「じき死ぬから、元気なうちに楽しみたい」。70歳で一人暮らしの父親は、息子に会社を譲ったものの、75歳まで「会長」として報酬をもらうつもりだ。いまの支出は年500万円。だが会社の経営は厳しく、息子は会長報酬を止めたい。会長報酬がなくなれば父親の家計は行き詰まる。相談を受けたファイナンシャルプランナーの出した結論とは--。

■ひとり暮らしの70歳父親が「年500万円放蕩」のうちわけ

「父のお金遣いが荒く、このままでは老後資金がなくなってしまうのではないか」

父親を連れて家計相談に来たのは中小企業経営者の樺沢実さん(38歳・仮名)。

父親の隆さん(70歳・仮名)は、実さんの会社の創業者。現在は会長で、75歳まで報酬を受け取れる約束になっています。しかし、会社の経営状況が悪化しているため、役員会で会長への報酬停止が議題にあがったそうです。すぐに報酬が止まれば暮らしが成り立たなくなるのではないかと心配し、実さんは報酬支払いを今後2年に限ることで父親の了解を得ようとしていました。

隆さんは50代半ばで妻を亡くし、以降、ひとり暮らしを続けています。近くに住む実さん夫婦が掃除と洗濯を手伝っていますが、それ以外は自分でやりくりしているそうです。ただ、ひとりで寂しいからなのか、自由だからなのか、とにかく交友関係や外食などにお金を使っていました。その浪費は毎月の収入を超えて、貯蓄を切り崩すほどであるため、実さんとしては老後資金の目減りが心配です。

隆さんの毎月の報酬は手取り約18万円。70歳になってから健康保険料、社会保険料の徴収がなくなったため、少し増えました。それに加え、65歳から受け取っている老齢年金が手取りにして16万8000円ほどあり、あわせると収入は毎月35万円弱です。

マンションのローンは完済しており、住居費は管理費の2万3000円のみ。にもかかわらず、毎月の支出は40万円を超えており、貯金から毎月6万円ほど補填しています。年間支出は500万円。いくら元社長でも、ひとり暮らしでこれは使い過ぎでしょう。

■「人生一度きり。じき死ぬんだから今のうちに好きなことさせてくれ」

実さんも「支出を少し控えてみては」と進言するのですが、のれんに腕押しです。父親の隆さんはこう返してくると言います。

「人生は一度きり。じき死ぬんだから。元気なうちに好きなことをして楽しませてくれよ」

もう少し年を取れば体力減退とともに活動が減って自然と支出も減るだろうから、会長職の報酬カットも待ってほしいと言います。

写真=iStock.com/JGalione
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/JGalione

双方の言い分はわかります。ただ、このままでは会社の経営が傾き、会長職の報酬だけでなく、社員の給与も払えなくなるかもしれません。そう言われて息子に頭を下げられた隆さんは、「会社の未来のためにも、ここは会長職の報酬は2年後まで受け取り、以後は辞退するしかない」と考え直しました。

息子と社員を慮(おもんぱか)った判断ですが、2年後からは月18万円の収入がなくなるので、今のような浪費を続けることはできません。そこで私のところに相談に来たというわけです。

■現在の貯蓄3500万円は84歳までになくなることがわかった

私は72歳で会長報酬が打ち切られる前提でのライフプラン表を作成しました。生活費に年間のおおよその特別出費(旅行代、冠婚葬祭費、家電買い替えなど)を加えて計算すると、このまま月40万円超の支出を続けると、現在の貯蓄3500万円は84歳までになくなることがわかりました。

一方で、食費(月10万7000円)や交際費(4万円)などを見直して、月に計10万円分のコストを下げられれば90歳まで貯蓄はもちます。また、保有している保険を解約すると(400万円)と92歳までもちますし、所有するマンションを売れば約2000万円が手に入るので98歳までもちます。もし、途中で生活費が自然に減ればもっと貯蓄は長持ちするでしょう。

試算結果を伝えると、「そんなに大丈夫なら、もう、大往生を目指すしかない!」と隆さんは安心した様子ですが、これはあくまで「生活費を下げることができたら」ということが前提です。

