テスラの急速充電器「スーパーチャージャー」(右)の規格の北米での採用を他社が次々と表明している。日本が提唱してきた「チャデモ」(左)はどうなるのか(写真右:テスラ、左記者撮影)

EV(電気自動車)の急速充電器における標準規格争いでもテスラ優位が強まっている。今年5月以降に大手自動車メーカーが次々とテスラが提唱する「NACS(North American Charging Standard)」規格の採用を発表している。

これまで「CCS」規格を採用していたフォード、GMといったアメリカ勢、ボルボ、メルセデス・ベンツの欧州勢に続き、日本で「CHAdeMO(チャデモ)」を推してきた日産自動車が、北米での採用方針を表明した。各社は、北米で2025年以降に販売するEVではテスラ規格に切り替え、それ以前のものはアダプターによってNACSにも対応できるようにする。

EVの急速充電の規格争いは事実上、テスラの勝利となるのか。チャデモは負けたのか。チャデモ規格の技術開発や普及活動を行うCHAdeMO協議会の姉川尚史会長に聞いた。

「チャデモがピンチ」と言う人は事情を知らなすぎる

――北米で自動車メーカーがテスラの充電規格を相次いで採用するというニュースをどう見ていますか。

CCS規格は充電時にノイズが出るなど、技術的な課題がある規格だ。テスラの規格を選んだということは、GMとフォードといった各社がそれを公に認めたことになる。

「チャデモがピンチだ」と言っている人がいるが、あまりにも事情を知らなさすぎる。そもそもCCS規格が欧米の規格統一に失敗している。北米は「CCS1」という規格で、欧州は「CCS2」で、それこそ世界統一規格になっていないからだ。

テスラの充電器はテスラ車専用の充電器だ。余計なものを切り捨ててシンプルに設計されたテスラのコネクターと充電器に、他社が乗っかろうとすることがおかしい。特にアメリカの2大メーカーであるGMとフォードが、最大のライバルであるテスラの充電規格を採用すること自体が「EVをやめる気なのか」と思ったほどだった。

――これまでテスラは自社専用の急速充電器を展開してきましたが、昨年、充電規格を公開し、他社がテスラの規格を採用できるようにしました。各メーカーがNACS採用に動いたのは、充電インフラへの投資を削減できるという経済的合理性が理由ではないでしょうか。

それはおかしくて、むしろ不合理な話だ。なぜかというと、自動車メーカーが相次いで加われば、現状の充電インフラだけでは供給しきれずにパンクしてしまう。そのために充電器を新設しなければならないし、決して安くは済まないだろう。

テスラの充電インフラが仮に100の規模で、フォードもGMも100の大きさにするとなると充電インフラを300に拡張しなければならない。テスラだけではなく、採用する他社もそのコストを支払うことになる。さらに、今のテスラの充電器は他社に対応していないため、テスラの充電器の再開発も必要だ。

――CCS規格を牽引してきた欧米メーカーがテスラ規格を採用し、日本発のチャデモ規格は選ばれませんでした。北米でのチャデモ規格はどうなるのでしょうか。

別にチャデモの状況が変わったわけではないし、損害が発生するわけでもない。チャデモは規格を売って儲けるわけではなく、日本の自動車メーカーが勝つように世界各地に仕向けるわけでもない。EVのバッテリーが高いという問題を解決するために、急速充電だけでなく放電を含む仕組みを便利で安全に提供しようとこれまで活動しようとしてきた。

チャデモは、無料で使える安全・確実に充電できる技術だから「ノウハウを提供して使いませんか」と電力会社といったインフラ側から提案していきたい。充電インフラになると、アメリカの電力の送配電会社が責任を持ってやるべきではないかと思う。彼らも慈善事業ではないため、それなりに苦労するわけだが、今後はEVが再生可能なエネルギー源にもなる。ますます電力会社が果たすべき役割が大きい。

――チャデモはCCSやNACSは競合しないということでしょうか。

ネットでみると、「北米ではいよいよテスラがチャデモを撃退し、日本がガラパゴス化する」とか書かれている。我々は別に規格を販売して儲けている営利団体ではなく非営利集団だ。


あねがわ・たかふみ/1983年東京電力入社。2010年に急速充電普及のためCHAdeMO協議会を立ち上げる。東京電力の常務取締役原子力立地本部長や経営技術戦略研究所長を経て、2019年からCHAdeMO協議会会長(写真:本人提供)

NACSには「プラグアンドチャージ」という充電器をEVにつなげるとすぐに充電できる仕組みがある。NACSを採用した場合、自社の顧客情報をテスラに渡さなければいけなくなる。そんなことはできないだろう。この仕組みを入れたところで、儲かるわけではない。チャデモには「プラグアンドチャージ」はないので、そうした顧客情報の問題はない。

高額なリチウムイオン電池を大量に載せるという考え方からシフトしないとEVの事業性は成立しない。自動車としての機能だけで高額なバッテリーを使うのは高い。チャデモでは放電もできるV2H(ビークル・ツー・ホーム)に対応しているのが特長だ。EVを蓄電池としても使うことで、事業性を確保する道が開ける。

EVで収益性を確保しているのは米中2社だけ

――そもそもなぜ充電規格による違いがあるのでしょうか。

2010年に日系自動車メーカーと電力会社によってチャデモ協議会が発足し、チャデモ規格が作られた。チャデモの設計思想は、複数の自動車メーカーのEVと充電器メーカーの充電器が世の中に混在する社会が来ることを念頭に、違うメーカー同士で通信できるように規格が作られている。

欧米でもチャデモの普及活動をしているが、ハイブリッド車のようにチャデモが日本発の技術として普及することに危機感を覚えた欧米では、チャデモへの対抗馬としてCCSを作った。

――現在のEV市場をどう見ていますか。

EVで収益性を確保するのは、それなりの苦労が必要だ。世界中の自動車メーカーでそれができているのは、テスラと中国のBYDの2社だろう。テスラはEV専業で真剣だし、中国はローエンドの一般車もたくさんがあるが、国家戦略で補助金などに馬力をかけている点が違う。

それ以外の自動車メーカーは、ガソリン車のようにEVを売って利益が出るような状態になっておらず四苦八苦している。そのため、富裕層が購入する高価格帯の車種が多い。この10年でバッテリーも安くなったが、むしろ自動車メーカーは安くなった分、電池をたくさん積む競争になっている。それは健全な方向ではない。


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(井上 沙耶 : 東洋経済 記者)