人じゃもう…。どこかで区切りを付けて片付けて。その頃には航平にも孫ができているかもしれないので、孫のためにお金を使うことが喜びになっているかもしれないので。そうすれば片付けていいかなと。奈美子も許してくれるかなって」
去年の大みそか。高羽さんは「新たな壁」に挑むことを決めた。民事訴訟の時効だ。殺人の時効は撤廃されたが、民事の損害賠償請求には20年という時効が定められている。民事訴訟の時効は過ぎているが、高羽さんは今後、訴えを起こし司法に判断を仰ぐ覚悟だ。
「宙の会」特別参与の土田さんは、「高羽さんの場合は26年過ぎているから被告人に対して損害賠償を請求する法体制になっていない。それはおかしいじゃないの」と指摘する。
高羽さんは「これからのことなので。ただ事件後から言っているように奈美子は自分と結婚しなければ死ぬことはなかったと思うと、やはり自分を責めますので。責めてばかりじゃ前に進めないので、奈美子のためにも、奈美子の死が無駄にならない形になれば、良い判決が出ればいいなと思っています」と語った。
そして2026年3月、高羽さんと航平さんは、安福被告を相手取り損害賠償を求めて提訴、民法の壁に挑む。
※年齢等は2月14日地上波放送当時
(名古屋テレビ放送制作 テレメンタリー『晴れない霧〜手帳が語る被害者遺族の26年〜』より)
