■「患者数最悪」だった昨冬に迫る勢い

インフルエンザが猛威を振るっている。

高齢者が暮らす施設で集団感染が相次ぎ、死者が出て全国の高齢者施設が対策に追われている。お年寄りだけではない。子供や大人が急に起き出して外に出ようとしたり、飛び降りたりする異常行動も報告されている。

1月22日には東京メトロ・日比谷線中目黒駅で、インフルエンザに罹患した37歳の女性会社員がふらつくようにホームから転落して電車にはねられ、死亡した。

1月25日の厚生労働省の発表によると、20日までの1週間に全国5000の病院から報告されたインフルエンザの患者は1病院あたり「53.91」人だった。最悪の患者数を記録した昨冬に迫る勢いだ。

■感染症の流行で致命的な打撃を受けるのは健康弱者

昨年9月、「安倍首相は『健康弱者』に関心があるのか」という見出しで記事を出した。その冒頭で「感染症が流行したとき、甚大な被害を受けるのは『健康弱者』だ。今年7月以降、『風疹』が首都圏を中心に流行している。風疹の場合、健康弱者は妊婦のお腹の中の赤ちゃんだ」と書いたが、インフルエンザの場合、健康弱者は心臓病や糖尿病などの基礎疾患(持病)を持つ患者だ。

インフルエンザに感染することで持病を悪化させるケースが多い。とくに高齢者は注意が必要だ。高齢者の大半は持病があり、しかも体力や免疫力が衰えている。

重要なのは感染予防だ。感染症が拡大したとき、致命的な打撃を受けるのは健康弱者である。それぞれが感染予防することは健康弱者を守ることにもなる。

■ワクチンは「感染したときに重症化を防ぐもの」

(写真=時事通信フォト)

それではどうすればいいのか。流行は毎年11月末ごろから始まる。その1カ月前にはワクチンを接種しておく。人の体に備わっている抗原抗体反応を利用し、不活化したインフルエンザウイルスのかけらを注射することでそのウイルスに対する抗体(免疫)を作って感染を防ぐ。これがワクチン接種の簡単なメカニズムである。抗体が完璧に出来上がるのに1カ月ほどかかる。それゆえ流行1カ月前の接種が最適なのだ。

通常、流行は3月まで続く。まだワクチン接種をしていない人は早く接種しよう。

ワクチンに関しては「効果が薄い」との批判もある。だが、相手は頻繁に変異を繰り返すRNAウイルスだ。その年にはやるインフルエンザウイルスを完璧に防御できるワクチンを製造するのは、いまの技術では困難だ。それゆえ接種しても感染することがある。インフルエンザワクチンは「感染したときに重症化を防ぐもの」と考えてほしい。

もうひとつ、ワクチンは有精卵の中でウイルスを増殖させて作る。卵アレルギーのある人は、副反応を引き起こす恐れがある。そのあたりは医師に相談してほしい。

■手洗いは「接触感染」の予防になる

次に大切なのが健康の維持だ。毎晩きちんと十分な睡眠を取る。暴飲暴食やお酒の飲み過ぎは禁忌だ。過剰な労働も問題だ。

さらに外出先から帰ったら、必ずうがいをするとともに手をよく洗う。インフルエンザウイルスは人の喉の細胞から侵入して増殖する。とくに手洗いは接触感染の予防になる。ドアのノブや電車のつり革などにウイルスが付着していることがある。そこを触った手を何気なく鼻や口にもっていく。その結果、感染することが多い。これが接触感染だ。

インフルエンザウイルスについて専門家が分かりやすく説明した本もたくさんある。本を読んで、インフルエンザの正しい知識を身に付けておくことも必要だろう。知識があれば、むやみに恐れることもなくなり、パニックも起きないだろう。

■発症した場合は最低でも1週間は休みたい

インフルエンザの猛威について、読売新聞と産経新聞が社説で取り上げている。

1月26日付の読売社説は「出勤すると、周囲にも感染を広げてしまう。罹患した従業員は直ちに休ませるなど、職場での意識啓発が欠かせない」と指摘している。

沙鴎一歩も経験しているが、病院で処方された抗インフルエンザウイルス薬を飲んで1日休んで寝ていると、熱は下がる。気力も出てくる。そうするとすぐに会社や学校に行こうとする。これが大きな間違いである。

熱の下がり初めはまだウイルスが放出されている。周囲の人に感染させる危険がある。最低、1週間は休みたい。

読売社説はマスクの効果や体の抵抗力にも言及する。

「マスクの着用は、咳やくしゃみでのウイルスの拡散を抑える重要なエチケットだ。ウイルスが付いた手で無意識に口を触るのを防ぐ効用もある。予防に万全を期したい受験生には有効だろう」
「普段から予防を心がけることが、何より重要である。しっかりと栄養と睡眠を取り、体の抵抗力を保つよう留意したい」

