マカオ の新たな主役──市場を見極め、航路を設計するファッションデザイナーたち

記事のポイント MFFはCPTTMが担うデザイナー育成・産業振興の出口として機能し、教育とビジネスをつなぐ場になっている。 2025年は「Fashion Voyage」を掲げ、マカオ発ブランドを国際市場へ送り出す「滑走路」としての役割を強調した。 GBA各都市のデザイナーが参加し、伝統技術の再解釈やサステナビリティ、ジェンダーレスなど多様な表現が際立った。
マカオのファッションは「勢いで飛ぶ」段階を超え、マーケットフィットを見極めながら航路を描くフェーズに入った。その変化を示す舞台となったのが、10月22〜25日に開かれたマカオ最大のファッションイベント「マカオファッションフェスティバル2025(Macao Fashion Festival 2025、以下MFF)」だ。マカオを拠点とするブランドに加え、香港・深圳・広州などGBA(グレーターベイエリア)のデザイナーが最新コレクションを披露。16回目を迎えた今回は、伝統とテクノロジー、ローカルとグローバルの要素を組み合わせた多様な表現が見られ、GBA全体でのクリエイティブ連携が着実に広がっていることを印象づけた。事業成長を含めた支援このイベントを支える組織について触れておきたい。同イベントを招商投資促進局(IPIM)と共催するマカオ生産力技術移転センター(CPTTM)は、マカオ特別行政区政府の支援のもとで活動する非営利団体であり、マカオのあらゆる産業の振興・発展を支援する。ファッションとクリエイティブ産業の振興もそのひとつであり、デザイナー育成は、マカオの経済多元化戦略「1+4」構想を具体的に支えるものだ。具体的には、ファッション&クリエイティビティーのスペシャリストを18カ月で養成する教育機関HAT(ハウス・オブ・アパレル・テクノロジー)と、さらに2年間実践的プログラムを学べるMACONSEFを運営。さらに、マカオのデザイナーたちを対象にした作品コンテストも毎年主催。作品だけでなく事業計画や販売プランも併せて提出させるなど、クリエイティビティとビジネスの両面から人材を評価・育成している。修了後も展示会出展や官民プロジェクトへの参加を支援し、デザイナーが自立してビジネスを継続できる仕組みを整えている。
CPTTM卒業生たちのショー
MFFのプロジェクトマネージャーを務めるイアン・マック氏
また今年は、人型ロボットをランウェイモデルに起用したショーを初めて実施し、来場者の注目を集めた。マック氏によれば、この試みはマカオのテクノロジー教育の一環として企画されたもの。単なる話題づくりではなく、教育と技術検証を両立させた実験的プロジェクトだったという。衣服の設計と制作を担当したのは、CPTTMで訓練を受けた若手の服飾技術者たちだ。なかには世界技能競技会の経験者もおり、人間とは異なる体型への対応をあえて課題に設定することで、実践を通じて技術を磨く貴重な機会となった。マック氏は「AIやロボットはデザイナーを支えるアシスタント。創造を置き換えるものではなく、若手が新しい課題に挑戦し、現場で学べる場にしたい」と話した。今年のMFFには、マカオを拠点とするデザイナーに加え、香港、深圳、広州といったGBA(グレーターベイエリア)の有力デザイナーたちも名を連ねた。その多くに共通するのは、伝統技術の再解釈とサステナビリティへの意識だ。染織技術の継承やアップサイクル素材の活用、服をモジュール化する発想など、素材と構造の両面から新しい表現を模索する姿勢が際立った。そこにジェンダーレスな感覚や現代的デザイン解釈が加わり、GBA全体としてのクリエーションの広がりを印象づけた。イベントに参加したデザイナーたちの声を紹介する。造形の美しさと実用性の両立を探求
C/W COLLECTIVE コニー・ウォン氏(マカオ)
コニー・ウォン氏手がける「C/W COLLECTIVE」は、建築的な思考と異素材の融合を特徴とする、実験的でコンセプチュアルなブランドだ。ブランド名の「C/W」はウォン氏自身のイニシャルに由来し、解体と再構成を通じて新たな美を追求するという姿勢を象徴している。最新コレクションのテーマは「花(Flower)」。咲き誇る瞬間と枯れていく過程という、生命の循環をモチーフにした作品群だ。「硬さや柔らかさ、重さの異なる素材をどう組み合わせるかが重要。何度もテストやモックアップを重ねて、理想的なバランスを探っている」とウォン氏。建築のように計算されたデザインと、日常に馴染む着心地。その両立をめざすのがブランドの持ち味だ。ウォン氏は、マカオ理工大学で空間ディスプレイデザインを学んだ後、CPTTM(マカオ生産力・科技移転センター)でファッションデザインと製造を専攻。さらにMACONSEFで2年間学び、2019年に自身のブランドを設立した。
