俳優の松山ケンイチがXを騒がせている。主演映画公開に向け、フォロー解除を呼びかけているのだ(撮影:今井康一)

今、俳優の松山ケンイチがX(旧Twitter)を騒がせている。フォロワーが、あれよあれよという間に急減しているのだ。

しかし、騒がせていると言っても不祥事を起こした訳ではない。むしろ松山自身の呼びかけによって減少しており、しかもこれが映画のプロモーションにつながっているのだ。

本稿では、この凄さを初見の方もわかるように解説していきたい。

松山、突然「フォロー解除」をお願い

発端となったのは、10月12日の投稿。松山が【非常に身勝手なお願い】という冒頭から始まる文章を自身のXアカウントに投稿し、SNS上がざわめいた。


彼に一体なにが?と思わせる、1000文字超えの長文投稿が話題に(画像:松山ケンイチXアカウントより)

松山はこの長文で、自分のXアカウントのフォローを外してほしい、という内容を発信。投稿の背景には、松山が主演を務める12月20日公開の映画『聖☆おにいさん THE MOVIE〜ホーリーメンVS悪魔軍団〜』(以下、『聖☆おにいさん THE MOVIE』)が関係していた。

松山は、自身が演じるキャラクター・イエスの設定に触れて、フォロー解除を望む理由をこう語った。

「イエスのXアカウントはフォロワー数がとても少ないという台詞があり、僕自身のアカウントもそれに倣った方が面白いんじゃないかとそんなマジで超どうでも良い個人的な狂った理由からアカウントを作りました」
「最初は良い感じに60人位のフォロワーでしたが僕が運用を間違え13万人を超えてしまいました」
「本当に身勝手なお願いではありますが皆様、このなんちゃってイエス(ジョニデ似)のフォローを外して頂けると幸いです」

イエスに倣って自分のフォロワー数を少なくしたい、だからフォローを外してくれないか……というのが、彼の切実な願いなのである。

この唐突な要望に対し、Xユーザーからは「泣く泣くフォローを外しました」「いいねを押した上でフォローを外させていただきました!」「フォローしてないけどフォローしたくなる」など、おもしろがるコメントが多数寄せられた。

そして実際に、当初は約13万フォロワーいた松山のアカウントから、フォロワーが万単位でみるみる減少。筆者がこの記事を執筆している16日時点では約7万人台まで下がっており、彼が目標として掲げた108フォロワーに一歩ずつ近づいている。

映画公式アカウントがすかさず反応

この松山の“身勝手なお願い”に、映画『聖☆おにいさん THE MOVIE』公式アカウントも即座に反応。

松山ケンイチ様の役作りへの追求に感服致しました。従いまして、公式は、松山様のフォローを外したいと思います」とXで投稿し、一時は彼のフォローを解除した。


コメディ作品ならではのテンションで映画公式アカウントが便乗(画像:映画『聖☆おにいさん THE MOVIE』X公式アカウントより)

しかしその半日後には、【訂正とお詫び】をポスト。「先ほど、脳筋な上司から『公式が主演のフォロー外してどうするんだ!最後までフォローし続けて108人の中に残れよ!』と至極当然な指導を受けました」と説明し、再び松山のアカウントをフォローした。


(画像:映画『聖☆おにいさん THE MOVIE』X公式アカウントより)

さらに、公式アカウントはこの流れで「我々公式は、最後の1人になるまで松山ケンイチさんのフォローを続け、リポストを続けて参りますので、当アカウントをフォローして頂ければ、松山さんのポストをチェックする事が出来ます!」と宣言。

松山のリクエストに応じてフォローを外したXユーザーが、今度は映画公式アカウントをフォローするという流れを作り出した。


(画像:映画『聖☆おにいさん THE MOVIE』X公式アカウントより)

この結果、映画『聖☆おにいさん THE MOVIE』公式アカウントのフォロワー数は、10月12日から10月14日の3日間でおよそ2万急増。現時点では約4万フォロワーに到達している。

フォロワー数が減っても、プロモーションとしては成功

おもしろいのは、この一連のムーブメントがあくまで松山個人の発信によるもので、映画公式からの仕掛けではないことだ。筆者は過去、アニメ映画の宣伝に携わってさまざまなSNSアカウントの運用を見てきたが、今回の出来事はプロモーション(松山の主観はさておき、結果として)として見事な成功事例だと感じる。

