チームの雰囲気を変えれば収益につながる可能性が高まります。そのために必要な考え方とは……(写真:years/PIXTA)

チームのコミュニケーションが少ない、メンバーがやる気になってくれない、成果も出ない、そして、みんな組織に対して諦めムード……。変化の多い現代は、リーダーにとって悩みのタネだらけです。リモートワークで物理的な距離ができただけでなく、経営層と現場の壁、ベテラン世代と若手世代の価値観の壁などに阻まれ、チームの心の距離まで離れてしまいがちです。

「うまくいかないときは、チームの関係性から見直してみてはいかがでしょうか」と語るのは、起業家、経営者であり、ビジネス・ブレークスルー大学でも教鞭を執る斉藤徹氏です。「売り上げなどの“結果”を作ろうとすると、チームは負のサイクルに陥ります。はじめに“関係性”をよくすること。するとチームメンバーの“思考”と“行動”を高めやすくなり、“結果”がついてきます」。斉藤氏の新刊『だから僕たちは、組織を変えていける』から、そのヒントを紹介します。

1月13日、前金融庁長官で、いまはニッセイ基礎研究所に在籍する氷見野良三氏が「金融機関のシステム障害」と題したリポートを公表しました。

「絶対に事故を起こすな、とシステム部門に言っているだけ」といった対応を問題視し、組織変革は「掛け声や説教だけでは実現しないし、締め付けや叱責はむしろ逆に働く場合も多い」と指摘しています。

直接の言及はありませんが、近年、システム障害が続くみずほ銀行へのメッセージとも読める文面で、金融関係者の間で話題を呼んでいます。

内向きの目線からどう脱却するか

ですが、「社員の目線が内向きになり、硬直してしまった組織」への指摘と考えれば、「ひとごと」では済ませられない人も多いと思います。一度「内向き」の目線になってしまった組織は、どうすればよみがえるのでしょう。

ある事例を紹介します。

ある日、A社のツイッターアカウントあてにサービスへのクレームが投稿された。発見が遅れ、すでに炎上している。SNS担当は対応を上司と相談したが、リスクを重視し、広報やサービス部門とも連携することになった。

結局、丸一日放置し、責任回避のようなコメントを投稿したために、ツイッターはさらに大荒れとなった。

社内は前例のない事態に騒然とし、臨時役員会を開催したうえで、社としての正式見解をプレスリリースすることになった。が、玉虫色のメッセージと官僚的な文面には人間性や誠実さが感じられず、人々の怒りに油を注いでしまった。

結果として、企業のブランドイメージは大きく傷ついた。この件に関与した担当部門の評価にも傷がつき、責任者は異動になった。この経験は「今後、ソーシャルメディアの監視体制を強める」という、応急的な対策のみで決着することになった。


組織に属するメンバーの意識が、顧客ではなく社内に向いている。顧客の気持ちよりも上司の気持ちが優先。顧客の価値よりも社内の評価が大事。チャレンジよりもリスクゼロを目指す。

こういった、過剰な警戒心を持つ硬直した組織を「警戒する組織」と呼びましょう。顧客への貢献意識や、率直で人間的な風土が失われ、言われたことだけを実践しようとする自律性のない組織です。

顧客や社会との共感や信頼を優先する

対して、過剰な警戒心の罠に陥ることなく、顧客や社会との「共感や信頼」を優先する組織を「共感する組織」と名づけます。「共感する組織」になると、対応は次のように変わるでしょう。

ツイッターに自社サービスへのクレームが投稿された。担当者はSNS上の顧客の声に常に耳を傾けており、クレームが拡散されはじめた気配に気づいた。SNSのコミュニケーションに関しては「ミッションとバリューに基づいて、臨機応変な対応をとる権限」が担当者に移譲されており、さっそく彼はツイッター上でクレームを投稿したユーザーとオープンに対話をはじめた。

まずはユーザーの気持ちを受け入れ、率直な言葉で謝意を表す。そのうえで、応急的な対応と本質的な改善について、自分がわかる範囲でコメントした。1人の人間として、クレームを入れたユーザーと誠実に対峙したのだ。

ユーザーは対話によって安心し、しばらくするとブランドへの共感のツイートも広がった。社内で共有する一貫した企業哲学が、対話や行動を通じて社会に伝わったことで、ブランドイメージも自然に高まった。


「警戒する組織」では、誰かがリスクを指摘すると、全員の意識が責任回避に向かい、場が固まります。そして、すべてのリスクを避けるべく複雑な議事録が配布され、がんじがらめで身動きがとれない状態に陥ってしまいます。

一方で、目に見えないリスクや、責任の所在があいまいなリスク、例えば「先延ばしのリスク」は無視されます。皮肉なもので「過剰な警戒心」や「リスクゼロを求める思考」こそ、より大きな危機や組織の閉塞感を生み出してしまう原因となることが多いのです。

「共感する組織」の一丁目一番地

ユーザーが求めているのは「守りに徹する官僚的な答弁」でなく、「率直で誠実な態度」であり、「人間的な対話」です。警戒心や戦略思考で失ってしまった人間性を取り戻すことが、「共感する組織」の一丁目一番地なのです。