創作の背景には、マカオという土地の多文化性がある。「マカオは東洋と西洋が交わる場所。異なる文化が共存することで、新しい発想が自然と生まれる。日常の暮らしや街並みからも常に刺激を受けている」と話す。また、ウォン氏が尊敬するデザイナーのひとりにヴィヴィアン・ウエストウッドがいる。「彼女の自由な発想や、社会や個人に対する姿勢には深く共感している。ファッションを通して自分の考えを表現するという考え方に影響を受けた」という。今後は、ブランドの国際展開を視野に入れている。これまでに香港のファッション合同展示会「CENTRESTAGE」に参加した経験があり、「マカオや近隣地域にとどまらず、海外でも自分のブランドを発表し、マカオのファッションシーンを広く知ってもらいたい」と意欲を語る。販売は現在、ブランド公式サイトを中心に行っており、これまでにポップアップストアも実施。オンライン販売体制の整備を今後の課題と位置づける。「クラフト技術や新素材を取り入れ、より多様な表現を探りたい。異素材を組み合わせながら構築美を追求していく」(ウォン氏)。
◆ ◆ ◆
個人的体験をコレクションに 台湾からマカオルーツを発信
GELÉE エスター・リョン氏(マカオ)
GELÉEデザイナーのエスター・リョン氏は、2014年に自身のブランドを立ち上げて以来、アートとファッションを横断する表現を追求してきた。マカオファッションフェスティバル2025で発表した新作コレクションのテーマは「死(Death)」だ。家族の死を経験した自身の痛みをもとに、人が避けて通れない別れをどう受け入れ、前へ進むかという普遍的な問いを作品に託した。「この痛みをどう乗り越えるか、自分自身を前向きに保ちたいという気持ちをデザインに込めた。悲しみを克服し、芸術として昇華させたいと思った」とリョン氏。作品では、花や蝶など命の循環を象徴するモチーフを用い、軽やかで柔らかな素材を選択。「テーマは重くても、服そのものは軽やかに。魂がふわりと舞い上がるような感覚を表現したかった」。悲しみを通して人とのつながりや仲間の存在の大切さを再認識し、そこから生まれる希望を作品に転化させたという。GELÉEというブランド名はフランス語で「ゼリー」を意味し、異なる素材や要素を混ぜ合わせながら形を変えていく自由さを象徴している。リョン氏は「10年を経て、ブランドと自分自身がともに成長してきた。方向性を定めすぎず、変化を受け入れながら進化していくことを大切にしている」と話す。ブランド立ち上げ当初から掲げてきた遊び心の精神は今も変わらない。今シーズン、初めてメンズウェアにも挑戦した。「10周年を迎えて、より自由で多面的な表現を追求したいと感じた」という。
現在は台湾を拠点に、家庭と学業、創作活動を両立。大学では美術を専攻し、アートの理論や制作手法を再び学び直している。ブランド活動はテーラーメイド(オーダーメイド)を中心に取り組み、SNSや台湾の通販プラットフォームを通じて受注を行う。顧客は結婚式や授賞式などオケージョン時の衣装を求める人々が中心だ。リョン氏にとってデザインは「心を記録する行為」であり、「過去の作品を見返すと、その時々の自分の気持ちが蘇る。10年前の作品には自由な衝動があり、今は成熟した穏やかさがある。それを確かめられることが幸せだ」と語る。ビジネス的な拡大よりも、自身のペースで創作を続けることをより重視しており、「マカオの代表的デザイナー」「ベテラン」と呼ばれることにも実感はないという。台湾では市場規模が大きく、スタイリストや芸能人とのコラボレーション機会も多い。台湾という自由度の高い創作環境の中で、自身の表現を幅広く発信している。
◆ ◆ ◆
伝統素材を「黒の美学」で再解釈
XU’S デザイナー スー・オウヤン氏(マカオ)
マカオを拠点とするファッションブランド「XU’S」 は、デザイナーのスー・オウヤン氏が手がける独立系ブランド。黒を基調とした「Black Aesthetics(黒色美学)」をコンセプトに、人間の感情や内面、沈黙の中にある力をテーマに掲げている。MFF2025で発表した最新コレクションでは、「黒の中に宿る生命力」を軸に制作した。暗闇、抑圧と解放、タブーと再生など、人の心の奥にある二面性を服で表現した。立体的なシルエットとミニマルな構造で、洗練されたムードをつくり出している。オウヤン氏は、「黒は静けさと目立たなさを象徴する色。注目されないことで安心でき、より自分らしくいられる」と語る。黒を通して、人の内面にある静かな力を映し出すことを目指しているという。