通常映画の宣伝であれば、作品の認知度を上げるべく公式SNSの「フォロワー数を増やす」ためにプロモーションを展開する。しかし今回、松山が取った行動はその逆だ。「フォロワー数を減らす」ことで多くのXユーザーを巻き込み、その現象自体をエンタメ化して宣伝に誘導している。キャストが自ら呼びかけるからこそ成立したこの手法は、SNSの定説を逆手に取った斬新さがある。

松山の「フォロワーが減る」事実は一見マイナスに思えるが、実はそこまで痛手ではない、という見方もできる。たとえば、フォロワーが減ってもアカウントに蓄積された「いいね」「リポスト」数は減らないため、その数字はエンゲージメントの評価に加味される。

加えて現在のXには「おすすめ」機能があるため、ユーザーと関連性が高いポストや「いいね」「リポスト」を集めた反響が大きい人気ポストは、フォロー外であってもタイムラインに浮上するのだ。

おそらく、フォロー解除後も松山の投稿を目にしたというユーザーは少なくないだろう。映画公開後には通常どおりフォロワー増加が予想されることもあり、意外と影響力が無になるわけではないのである。

また、松山の「フォロー解除祈願」投稿を契機に、映画公式アカウントのフォロワーが急増した流れも興味深い。今回のプロモーションがうまくいったのは、ユーザーの能動性を引き出したことにも関連するのではないだろうか。

フォロー・リポストを求める施策の弱点も克服

たとえば、映画に限らず、企業の広告などでも「公式SNSアカウントをフォロー・リポストすると懸賞に応募できる」といった類のフォローを促すキャンペーンは多い。

このようなプロモーション手法は、抵抗を感じないユーザーであれば問題ないのだが、一方で「企業側の都合に付き合わされている」印象が生まれやすいのも事実だろう。

対して今回のケースは、松山個人の「こうなったらおもしろいんじゃないか?」という実験的な思いつきから始まっているのがポイントだ。それゆえに、SNS上でも「おもしろネタに乗っかろう」という空気が自然と醸成された。映画公式からの誘導はあったにせよ、「やらされ」感というよりは好意的に公式アカウントをフォローする流れが生まれていたと感じる。

たとえば、もし今回と同じような状況であっても、これが「キャストを使ったプロモーション」として企業側が仕掛けた施策であったならば、また見え方が違うはずだ。

昨今のSNS環境では、自分と似た価値観や考え方に基づく情報ばかりが集まり、思考が極端化してしまう「エコーチェンバー現象」のリスクが指摘されることもある。

しかし、今回のような娯楽的な内容であれば、頻出したところで特に害はない。松山は、自身のアカウントのフォロワー数が減ったことを喜びながら、それと同じ規模感の自治体の宣伝をしているだけなのだから。


兵庫県たつの市の解説をする松山。このままいけば、だいぶ小さな自治体の紹介をしていくことになりそうだ(画像:松山ケンイチXアカウントより)

そういう意味でも、シンプルなようで実は奥が深い、多方面から意表をついた企画なのである。

松山ケンイチSNS運用、天然か天才か

そもそも、松山自身に「自然体で、打算がなさそう」なイメージがあって、ネットユーザーも特に邪推せずポストを拡散したところも大きいだろう。

ちなみに彼は、今回の「フォロー解除祈願」ポストを始める前日まで、NHK連続テレビ小説『虎に翼』の感想を連日Xで書き連ね、そのマメで意欲的なドラマ実況で話題を呼んでいた。

意外にも放送期間中に朝ドラを見ていなかったという松山は、主演を務めた俳優・伊藤沙莉に勧められたことをきっかけに、ドラマを見ながら毎話の感想投稿を開始。登場人物に独特なあだ名をつけたり、時たま撮影中の裏話を挟み込んだりと、自由な感想で『虎に翼』ロスの視聴者を楽しませた。

しかも、「いくらなんでも毎回感想を書くのは、大変な労力なんじゃ……」というフォロワーの心配をよそに、全130話の朝ドラマラソンをおよそ2週間の短期間で完走したのには驚きだ。

なんと松山はこの目を見張る“継続力”を、今回の「フォロー解除祈願」においても見せている。投稿は1日限りではなく、定期的な呼びかけを繰り返し、そのたびにフォロワー数の経過を報告。松山ケンイチは本気のようだ。

一体彼はどこに熱意を傾けているのか、映画の宣伝に寄与するねらいはどの程度あったのか……疑問はいろいろと浮かんでくるが、独自のセンスで走り続けるその様子をこれからも見逃せない。映画『聖☆おにいさん THE MOVIE』が公開するまでに果たしてフォロワー数はどこまで減少するのか、今後もつい気にしてしまいそうだ。

(白川 穂先 : エンタメコラムニスト/文筆家)