さらに根源的な課題として、「この組織は、社会にどんな価値を提供するために存在しているのか」という、「組織や事業が存在する意味」が共有されているかどうかが、とても大切です。社員1人ひとりが自律的に考え、人間的で、臨機応変な行動をとるためのコアとなるものだからです。

自分の仕事がどんな意味を持つのかを言語化して、同僚と共有することで、「しなくちゃ」となっていたメンバーの意識が、「しよう」「したい」に変わります。

その際、社員がその意味をどう受け取るかが重要になります。本人がしっかりと意味を腹落ちすれば「しよう」「したい」となりますが、厳しく言いつけたり、賞罰で行動を統制したりすれば、「しかたない」「しなくちゃいけない」となります。

組織や社会が持つ規範を受け入れることを「内在化」または「内面化」といいます。ここで気をつけたいのは、「内在化」には「取り入れ型」と「統合型」があることです。

「取り入れ型」は、規範を噛み砕かずに丸ごと飲み込むことです。規範は外部からの命令として吸収され、結果として、融通のきかないルール運用につながってしまいます。

それに対して「統合型」は、規範を自分のなかでよく消化してから吸収することです。規範は「自身の内なる声」となり、組織内の共感を促す対話や行動ができるようになります。

例えば、朝礼で理念を連呼するだけでは、言葉として暗記するだけで「取り入れ型」になってしまいます。「社長はこう言っていたから」「会議でこう決まったから」と、何か「1つの言葉」をルールのように絶対視して、それに基づいて考えることを場に強制してしまうのです。すると組織は「思考停止状態」に陥ってしまいます。

言葉そのものを取り入れるのではなく、その根底にある意味を読み解き、日常の行動と紐付け、理解してはじめて、意味が本人に内在化され、現実の仕事に生きてくるのです。



仕事の意味が共有され、自分が働くことに意義を感じると、生産性にはポジティブな影響があります。それがどのくらいのインパクトを持つのか。ある事例を紹介します。

ミシガン大学にはコールセンターがあります。卒業生に電話をかけ、賞品やコンテストなどのインセンティブを用いて寄付を募る仕事です。同じことの繰り返しで、寄付を断られる率も93%と一定していました。大学は職員たちのパフォーマンス改善を試みましたが、どれも成果には結びつきませんでした。

コールセンターで集めた寄付金の一部は「学生の奨学金」に使われています。そこで大学は、奨学金に対する「感謝の手紙」なら職員の心に響くのではと考え、ある学生の手紙をシェアすることにしました。

「州外の大学に通うのは、とてもお金がかかることを知りました。でも、この大学は私のルーツでもあるのです。祖父母はこの大学で出会いました。父と兄弟もすべてこの大学出身です。それで、この大学に入ることはずっと昔からの夢でした。奨学金を受け取ったときには天にも昇る気持ちでした」

この手紙で職員の意識は大いに高まり、寄付額は増加しました。さらに大学は、奨学金を受け取った学生たちをコールセンターに招待しました。訪問時間は5分ほどで、学生たちは「自分はこういう人間で、奨学金のおかげでこんな学生生活を送っている」と、ただ自分のことを話しただけです。

これにより職員は大いに刺激を受け、1カ月後、電話をかける時間は142%増となり、週あたりの収入も172%と大幅なアップを記録したのです。

これは際立った事例ですが、仕事の意味を共有することが社員の働く意識を大いに刺激することは、誰でも想像がつくでしょう。意味の共有によって、内側に向いていた社員の視線が、顧客や仕事に向くきっかけになるのです。

注目の「オーセンティック・リーダーシップ」

冒頭で述べた「警戒する組織」の罠に陥りやすいのは、計画や手続きの尊重、厳格な品質、均質なサービスを求める組織であり、分野や業種としては金融・メーカー・行政などに多く見られます。

いったんリスクゼロ思考が染みついてしまうと「率直で人間的な対話は非常に難しい」と感じる人が多いのですが、実はそんなことはありません。なぜならこれは「新しい技術」を身につけることではなく、「素のまんまの自分」に戻ることだからです。


「ビジネスの顔」という仮面をはずして、人間性を飾らずにそのまま出すこと。裏表のない正直さや誠実さこそが、社員・顧客・社会との信頼関係の礎になるものです。

近年、「オーセンティック・リーダーシップ」というスタイルが注目されています。自分自身の価値観や信念に正直になり、思いと発言、行動に一貫性を持ち、自身の弱みも含めて自分らしさを大切にするリーダー像です。

「警戒する組織」を脱したいのであれば、リーダー自らが人間性を取り戻すこと。率直な言葉で、自分自身がたどってきた失敗や弱さも素直に認め、その上で真に誠実な組織を目指したいと、情熱を込めて宣言することです。

そして、手間と時間がかかっても、ていねいなコミュニケーションを通じて、メンバーが「しよう」「したい」と思える環境をつくること。急がば回れ。リーダーとは仕事と情報を配る人ではありません。意味と希望を伝える人なのです。