素材には、中国の非物質文化遺産に登録されている伝統素材の香雲紗(ガンビアード広東シルク)を採用。古くは王族が着用した高級素材であり、歴史や文化の背景を現代のデザインの中に再解釈している。「香雲紗は触感や質感が特別で、文化的な意味を持つ素材。作品を通じてその価値を伝えたい」と話す。伝統と現代の融合を図りながら、クラフトマンシップとモダンなデザインのバランスを模索している。ショーの演出も重視しており、音楽や照明を含めた舞台構成をブランドアイデンティティの一部と捉える。「どんな音や光でも、これはXU’Sの作品だとわかるようにしたい。ショーは服を売る場ではなく、ブランドの哲学を伝えるための場所」と語る。今後は、マカオから海外へと活動の幅を広げていく方針だ。「流行に合わせるよりも、自分の感性と哲学に基づいた服づくりを続けたい。商業的な拡大よりも、創造性と持続性のバランスを重視していく」。
◆ ◆ ◆
あらゆる境界を越える デザイナーデュオが描く新しい服のあり方
the CHAOS デザイナー ジャスミン・リョン氏/デイビス・トン氏(香港)
the CHAOSは、デイビス・トン氏とジャスミン・リョン氏のデザイナーデュオによる、香港を拠点とするファッションブランド。サステナブルな精神を、理念・デザイン・素材のすべてに貫いている。マカオファッションフェスティバル2025で披露した4シーズン目のコレクションは、フランス語で「記憶の残像」を意味する 「le fantôme(ル・ファントム)」 がテーマ。花や魚など自然のモチーフを通して、記憶が形を変えながら生き続けるさまを表現した。「人の一生には忘れられない人やできごとがある。失われたものの記憶を服の中にとどめ、再び息づかせたい」とリョン氏。「変化と再生」という一貫したストーリーが、前回から今回、そして次回のコレクションへと続いていくという。
リョン氏は「トレンドや季節に左右されず、長く着られる服をつくりたい」といい、the CHAOSでは、修正・カスタムが可能な循環型デザインを採用し、着る人が時間とともに「服を育てる」ことを重視している。男性モデルがスカートを着用するなどジェンダーの境界を超えたデザインもブランドの特徴。服の役割や意味を再解釈し、誰もが自由に自己表現できる世界観を提示している。素材選びに関しても、一貫して環境配慮の姿勢を貫く。再生素材や天然繊維を積極的に採用し、なかでもオレンジの皮から生成したエコファブリックはブランドの象徴的素材。シルクのような光沢があるのが魅力で、環境と身体の双方にも優しい。サステナブルファッションに対する視点に影響を与えているもののひとつが、古着の存在だ。リョン氏は、「古着は単なる過去の服ではなく、前の持ち主の記憶を宿した素材」と捉える。香港や中国ではまだ古着に否定的な見方が残るというが、「命のある素材をどう再デザインし、もう一度生きる服として蘇らせるか」を指名とし、再利用や再構築を通じてその価値を再定義していきたいと語る。今後はSNSなどを通じ、海外市場への発信を強める。香港のファッション市場が停滞するなか、SNSなどを通じて香港ファッションの存在感を高めたいという。その視線の先には、コムデギャルソンや古着文化、そして歌手の浜崎あゆみなど、2人が大きな影響を受けてきた日本も含まれている。
◆ ◆ ◆
無形文化遺産の継承者が挑戦する、伝統のアップデート
YUAN XU YUAN デザイナー シャオビン・ルオ氏(深圳)
マカオファッションフェスティバルの会場で披露されたシャオビン・ルオ(羅少彬)氏の最新コレクションは、「一路生花(道すがら花が咲く)」をテーマに、古代から伝わる泥染めの技法を軸に据えた。中国・嶺南で受け継がれてきた香雲紗だ。コレクションでは、香雲紗の素朴な風合いと自然の色調を生かしながら、都会的なラインでモードに昇華させている。ルオ氏は、無形文化遺産でもある香雲紗の五代目継承者であり、ブランド「YUAN XU YUAN」を率いる。20歳でキャリアを踏み出し、順徳・深圳を拠点に専門店ネットワークを構築。北京に暮らしつつも「中国のウィメンズウエアを見るなら深圳」と語り、同地のスピード感と、ファッション製造の全工程が揃う産業基盤を活かし、伝統工芸の現代化を加速させてきた。2018年以降、中国国内では国産文化の再評価が進み、伝統繊維や意匠への関心が高まった。ルオ氏はそれ以前から、1人でその市場を切り拓いてきた先駆者的存在だ。「生活のために始めた」が、続けるほどに「息子に何かを残したい」という思いが強くなったという。簡単なのは生地を売ることだが、「ブランドを作る」道をあえて選んだという。「伝統をブランドとして成立させることができれば、より多くの人に価値を伝えられる」。その信念に基づき、教育や制作、ショー発表など多方面で活動を広げている。