■高齢者施設の実態を把握したい

読売社説は高齢者の感染にも注意を呼びかける。沙鴎一歩が最初に指摘した健康弱者の問題だ。

「今月に入り、高齢者施設での集団感染が目立つ。前橋市の特別養護老人ホームや兵庫県淡路市の養護老人ホームでは、複数の入所者が肺炎などで死亡している」
「体力が衰えた高齢者は、重症化しやすい。衛生管理の徹底や来訪者の制限、予防的な薬の投与など、細心の注意を払うべきだ」

敵は目に見えないウイルスだ。細心の注意を払っていても隙を突いて攻撃してくる。高齢者施設の運営者は気が抜けない。

来訪者はそんな高齢者施設の実態をよく把握しておくべきだ。施設の親や親戚を訪ねるとき、必ず手を消毒してから施設に入ってほしい。もし寒気がするなど体調が少しでも悪いようなら、往訪は慎むべきだ。

■一度服用するだけで済む新薬ゾフルーザの功罪

次に読売社説は新薬の問題を指摘する。

「錠剤を一度服用するだけで済む新薬が昨年春に登場し、普及が進む。従来の治療薬は、5日間の服用などが必要とされるだけに、新薬の簡便性は際立っている」
「懸念は、耐性ウイルスが他の治療薬よりも生じやすいことだ。薬が効きにくくなり、症状が長引く。耐性ウイルスが周囲に広まる可能性も否定できない」
「医師は、こうした特徴を患者に丁寧に説明する必要がある。製薬企業はデータをさらに収集し、正確な情報提供に努めてほしい」

塩野義製薬(大阪市)が開発して、昨年発売したゾフルーザのことだろう。

そういえば、国立感染症研究所が24日、ゾフルーザを服用した患者からゾフルーザに耐性を持つ変異ウイルスが検出されたと発表した。この薬、開発の段階から耐性ウイルスが生まれやすいと問題になっていた。耐性ウイルスがさらに変異を重ねることで予想外の性質を持つ危険性もある。

治験(臨床試験)で耐性ウイルスが多発する問題は明らかになっていたはずである。なぜその時点で対策を講じなかったのだろうか。

製薬会社は人の命に直結する仕事をしている。利益優先では困る。たかが耐性ウイルスぐらいと軽く考えてはいなかっただろうか。

■薬に頼りすぎれば、「耐性ウイルス」を生むリスク増す

次に1月27日付の産経新聞の社説(主張)を読んでみよう。

産経社説も新薬の問題を取り上げている。

「新薬が登場し、治療薬の選択肢が広がっている。薬を飲めば、発熱期間を1、2日程度短縮する効果がある」
「基本は水分を取り、暖かくして休むことである。薬に頼りすぎれば、薬の効かない『耐性ウイルス』を生むリスクも増す」
「むしろ、これを休息の機会と捉えてほしい」

読売社説ほどではないが、耐性ウイルスを問題にしている。

産経社説は「薬に頼りすぎれば」と書くが、難しいのは治療薬を服用すべき患者とそうでない患者を見分けることと、服用するタイミングである。

高熱が出ても体力のある若い人なら水分と栄養、それに睡眠を十分とって休んでいれば回復する。

抵抗力が弱くなっている高齢者や抵抗力のない幼児の場合は、そうはいかない。高熱を出す前に処方された薬で治療する必要がある。高熱で体が衰退したり、脳症を引き起こしたりする危険があるからだ。

それにタミフルなどの抗インフルエンザウイルス薬は、熱が上がる前に服用しないと効果がない。高熱が出るということは、それだけウイルスが増えているわけで、ウイルス量が少ないうちにたたくのが原則だ。

■問題は「治癒証明」を求める会社や学校にある

産経社説はこんなことを書く。

「回復後、『治癒証明』を求める職場もある。ただし、治ったことを証明する検査はない。混雑する医療機関に行けば、別の感染症を拾うかもしれず、医療現場の負担も増す。混乱が広がらないよう知恵を絞る必要がある」

「治ったことを証明する検査はない」と指摘するが、間違っていないか。

産経社説が中盤で「インフルエンザは、ウイルスで発症する。38度以上の急な発熱や頭痛、関節や筋肉の痛み、倦怠感などが表れる」と書いているようにこうした症状がなくなれば、治ったことになる。通常、大人だと、解熱後2日もすれば、体内からウイルスが消えて他人にうつさなくなる。

患者本人が治ったと自覚し、医師の診察でそれが確認されれば問題はないはずだ。簡易検査キットを使って咽頭ぬぐい液を採取し、インフルエンザウイルスの有無を調べることだってできる。

問題は治癒証明を求める会社や学校にある。回復しているのに治癒証明をもらいにまた病院に行けば、診察料や証明書の作成料などがかかり、医療保険財政を圧迫する。病院も仕事が増える。そこは産経社説が指摘するように知恵を絞る必要があるだろう。

(ジャーナリスト 沙鴎 一歩 写真=時事通信フォト)