2兆円規模となる東芝のTOB(株式公開買い受け)は9月20日までの期間で行われる。買収を行う企業連合にロームも名を連ねた(撮影は左写真:梅谷秀司、右写真:記者)

「最近はこれまでにない勢いで増産投資を行ってきた。現場の人材がよほど逼迫しているのではないか」

「パワー半導体大手」として知られるロームをよく知る業界関係者は、同社の現状についてそう感じ取っていた――。

8月8日、東芝の株式非公開化を目的としたTOB(株式公開買い付け)が始まった。経営迷走を重ねた東芝の買収に乗り出したのは、国内の投資ファンド・日本産業パートナーズ(JIP)や国内企業の連合。この連合に名を連ねたのがロームだ。

ロームは1958年設立で京都に本社を構える。パワー半導体のほかにアナログ半導体にも強く、直近2022年度の売上高は5078億円、営業利益は923億円。売上高の4割を自動車分野が占める。

ロームは東芝の買収に計3000億円を拠出する。東芝のいったい何に3000億円もの価値を見出しているのか。

世界十指に入るロームと東芝

家電や自動車、産業機械などで幅広く用いられ、電力の制御や変換を行っているのがパワー半導体だ。

充電に使うACアダプターでは、コンセントから流れる交流の電気を直流に変換したり電圧を調整したりしている。アダプターが温かくなるのは電流の変換時などに熱を発するためだ。

パワー半導体は日本勢が今なお世界で存在感を発揮している分野だ。イギリスの調査会社オムディアによると、世界シェア上位10社の中に日本勢が4社ランクインする。2022年時点でロームは9位、東芝は7位につける。

「東芝の半導体事業については当社との親和性も高く、将来的に機会をいただければ協業・連携にも関心」。現段階で具体的な内容は決まっていないとしつつも、ロームは出資を表明した際のリリース文にそう記した。

それらのことから「協業・連携を深めるならばパワー半導体分野」というのは、業界では衆目の一致するところだ。仮に両社が手を組んだ際、メリットとしてまず生かせるのは顧客層の違いだろう。

ロームのパワー半導体の売上高は約1100億円。自動車向けを中心に手がけている。

東芝もパワー半導体のみの売上高は1000億円規模。うち約3割が自動車向けだが、鉄道部門を介し鉄道向けにも強みを持っているのが特徴だ。協業が叶えば、ロームにとっては顧客層が広がる可能性は大きい。


加えて見逃せないのが、現在のロームならではの事情だ。それは冒頭の業界関係者コメントにある「人材」をめぐる懸念だ。

生産ライン構築の人材を補える?

7月26日に日本経済新聞に掲載された松本功ローム社長のインタビュー記事。「開発はこれまで培ってきた人材がいるが、生産ライン構築のための人材が課題だ」。この松本社長のコメントが業界関係者の目を引いた。

「ロームは元々、開発に比べて製造部門に人員を手厚く配置することで業界でも有名。開発ではなく『生産の人材が課題』というのは、よほど人材が逼迫しているのではないか」(業界関係者)

「生産の人材」についての懸念は、足元で行っているパワー半導体増産のための怒涛の投資攻勢を見ればうなずける。

2022年12月に福岡県筑後市の新工場棟での量産を始めたのに続き、2023年7月には宮崎県で太陽電池を生産していたソーラーフロンティアと旧国富工場の取得で合意。この工場の床面積は筑後工場の10倍という規模だ。

それぞれの投資額は公表されていない。ただ、筑後工場が本格稼働する2023年度の減価償却費は840億円と前年度比で280億円も増加する。750億円の営業利益を見込むロームにはかなりの利益圧迫要因だ。投資額の大きさがうかがえる。

別の関係者によれば、政府支援策の活用も申請しているようだ。

経済産業省はパワー半導体の能力増強投資に助成金を交付するとしている。その対象は、1案件で2000億円以上の投資規模で、国際競争力を将来的に維持するために必要と考えられるものだ。投資攻勢はまだまだ続きそうだ。

これだけ一気呵成に投資を進めれば当然、運営に必要な人材もかなりの規模で必要になる。まとまった数の技術者を確保するために、「東芝も含めパワー半導体を手がける企業との連携を検討するのは無難な動き」(冒頭の関係者)といえる。

東芝との協業となれば、「次世代パワー半導体」における競争を勝ち抜くうえでもメリットになりそうだ。

次世代パワー半導体では、従来のシリコンに代わってSiC(炭化ケイ素)を材料に用いる。シリコンを使った半導体よりも、高い電圧に耐えられ、電力ロスも抑えることができる。その特性からEV(電気自動車)での採用が進んでいる。

世界トップを目指すSiCでもメリット

ロームは2025年度に世界シェア30%のトップメーカーを目指すと公言。足元で300億円程度の売上高を同年度に1300億円に伸ばすことを掲げるなど、鼻息が荒い。

先述した福岡と宮崎での大規模な投資も、すべてSiCパワー半導体の増産に向けて進められているものだ。

オムディアによると、2022年時点でロームは世界シェア5位。日本企業では最高順位だが、約4割のシェアを握る1位のSTマイクロエレクトロニクス(スイス)など海外勢との差は大きい。

ただ、ロームは日本勢で唯一、材料から半導体チップまでを一貫生産できる強みを持つ。材料のSiCウェハー(基板)を手がけるドイツのサイクリスタルを2009年に買収。安定調達が難しいうえ、SiCパワー半導体のコストの大半を占めるとされるSiCウェハーを内製化し競争力をつけた。

SiCウェハーに関してロームは以前から、「競合にも供給することで製造原価を下げていきたい」(IR担当者)というスタンス。東芝向けのSiCウェハー供給が拡大すれば、コスト競争力の強化に直結する。

SiCウェハー製造において重要な技術を取り込める可能性もある。

東芝のグループ会社には、SiCウェハーの製造に欠かせない「エピタキシャル成長装置」を製造するニューフレアテクノロジーがいる。東芝との協業・連携にニューフレアとの協業・連携が含まれてもおかしくない。

ロームは自己資本比率が8割を超え、これまで実質無借金経営を続けてきた好財務企業だ。東芝の買収に拠出する計3000億円は借り入れを中心に賄う。財務的にはかなりのインパクトとなる。

人材面に加え顧客開拓や生産技術などそれぞれの分野で、3000億円という巨額投資を正当化する成果が求められそうだ。

(石阪 友貴 : 東洋経済 記者)