現在中国で掲げられる理念「守正创新(伝統を守り、同時に更新する)」について、「伝統を守りながら革新するという考え方に共感している。どうすれば両方をうまく融合できるか、それをずっと考えてきた」と語る。この姿勢が、伝統素材をファッションとして再解釈する原動力にもなっている。国内外のイベントにも積極的に参加している。昨年は学生たちが東京や九州で作品を披露し、中国国際・広東・深圳など主要ファッションウィークにも参加。舞台装束に着想を得たモチーフも多く、広東ファッションウィークでは香雲紗と中国オペラ(京劇など)の要素を組み合わせるなど、若い世代にも身近に感じられる形で紹介している。現在は、文化大使として若い世代に技術を伝える役割も担い、とくに日本からの学生が増加しているという。ルオ氏の服づくりの原点にも、日本との静かな繋がりがある。祖母が携えた生地は、かつて東南アジア、とりわけ日本へと輸出されていたという。「昔は需要が非常に大きかった」と振り返る。香雲紗と、沖縄の大島紬に見られる泥染めにも共通のルーツがあるとされ、同氏の活動の背景にもその文化的つながりが息づいている。日本における伝統文化の扱われ方にも注目している。日本では、保存対象としての伝統工芸と、現代的に再解釈された創作(文創)とが明確に区分され、価格や価値の基準も共有されている。一方、中国ではまだその仕組みが整っておらず、「伝統的な手仕事は高価でも買う価値がある」という認識が一般に浸透していないのだという。「日本では、伝統を守りながらも生活の中に生かしている」と話し、香雲紗も同じように「日常に取り入れられる伝統」を目指す。「伝統は古いのではなく、誇りであり、未来。その価値を、日常の服として感じてもらえる形で示したい」と語る。
◆ ◆ ◆
スポーツウェアに「乗せる」 マカオ発ブランドの存在感
MC Sports デザイナー ジェーン・チャン氏(マカオ)
マカオを拠点とするスポーツウェアブランド「MC Sports」。設立10周年を記念したショーでは、「小城大事・龍魂不息(Small City, Big Events; The Dragon Soul Never Dies)」をテーマに掲げ、マカオの街で息づくスポーツ文化や地域の活気を「龍の魂」になぞらえ、デザインに落とし込んだ。デザイナーのジェーン・チャン氏 は、北京服装学院でファッションデザインを学び、KappaやJack & Jones、Peakなどで経験を積んだのち、2015年に自身の会社を設立。ウィメンズカジュアルブランド「Macon」をスタートしたが、2017年、母校の制服リブランディングを機に、学校や企業、チームの依頼が拡大。スポーツユニフォームの分野へと本格的に舵を切った。現在は、日常着を扱うリテールラインと、競技チーム向けに設計するカスタムメイドラインの2軸で事業を広げている。サッカーやバスケットボール、ドラゴンボートなど、競技ごとに異なる素材やカッティング、グラフィックを採用し、機能性とデザイン性を両立させたユニフォームを製作。学校や企業、地域クラブなど多様な顧客を抱えているという。これまでに WorldSkills(世界技能競技)マカオ代表チームの公式ユニフォームを手がけ、今後は全国大会のバレーボールおよび3×3バスケットボール代表のウェア制作にも携わる予定だ。
生産拠点はマカオ、香港、広州、珠海の4都市に広がり、大湾区(GBA)全体での製造ネットワークを築いている。「以前は多くのチームが海外ブランドを着ていた。マカオにも文化や個性を伝えられるユニフォームがあることを示したい」といい、マカオブランドとしての誇りを体現している。Chan氏はまた、CPTTM(マカオ生産力・科技移転センター)の講師として若手デザイナー育成にも携わる。10周年ショーでは、製造業に関わる人々や、顧客、スタッフ、教育関係者への感謝を述べた。今後は「澳門的國潮(マカオ・レトロスポーツ)」という新しいスタイルを確立し、地域ブランドとしての存在感をさらに高めたい考えだ。11月には、マカオグランプリなどのモータースポーツ文化に着想を得た新ラインを発表。「スポーツウェアは単なる競技服ではなく、文化を伝えるメディア。マカオの情熱を、機能美の中に表現したい」と話す。
取材・文・写真/戸田美子
