NHKの専門家が語る、これからメディアは激甚災害にどう向き合うべきか

写真拡大

 昨年の「平成30年7月豪雨(西日本豪雨)」は200人を超す死者・行方不明者が出る大惨事となった。災害の危険が予測できても、それが自治体や住民に正確に伝わらなければ避難行動には結びつかない。テレビ・ラジオなどのメディアは的確に情報を伝えられたのか。より住民に危機意識を持ってもらうには、どうすればいいのか。NHK放送文化研究所上級研究員の入江さやか氏に聞いた。
 
大きな変革の時代
 ー災害情報のあり方は、時代とともに変わってきたと思います。
 「平成は『災害の時代』だったと感じます。私が記者、研究者として災害報道・災害情報に関わったのは1992年からですが、この四半世紀は、阪神・淡路大震災や東日本大震災をはじめ、いろいろなところで大地震や津波による災害や大規模な水害などが発生し、息つく暇もなかったという印象です」

 「同時に、災害報道・災害情報についても大きな変革の時代だったと捉えています。何より新たな情報が増えたこと。気象庁だけでも、気象警報や注意報が市町村単位できめ細かく発表されるようになり、大雨のときにがけ崩れの危険性を知らせる『土砂災害警戒情報』も導入されました。さらに雨雲の動きが『降水ナウキャスト』でレーダーのような画面でみられるようになり、2017年には『洪水警報の危険度分布』も導入されるなど、目で見てわかる情報が増えました」

 「地震と火山に関しても情報面で大きな変化がありました。1993年の北海道南西沖地震をきっかけに『津波予報』が迅速化されました。強い揺れの到達を可能な限り事前に伝える『緊急地震速報』の導入は画期的だったと思います。火山についても、噴火したことを登山者や住民にすばやく伝える『噴火速報』が導入されました。メディア側もこうした情報をどう伝えるか、工夫を重ねています」

 「1990年代後半からは、インターネット・スマートフォンが普及し、こうした情報を誰でもどこでも入手できるようになったことも極めて大きな変化でした。ホームページを見に行ったり、スマホの画面を開いたりしなくても、気象警報などがプッシュで送信されてくる防災情報アプリを利用する人も増えています」

 ー情報が増えたのに、豪雨災害で死者が出るケースはなくなりませんね。
 「理由は大きく分けて2つあると思っています。第一は、災害心理学でいうところの『正常性バイアス』。自分だけは大丈夫だという思い込みです。人間が誰でも持っているもので、いかんともしがたいところがあります」

 「第二に、気象警報や避難情報が出ても、それを『わがこと』として受け止めないという問題があります。国土交通省の報告書でも指摘されていることですが、堤防やダムなど防災施設の整備がある程度進んだ現在の日本の社会では、危険や危機を感じる力が弱まっており、安全性への過信があります(※平成27年1月 国土交通省「「新たなステージに対応した防災・減災のあり方」」)。そのため、気象警報など危険を知らせる情報が出ても『わがこと』と感じにくく、避難行動につながりにくくなっていると考えられるのです。これにはメディアだけでなく防災当局も頭を悩ませているところです」

 ー警報など危険を知らせる情報が避難に結びついていないわけですね。
 「たとえば平成29年9月関東・東北豪雨では、2015年9月10日に鬼怒川が決壊し茨城県常総市など広い範囲が浸水し、約4,000人が孤立しました。当時NHKは決壊した鬼怒川付近で住民が救出される様子をヘリコプターからの中継で伝えましたので、記憶に残っている方も多いと思います」

 「NHK放送文化研究所では、常総市で避難指示・避難勧告が出た地区の住民を対象に、防災情報が伝わっていたかどうか、避難行動をとったかどうかなどを調査しました。氾濫の起きた日の未明には、鬼怒川にはすでに『氾濫危険情報』が出されていましたが、この情報を知っても『まさか氾濫は起きないだろうと思った』という人が43%で、防災情報の「危機感」が心に響いていなかったのです(下記グラフ参照)。昼過ぎに鬼怒川が決壊したという情報を知っても、なお44%の人が『自分のいる場所は浸水しない』と、つまり『わがこと』と思っていなかったこともわかりました(【出典1】図27、図30)。河川の氾濫や低い土地の浸水の危険性を知らせる情報が出たら、早めに安全な場所に『立ち退き避難』をしていただくことが望ましいのですが、そうしなかった人は『自分のいる場所は大丈夫』という意識が強くあったからです」