実際には、隆さんは支出を下げる策をほとんど持っていません。なぜなら、「いまさら自炊は難しく、友達に元気である報告はし続けたい(=いまの遊びは続けたい)」からです。

暗礁に乗り上げたかに見えましたが、ここで幸い助け舟がありました。

■浪費家の父が突然、節約に目覚めたきっかけとは

助け舟、それは息子の実さんと奥さんでした。2人は隆さんの生活の立て直しに協力的で「家計に負担にならない程度に、食事の差し入れをする」と提案してくれました。その他、スマホを格安スマホに変えるサポートをするなど、細かな手続きをしてくれました。

また、実さんは2歳下の妹さん(独立・既婚)ととともに隆さんの買い物に可能な限り同行し、日用品や洋服などの衝動買いを抑える声掛けもしてくれることとなりました。

これらを実行し始めた頃、隆さんが突然、支出削減に前向きになりました。

実は、高齢の「遊び仲間」が長期入院したので見舞いに行くと、これからお金がかなりかかることを実感したというのです。もし、自分も病気やケガをしたら、入院・治療費に加え、退院後もヘルパーさんを頼んだりと外部のサポートを受けたりする必要があり、そのすべてに出費が伴う。介護保険が使えるかもしれないが負担は思いのほか大きい。「遊びまわっている場合ではないのではないか」と危機感を覚えたそうです。

自覚も芽生え、徐々に支出削減は実行されていきました。さらに、思わぬ相乗効果が出てきました。娘や息子、嫁、孫たちが自分の家に出入りする機会が増え、にぎやかになってきたと感じた隆さんは、外食や外出が減ったのです。

■月の支出が12万5000円も減らすことに成功できた理由

外での仲間との活動を一切なくしたわけではありませんが、自宅で楽しむ、近所の公園で楽しむといった、お金のかからない時間の過ごし方が増えたのです。そうすると、交通費や交際費も減り、最終的に月に計12万5000円も支出を削減できるようになりました。

写真=iStock.com/byryo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/byryo

毎月6万円(年間72万円)の赤字だったものが、完全に逆転して、毎月6万円(年間72万円)の黒字になったのです。72歳以降は会長報酬がなくなり、収入は年金のみとなりますが、こうした支出傾向であれば、長生きリスクにも備えることができそうです。

老後は予測しえないことも起こりがちです。急にお金が必要な事態になることもあります。隆さんは非常にうまく改善できた一例ですが、簡単なことではありません。多くの人がうまく支出を減らせずに苦しんでいます。

年金という収入があっても、1カ月の生活費には足りないケースがほとんどです。老後を元気に、楽しく暮らしていくには「長生きリスク」を念頭に計画的に貯蓄を切り崩すことを計画することも必要なのです。

■月10万7000円→7万1000円、なぜ食費がそんなに激減したのか

【メタボ家計 コストカット額ランキング】

1位 −3万6000円 食費
近所に住む息子夫婦の差し入れ、娘の訪問によるサポートで削減
2位 −1万9000円 被服費
親族が本人付き添って買い物に行き、ムダ買い・衝動買いを防止
3位 −1万5000円 通信費
固定電話とネット回線の解約、データ通信量の多いシムへ変更
3位 −1万5000円 交際費
息子嫁、娘、孫などの訪問により削減
3位 −1万5000円 娯楽費
息子嫁、娘、孫などの訪問により削減
6位 −1万円 交通費
交際関係が減り、交通費も減った
7位 −8000円 日用品代
親族が本人に付き添って買い物に行き、ムダ買いを防止
8位 −7000円 その他(新聞・NHK・理美容)
外出時に気軽にしていたムダ使いを控えた

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横山 光昭(よこやま・みつあき)
家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表
お金の使い方そのものを改善する独自の家計再生プログラムで、家計の問題の抜本的解決、確実な再生をめざし、個別の相談・指導に高い評価を受けている。これまでの相談件数は2万3000件を突破。各種メディアへの執筆・講演も多数。著書は60万部を超える『はじめての人のための3000円投資生活』や『年収200万円からの貯金生活宣言』を代表作とし、著作は110冊、累計330万部となる。個人のお金の悩みを解決したいと奔走するファイナンシャルプランナー。
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(家計再生コンサルタント、株式会社マイエフピー代表 横山 光昭)