今年7月、ラピダスの工場建設現場を視察した元岸田首相(写真:共同通信)

写真拡大

「自民党のリーダーが交代し、新たな国民負担増が心配されるところですが、じつは前政権から引き継がれそうな負担もあります。

それは齋藤健経済産業大臣が年明けの通常国会で成立させるとみられている、国策企業『ラピダス』への政府の支援です」(政治部記者)

ラピダスとは、北海道千歳市に拠点を置く、2027年に世界最先端の次世代“日の丸半導体”を量産することを目指している企業だ。

半導体を制するものは世界を制す”と、岸田首相もバックアップを惜しまない。昨年9月、ラピダスの工場起工式に際しては、

「次世代半導体の生産技術を、国内で確立しようとするものであり、(中略)日本政府として、年末に向けて、予算、税制、規制のあらゆる面で、世界に伍して競争できる投資支援パッケージを作ります」

とまで語っているほど。そんなIT立国構想を、経産省の元官僚・古賀茂明さんは、こう分析する。

「“失敗する確率が極めて高い”と考えている専門家が多いのが現状です」

まずは、ラピダスが目指す半導体について、古賀さんに解説してもらおう。

「日本の半導体は、2090年代には世界シェアの50%を持っていましたが、台湾のTSMC、韓国のサムスンなどに敗れ、今は10%を切っています。半導体の競争は、いかに微細化できるかにありますが、現在、最先端の量産品は、5ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)から3ナノに移向し始めたところです。一方、日本は40ナノで脱落していたにもかかわらず、ラピダスは、一気に世界最先端の2ナノを目指すとぶち上げたのです」

■量産体制に入るまでには5兆円規模の資金が必要

日本の技術力が、再び世界に飛び立つような夢の事業だが、期待に反して出資金が集まっていないのが現状だという。

「2027年に量産体制に入るには5兆円が必要だと試算されていますが、ラピダスへの出資は、トヨタやNTT、ソニーグループなど8社から73億円ほど。“お付き合い”程度です」(古賀さん、以下同)

ここへきて3メガバンクなどが出資を検討しているという報道もあるが、その規模は最大でも250億円ほどだという。

「そこで国は合計9千200億円の支援を決めているのです」

なぜ、これだけ国が応援しているのに、出資が集まらず、融資もなかなか受けられないのだろうか。

「端的に言えば、成功する見込みが低いと思われているからです」

まず、先述のとおり、日本の半導体技術は40ナノの水準しかない。

「2ナノの技術は夢のまた夢。そのため米国IBMから技術を提供してもらっているのですが、そもそもIBMの技術は実験室レベルのものにとどまっています。 そのため、米国政府は世界最先端の台湾TSMCやそれを追う韓国サムスンを誘致し、IBMの技術は無視してインテルを支援しているのです」

本国の支援をインテルに奪われたIBMにとって、ラピダスは渡りに船というわけだ。

「失敗しても損は出ないし、成功すれば自分たちの技術を世界に拡販できるオイシイ話なのです」

さらに、半導体の開発・製造に欠かせない機材への不安もあるという。

半導体を作るには、オランダのASML社が独占する、EUV(極端紫外線)露光装置が不可欠。巨大な装置ですが、繊細なメンテナンスが必要のため、TSMCでも数千人単位でメーカーのスタッフが常駐しているそうです。こうした付帯サービスでも新参者の日本は後回しにされてしまうでしょう。結果、ラインの運営がうまくいかず開発計画が遅延することになります」

半導体やエレクトロニクス分野の調査・分析を行ってきた大山聡さんは、量産化成功後の不安要素もあると考える。

「ラピダスの挑戦を応援していますが、かなりハードルが高いことは間違いありません。

仮に量産体制を構築できても、商売になるのか――。最先端プロセスの半導体は50%ほど、場合によっては70%近くの確率で不良品が出てしまうもの。ライバル企業とのコスト競争のなか、不良品が多くなれば、量産するほど赤字を抱えてしまうことになります」

前途多難のうえ、量産までに必要と思われる資金5兆円のうち、1兆円しか集まっていない。

「年明けの国会では、ラピダスの銀行融資を政府保証にする案も審議されるでしょう。保証してくれるなら、銀行も喜んで融資するはずです」(前出の古賀さん、以下同)

政府保証というのは、要は失敗した場合、政府が融資の焦げ付き分を補てんするということだ。

ただし、安易な政府保証はもろ刃の剣でもあるという。

「正常な融資であれば、銀行側のラピダスへのチェック機能が強化され、融資を受けるラピダスにも緊張感が生まれます。しかし、政府が保証してくれるとなれば“失敗しても痛手がない”と考えるモラルハザードが生じるものです。

さらには、人件費や物価も上昇傾向にあるため、5兆円の予算では足りない可能性も高い。

その“痛手”は、国債などを通じ、結果的に私たち国民が補てんすることになるのです」

仮に政府が100%保証した場合、どれほどの負担増になるのか。5兆円を日本の人口で割ると、1人当たり4万2千円、夫婦2人なら8万4千円だ。

岸田政権発足時に高らかに語られた“聞く力”は、結局最後まで見せてもらえずじまいだった。